新しい知識
どうしてセリカの肌は黄色いのかディアナは今までずっと不思議に思っていた。悪魔だから、という理由以外ディアナは思いつかなかった。だが、天蓋と掛け布団の間に浮かび、怒ったようにほおを膨らませるセリカの様子からして、違うようだ。
『悪魔だからじゃないわよ! 黄色人種だからよ!』
「オウショクジンシュ?」
『そう。この姿はモンゴロイド……肌が黄色っぽい人種の総称ね、それとしてはごく一般的な24歳女性よ』
「24歳!? うそ!? 私とそんなに変わらなく見えるよ!?」
ディアナがびっくりして大声を上げると、カーラはぷっ、とほっぺたをほお袋一杯にクルミを詰め込んだリスのように膨らませる。そのせいでより幼く見えた。
『ちゃんと成人済みですっ。あなた達コーカソイドからすると、どうも幼く見えがちなのよね』
「信じられない……ていうか、コーカソイドって何?」
『それはね……』
セリカいわく、コーカソイドとはディアナのような肌の白い人間の子をを指す言葉だった。焦げたように真っ黒な肌をした人間たちもいる、と聞いてディアナは信じられなかったが、旧世界のことを包み隠さず教えてくれるセリカのことだ。きっと本当のことなのだろう。聞けば何でも教えてくれて新しい世界を開いてくれるセリカに少しずつ信頼を寄せ始めていた。
ディアナがセリカと新しい知識の話をするようになったある日の昼、ブレナンはディアナの変化に気が付いた。
「ディアナ様、最近調子が戻って来ましたね」
「そう? ブレナン先生」
「はい。昼は死んだ目で受けていたマナーの勉強の時も少しずつ目に光が戻り始めています」
髪を切られ、王都に連れてこられてからは気がめいるような出来事の連続のせいで多少やさぐれてはいるが、ディアナはもともと好奇心旺盛で新しく知ることを楽しむ性格である。寝る前にも楽しみなことが増え、もとの天真爛漫さを取り戻し始めている。自覚していなかったのか、ディアナは目をぱちくりさせた。
「そんなにわかりやすかった?」
「はい。元娼婦たちとの虫の世話は、そんなに楽しいのですか? いえ、ディアナ様を非難しているわけではありません。ただ、噂好きの貴族たちは……その……皇太子様は年上の身分が低い女が好みで……言いづらいのですが……大人の意味で、元気になっているのではないかと」
最低。なんて下世話な。ディアナは眉をひそめた。綺麗な服に身を包んでいるくせして、中身は腐りきって生臭いやつばっかり。がそんな事を言っている貴族たちの口を一人残らずナイフで裂いてやりたい。思春期の少女の潔癖さが、ディアナに破壊衝動をもたらした。本当にやるわけにはいかない。そう。生臭い連中なんて世界を変えれば消してしまえるはず。ディアナはあえてぶっきらぼうに返す。
「そんなことほっとこうよ。商売の邪魔をされないなら、女遊びをしていると思われていた方が都合がいい」
「しかし、こうなってくると婚約や結婚の話も出てくるのではないでしょうか、ディアナ様。事情が事情ですから……お世継ぎを作るのは、王族の義務とはいえ、この状況で皇太子レーン様が結婚しても不可能ですから、縁談の申し入れはできる限り断りたいのです。今までは病弱で結婚などもってのほか、という事にしていたのですが」
「看病の人手が足りないから娼婦を身請けした、それで手厚くなった看護のおかげで回復傾向にあるけどまだまだ予断を許さない、という噂を流して。儲け話だって気づかれないように」
「承知しました。しかし、本当に儲かるのでしょうかね?」
「儲かる」
ディアナは断言した。ブレナンは納得していた。安心する一方で、ディアナは将来の見通しがまだわからないことに気が付いた。娼婦は来世で地獄行きが決まっているようなものだから、触り心地がいい布だというだけで買うだろう。でも、そこから先は? もし教会にばれてすべて手柄を横取りされてしまったら。むくむくと不安が頭をもたげてくる。日が沈むまでディアナはどうにか不安を押し殺したが、寝室の扉を閉めて召使いが立ち去った瞬間、限界が来た。
「セリカ、このままでいいんだろうか。確かに蚕の世話をミルキーたちとするのは楽しいよ。でも、本当に世界なんて変えられるのかな?」
『最初は何も変わらないように思えるわ。そして、だんだんと自分がやっている事に対する疑いや、怠け心、あきらめが湧いてきて、投げやりになってしまうこともあるわ。でも、それに打ち勝って、ただ黙々と続けて。もう永遠に何も変わらないんじゃないかと思っても続けた時、ようやく以前とは何かが変わるの。ある日突然、全てが変わるの。信じて。ディアナ』
力強くセリカは言い切る。旧世界の話と一緒で、きっと本当のこと。ディアナは胸の奥が暖かくなったように思えた。
「本当に?」
『ええ。それはそうとして蚕たちの動きが変わってきているわ。新しい仕事をやってもらうわよ』
「はーい」
ディアナは目を閉じた。明日は忙しくなりそうだ。




