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レミーの贈り物

 ディアナが玄関に近づけば近づくほど、彼女の母親ナオミと、彼女の家庭教師ブレナンの言い争いははっきりと聞こえた。ひどい言葉の応酬に、レーンのために摘んできた花たちが、一段としおれてきたような気さえしてきた。

早く花瓶に入れてあげなきゃ。勇気を出してディアナは家へ進む。裏口から入るのが手っ取り早い気もしたが、ディアナが森に行くのをよく思っていない上、裏口を使うのは召使だけがと信じて疑わないナオミにバレたら、みっちりとヒステリックにお説教され、森に行けなくなるのは目に見えている。

今ちょっと我慢すればいいだけ。ナオミは二人が自分に気づかないことを祈った。

「レミーは大ケガを負って森で倒れていた、身分も何もわからない正体不明の者です! しかも、最近はレーン様に怪しげなものばかり売りつけている! やれ、火であぶってとける小石だの、怪しげな細工物だの……あれの何かに、レーン様の健康を害する呪いがかかっていてもおかしくはないのですぞ!」


「レーンなら大丈夫よ! 今日からは今までの聖水に加えて、教皇様が聖別なさった香油でのマッサージも行わせるのよ! ガラクタの呪いなんてなんてことないわ! あと、レミーは正体不明、とあなたは言ったけど、高潔な魂を持っていることは間違いないわ! 彼が小物を売るのは、一方的にレーンから施しを受けるのは心苦しいから、という理由ですわ!」


「しかし……」


ブレナンが言葉に詰まった瞬間、ナオミはディアナに気が付いた。


「ディアナ! あなたいつまで虫取りなんかする気なの!? 女の子は森を駆けまわるものなんかじゃないの。家の中で大人しくして、良い母親になるための準備期間を過ごさなきゃいけないのよ! 本当に扱いにくい子。どうしてこうなったのかしら」


ナオミは一息にまくし立てた。ディアナを叱っているというより、ブレナンにぶつけようとした攻撃の矛先をディアナに向けて八つ当たりしているようにディアナには思えた。


「違うわ、ママ。虫取りじゃないの。花をつんでたの。ほら、これ、リンドウ。レーンはリンドウが好きだから、リンドウを見せたら元気になってくれるかなって」


ディアナは花束をつきだした。ナオミは何度か口を開け閉めしたあと、不機嫌そうな声でいう。


「ごめんなさいね。ディアナも、レーンの事を考えてくれたのよね。レーンに元気になってほしくて、虫取りもしてるし、花も集めてるのよね」


「そうよ、ママ。レーンのところに行ってもいい? 花がしおれちゃう」


楽しいからやっている、という本当のことを、ディアナは言わなかった。ママにとって、ここはレーンを中心に回る場所。彼女が決めたルールに従った受け答えをする方が、本当の気持ちを言うより、ずっと生きやすい。


「いいわ。早く見せてあげなさい。花は適当な下女に言って、花瓶に活けさせなさい」


「わかったわ、ママ」


ディアナは逃げるように玄関ポーチを後にした。すれ違った下女に花束を預け、レーンの部屋に飾るよう言いつける。手ぶらになったディアナは、そっとレーンの部屋のドアをノックした。


「レーン、起きてる?」


「起きてるよ」


蚊の鳴くような声がドア越しに返ってくる。ディアナはそっとドアを開けた。部屋の中に入って、まず目に飛び込んでくるのは部屋の三分の一を占領しているベッドだ。


飴色に光る樫材のベッドだ。その上には真っ白なマットレスに、ふかふかの羽根ぶとん。雲のようにふんわりしたいくつもの枕。レーンは厳重に梱包された磁気の人形のようにそれらに包まれていた。

ホコリが付くことを知らない金の髪に、ガラス細工のような若葉のように鮮やかな緑の目。肌は透き通るほどに青白く、整った顔立ちもあいまって、レーンが本当に触ればこわれてしまう人形になってしまったかのようにディアナには思えた。


「レーン、具合はどう?」


「いつも通り。ブレナン先生の授業が終わったら、マッサージをしてもらえるから、きっとよくなるよ」


「本当に?」


レーンは、心配や不安の影など全くない様子でにっこりとほほ笑んでいる。すべてうまくいくと信じているかのようなレーンの態度に、ディアナの方が心配になってくる。彼はここ半年、屋敷から出られていないのだ。屋敷の中の廊下を一周しただけで、二日寝込むほど彼の体力は衰えている。


「うん。そういえば、さっきレミーが来たんだ。ブレナン先生が裏口から追い出しちゃったけど」


「あー、飛脚の彼?」


ディアナはレミーの事をよく知らない。一年前に森で倒れていた彼をレーンと介抱したが、それだけだ。ディアナはナオミに管理された息苦しい屋敷の中が嫌で、できる限り森に出かけていた一方、レミーは息苦しい屋敷をわざわざ訪ねるのだ。それに、話題が無い。遊びで虫取りができるほど生活に余裕がある少女と、生きるために東奔西走しなければならない飛脚の少年とでは、生きる世界が違いすぎるのだ。


「そう。彼からいい物をもらったんだ。手を出して」


「えっくれるの!? 嬉しい! ありがとう!」


レーンは、鎖が付いた白い物をディアナに渡した。ペンダントだった。ディアナがじっくりと鎖に付けられた飾りを見ると、それは精巧な蛾だった。それは、ちょうど羽を休めている時のように、平たく翼を広げていた。


「何これ!? すごく良くできてる! すごーい!」


「虫好きな人にあげたら喜ぶんじゃないかって言ってた。こんなに白い蛾は初めて見た。ディアナ、何の蛾かわかる?」


「私も初めて見た。うーん……ガラス室のマルベリーによくついてる蛾にちょっと似てるけど……こんなに白くないし……なんだろう。こんなに細かく作ってあるし、想像上の蛾、ってわけでもなさそうね」


ディアナがふわふわとした触角に指で触れると、柔らかそうな見た目とは反して、石のように硬かった。どうやってこのペンダントは作られたのだろう。謎は深まるばかりだ。



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