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2話

「さぁ、早く寝てください」

「…………これはどのような意味があるのでしょうか?」

 大人二人で寝てもまだまだ場所があまるほどの大きなベッドの真ん中でミーランは私を抱いた。

「夫は妻を抱き、そして妻は夫に抱かれるものです」

「はぁ……」


 ミーランが言っていること自体に意義はない。

 貴族として育てられた私は子を残すことを義務だと教えられていた。貴族とはその血を絶えず残すことが役目なのだと。

 だがミーランは私を抱くだけ抱いて手を出すつもりはないようだった。

 私のこの状況はまさしく子どもを寝かしつける親のようで、そこに男女の関係など露ほども感じさせなかった。


「あなたは私の妻なのですからこれくらい我慢して寝てください。私は明日も早いので」

 どうやらミーランと私の間ではその行為の認識に差があるようだが、まぁいい。彼にその気がないのならそれでいいのだ。無理に刺激する必要もない。

「……お休みなさい」

「お休みなさい、エリエラ」

 ミーランは私の頭を抱えるようにして眠りについた。彼の寝息が聞こえてくるまでわずか1分と経っていない。

 よほど眠かったのか、はたまたミーランという男は元からこういう男なのかはわからない。

 ただ一つだけ確かなことは背中に回された腕は見た目よりもずっとガッシリとしていて、抱きしめる力は強いということだけだ。

 多少自分の居心地がいいように動いたところでこの腕から解放されることはないだろう。

 モゾモゾと彼の身体の隙間に身体を埋め込むと今までスースーと一定間隔で奏でられていた音が止まった。かと思うと無表情の顔が目の前に突き出される。


「どうかしましたか」

 どうやら彼は私が少しでも動けばすぐに起きるようだ。眠いのか掠れたような声で私の頭を軽く抑えながら耳元に話しかける。


「もう解決しましたので」

「そうですか。ならいいです」

 すまないと思いながらも、全くもって表情に出ない私が言ったことによってぶっきらぼうに聞こえたかもしれないが、ミーランは安心したように再び眠りについた。

 ようやくベストポジションが確保された私もミーランに倣って眠りにつくことにした。

 今日会ったばかりのミーランの腕の中は、彼の体温が私の身体を包み込んでいるおかげですぐに眠りにつくことができた。




 目が覚めるとそこにミーランの姿はなかった。

 代わりにベッドの上には数冊の本と置手紙が残してあった。

『これでも読んでいて下さい』

 本に印刷してある文字のようなカッチリキッチリとした字はおそらくミーランの文字だろう。

 手紙の下にある本はどれもこの国の歴史や文化に関する本ばかりだ。手紙の文面からして暇をつぶすための本かと思ったがそうではないようだった。

 背表紙に刻印してある文字からして、今まで使っていた文字と変わらないので読めないという心配はないのだが、それにしても歴史についてとはチョイスが家庭教師のようだ。

 昔から運動やピアノ、バイオリンを苦手としていた私だったが勉強は苦手ではなかった。むしろ家庭教師の週に2回の訪問は私にとっての数少ない楽しみだった。彼らはいつも私の知らないことを教えてくれた。

 お姉様と私では違う家庭教師が付いていて、私に教えてくれる教師は数年間で何度か入れ替わったものの、同じような人だった。皆、淡々と道筋に沿って歩くかのように教えていく。たまに脱線するのは決まって私が何かを質問した時だけだった。

 そして彼らは決まったことを教え終わるとすぐに私の前から姿を消した。だが彼らはいつも居なくなる前、必ず私に同じことを言った。


『あなたを貴族のままにするのはもったいない』――と。


 お姉様は私の家庭教師たちが気に入らないようで「あんな人たちが教えているからあなたはダメな子のままなのよ。私と同じ先生に習えばいいのに……」と頬を膨らましていた。

 何でもそつなくこなすお姉様と比べれば私はダメな子だったが、私はそれでも勉強を嫌いになることはなかった。

 だからミーランがこれらの本を選んだことに全くもって不満はないのだが、よりによって全部が全部同じような本なのはどうにかならないものかと思ってしまう。

 だがその本を選んだミーランはすでにこの部屋にはいないようで、私の知り合いといえばミーランと皇帝くらいしかいない。そしてこの城内の構造も知らないとなれば部屋から出るのも得策であるとは思えない。


 結局のところ、この本を読んで過ごすくらいしか持て余した時間を過ごす術などないのであった。


 椅子もないので、行儀は悪いがベッドに横たわりながら適当に本を1冊取ってペラペラとめくっていく。すると思いのほか面白い。少し読んだだけでもこの国は私が今までいた国とは大きく違うことがわかる。

 まず第一に、この国の住まう者はほぼ全員が真っ白な、私と同じ髪色をしているらしい。瞳の色は青系の色が多いらしい。それこそがこの国の住人の証であるのだと。

 私がいた国では様々な髪色と瞳の色が入り混じっていた。子どもは親の色を引き継ぐもので、違う色が混じっているとその子どもは不貞の子であると見なされる場合が度々あった。

 そのせいで私は親戚中から強く当たられていたというのはある。私と同じ髪色を持つ者は親戚中を探してもいなかったからだ。かろうじてよく晴れた空を何倍にも水で薄めたような色素の薄い青は数代前の、母方のご先祖様にいたらしいが、それでも不義の娘だという認識は変わることがなかった。


 実際私はお父様とお母様との間の産まれた子どもではなかったので、親戚の認識は正しかったと言える。今頃彼らはほら見てみろと笑っていることだろう。

 いや、彼らもまたお姉様とお父様の仕出かしたことに首を絞められているかもしれない。親戚内で爵位を剥奪されたなんて、しばらくの間は肩身の狭い思いをして社交界を過ごすこととなるだろう。だとしても私が構うものではない。私を散々嘲り笑った赤の他人に情などないのだ。


 それよりも心配なのはお父様とお姉様、そしてお母様のことだ。

 私なんかが心配しなくともお父様は国王様に全幅の信頼を寄せられていたほどの頭の持ち主で、あれだけのお金さえあれば増やすなりなんなりして3人で悠々自適に暮らすことができるだろう。

 お父様のことだからいち早く逃げ出したお母様をすぐに見つけることができるだろうし、お姉様だってずっと城の牢獄に収容されているわけではない。

 いくら国交問題に発展したとはいえ、王子がその姫様と結婚するということで問題収拾の目処はついている。

 そしてなによりお姉様は爵位を剥奪されて庶民になったのだ。いくら危害を加えられた相手が要人であったとはいえ、一般市民が傷害の罪で捕まったとなれば、長くて数年日の目を全く拝むことが出来なくなるくらいなものだろう。

 ほかの国ならともかく、私のいた国は些か優しすぎるのだ。それが罪を犯したものだとしても平等に優しさは与えられる。

 お父様の言葉通り、あの一連の出来事が仕組まれたことであったのなら私がこの国に渡った今、おそらく残された彼らに危害が加わることはない。それならお姉様の解放が早まる場合だってあるのだ。

 本を開きながら、別れた家族に想いを馳せているとたった一つしかないドアが微かな音を立てて開いた。


「そういえば朝食を食べさせるのを忘れていましたね」

 声の主はミーランだ。彼はパンやらフルーツやらいろいろ乗せたトレイを持って私へと近づいた。

 トレイをベッドの上に置くとパンを片手に私へとにじり寄る。

「はい、口を開けてください」

「……これは一体なんのつもりでしょうか?」

 どうやらミーランは自らの手で私にご飯を食べさせるつもりらしい。

 まだ1冊目の本の半分も読み終わっていない私にはこの行動がこの国の食事法かどうかは判別がつかない。

 だが少なくとも私のいた国ではこんな恥ずかしい食事法はない。

「食事です。仕事の合間に抜けてきていて、そう時間はないので早く食べてください」

 抑揚のない声でそう説明したミーランは苛立っているのか私の顎をくいっと引いて、わずかに空いた口に一口大のパンを入れた。彼の行動を理解できないが、とりあえず口に含まされたパンを咀嚼すると次のパンをやはり同じ方法で入れられる。

 そしてミーランの手の中のパンがなくなると次はスプーンとスープ皿を持って、せっせと私の口にスプーンを運ぶ。

 これは親鳥がひな鳥エサを与えている光景のようだ。

 そう思うと一気に恥ずかしさなど消え失せる。


「自分で食べられますから」

「夫というものは妻に食事を食べさせるものです」

「それはまぁ……そうですね」

 この行動と全くもって意味合いの違うものだが聞いたことはある。

 貴族は妻も夫も社交を通して自分たちの有利なように働かせるという役目は同じだ。だが市井のものの間では、夫が働きお金を稼いできて、妻は家事など家のことをするらしい。

 妻も働いてはいるものの、夫の働きにより金銭が発生し、そのお金によって食材を調達することから『夫は妻に食べさせるものだ』という言葉があるらしい。

 それはとある国でたまに耳にする言葉らしいが、国によってこうも意味が違うとは驚きだ。

「だから食べてください」

 だがミーランに、この国に嫁いできた以上、この国のしきたりに従うべきだろう。

 小さく口を開くとミーランはどんどん私の口に食事を運んでいく。

 咀嚼しては運ばれ、そしてまた咀嚼しては運ばれ。

「これで朝食は終了です。また昼食の時間になったら来ます」

 全て運び終わるとミーランはフルーツの汁がついた手をハンカチで綺麗に拭ってからトレイを持って去っていった。

 そして残された私はというと、この国の文化を知るために再び本へと手を伸ばすのであった。


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