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4話

「久しぶりだな、エリエラ」

 とある男が馴れ馴れしく、しかしながらやはり無表情で私たちの部屋へと入って来たのは、いつものようにミーランに夕食を食べさせてもらっている時のことだった。

 ミーランも突然の男の来訪に驚いているらしく、顔には出さないながらも私の口に食べ物を運ぶ手を止めた。

 片手を挙げて入口から1歩入ったところで立ち止まる男とじっとその男を見つめるミーラン。二人の男には自分から会話を続ける気がないようだ。

 だがこのままにしておくわけにもいかない。相手の男はともかくとして、ミーランはこの後外へと出ていかなくてはならないのだ。この部屋唯一の、男の後ろに隠されたドアを使って。……となれば男をそのままにして置くわけにはいかない。だからと言って素性の知らない男を愛想よく受け入れる気持ちにもなれない。

 結果私の口から出た言葉は非常に簡潔な言葉だった。

「……どちら様でしょうか?」

 ミーランならばこの男のことを知っているのだろうが、私は知らない。そしてそのミーランには私にその男を紹介しようという気が感じられない。ならば聞くしかないのだ。

 私のいた国では社交界において目上の人間に名を尋ねるのは無礼に当たるのだが、幸運にもこの国で私の身分は非常に高いらしい。ならば大抵の相手に尋ねたところで無礼には当たらないだろう。

「アニマ=ミヒメソ。ミヒメソ皇国第一皇子にしてお前の腹違いの兄だ」

 するとミーランの重々しく閉じた口も開く。

「皇子が一体何の御用でしょうか」

 変わらず無表情で、なおかつ抑揚のない、平坦な声だが、名乗りを挙げたばかりの皇子の言葉を遮るようにして問いかけをするミーランには皇子を歓迎する気がないのだということはよく伝わってくる。


「十数年ぶりに妹が帰って来たと聞いて、その妹を兄が訪ねるのは不思議なことではなかろう」

「先日の報告書通り、エリエラは変わらず健康状態に問題はありません。ご心配でしたら今日中にでも医師に診察させ、専門の者による結果を報告させましょう」

「そんなことせずともお前の報告を疑っているわけではない」

 ミーランの言葉に呆れるようにしてはぁと息を大きく吐く皇子の表情はやはり変わることはない。

 喜びを感じてもあまり変化のなかったように見られていた私の顔と同じように。

「ではなぜわざわざこんなところまで足をお運びになったのでしょう。私はたとえあなたが相手でもエリエラを譲る気はありません。どうぞお引き取りください」

 けれど同族のミーランにはその呆れが伝わったらしく、彼は初めよりも強い意志で皇子をこの部屋から、私の前から去るようにと進言する。

 相手が皇子であるにも関わらずミーランは全く遠慮をするということなく、自分の意志を押し通そうとまでする。

 思えば私はミーランがこの国でどのような地位にいるのかさえも知らない。宮廷の中に部屋を与えてもらっている点からしてそこそこの地位にあるのだろうとは思っていたが、一歩間違えれば不敬と取られてもおかしくない言葉を皇子にかけることを厭わないほどの地位があるとは思わなかった。 だがその気軽さが何を意味するものなのかまでは断定できない。


「俺はお前からエリエラを奪うつもりはない。そしてもちろん抱く気もない。母が違えど妹だからな。お前だって王族が近親で子を産むのを嫌うのは知っているだろう。いくら賢かろうが美しかろうが、弱い身体の子どもは長くは持たんからな」

「ですが例がないわけではありません」

「俺にその気はない」

 「ではなぜわざわざ特権まで利用してここに来たのですか」

 一瞬、周りの空気が肌をピリリと刺激したような気がした。あんな小さい窓から入る風などたかが知れているというのにそれはたちどころに生まれたのだ。

 だが怖くはない。今なお触れ合っているミーランの腕の中にいれば安心なのだとわかっているからだ。

「我が妹に会いに来たとさっきも言っただろう。まさか再会した妹が、乳児の時と同じようにお前の手に抱かれた姿だとは思わなかったが……。うまくいっているようで何よりだ」「当然のことです。私とエリエラは夫婦ですから」

「…………そうか」

 皇子は途端に興味が薄れたようにこの部屋を後にした。その瞳は宝石のように無機質で、どこか冷たさを帯びていた。


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