造られし存在
「素の方は大分可愛らしかったわね、皇女様」
部屋に戻って早々、恒例の率直な感想を述べるクロエ。
「言ってやるな。本人的にはコンプレックスみたいだし」
「ヨルちゃん、他の緋竜と比べて身体が小さめなのもあって、ちょっと拗らせちゃってるのよねぇ」
皇女様がボロを出す羽目になった元凶であるコトノハが、全く悪びれた風もなくそんなことを言う。
「なぁコトノハ、皇女様っていくつなんだ?」
素の口調からしてかなり幼い感じだったが、見た目ではわからないので聞いてみたのだが、
「えっと……以前会ったとき、ヨルが確か5歳くらいで、あれから6年くらい経ってるから」
つまり11くらい──
「今は7歳くらいかしら?」
「は?」
いやなんでやねん。
『あーこれは……コトノハさん、皇女様が生まれて何年になるかで答えてもらえます?』
俺が困惑していると何かを察したらしいイロハが言葉を変えて聞き直す。
「え、7歳なんだから21年だと思うけど……?」
質問の意図がよくわからないという反応のコトノハ。
「イロハ、説明」
『年齢と年数の齟齬は腕輪による翻訳の過程で、聞き手の年齢基準に換算されてるせいですね』
「そういうことか!」
つまり皇女様──というか緋竜族は、人間の三倍は生きる、のか?
と、そこで俺はいつかコトノハに年齢を聞いたことを思い出した。
あのときも翻訳のせいで人の年齢に換算されていたということは……?
『あ、今回の件は緋竜族が極端に長命なのが原因なんでリシアさんたちに関しては平気ですよ?』
「それを聞いて安心したよ……」
今さらになって実は年上でした、なんていう衝撃の事実が明かされても困るからな……。
まぁコトノハは俺が30と答えた時の反応からして、それ以下であることが間違いないのはわかっていたし、そのコトノハに姉を自称されるリシアも言わずもがなではあるのだが。
『少なくとも今までに出会った種族に関しては、データを見る限り、ほとんど人と変わらない年月を生きるみたいです』
「なるほどなぁ……」
元いた世界だと犬猫なんて20年も生きれば大往生と言われるので、それはそれでどうなの? とも思わないでもないのだが、異世界の存在な上にナノマシンを使いこなす生物なのだ。元の世界の常識は通じまい。
そもよくよく考えてみれば、通常の獣であればものの数年で成体になる訳で、10を越えても成長途中な時点で規格外という話だ。
「ところでレスト、試練はいつやる?」
話が一段落ついたのを見計らって、リシアが背中に寄り掛かりながら聞いてくる。
「すぐ出発しようと思う。緋竜の件は片がついたからな。とっとと終わらせて先を急ぎたい」
「イロハちゃんが目星をつけた基地の場所、一番近いとこでもここから結構距離があるものねぇ」
そう、イロハが規模や立地その他から、基地複製装置──正式名称をナノデュプリケーターというらしい──の置かれている可能性の高い基地を洗い出す作業を完遂してくれたのだ。が、
「ポンコツがもう少し絞り込んでくれたら、楽だったんだけど」
『そう言われましてもこればかりはどうにも……ナノデュプリケーターを稼働させられそうな規模の基地が知らない内に沢山建てられてるなんて思いませんでしたし』
そういう事情により絞り込んでなお、その数は二桁を優に越えるのだ。
手当たり次第潰す数としては正直多すぎる。が、他に手もないので可能な限り迅速に回りたいのだ。
「それってそのナノなんちゃらで量産されたからじゃないの?」
「多分クロエの予想通りじゃねーかな」
無論、イロハがそういう情報に疎かった、というのも影響しているだろうが。
まぁ俺だって元の世界にいた頃、基地の数やその増減なんて気にしたこともないしなぁ。
「まぁとりあえず試練とやらに行きましょうか」
そう言ってコトノハがゆっくり立ち上がる。
「だな」
試練の場所は緋竜窟よりさらに登った先であり、ここからは道が険しく馬車を使えないという話なので、そういう意味でも急いだ方がいいだろう。
出来れば日が暮れる前に済ませてここに戻りたいところだ。
「試練も登山も面倒だから、やるならちゃっちゃと終わらせるわよ!」
そんな正直すぎるクロエの発言を合図に、俺たちは試練に向けて出発した。
そこそこに険しい山道をひたすらに登る。
標高の高さも相まって恐ろしく気温が低いため、キャラバンで買った防寒着を着込んでいるのだが、正直それでもかなり寒い。のだが、俺以外の皆は特に堪えた様子もない。
リシアはともかく、クロエやコトノハも平気そうなのは意外すぎる……。
俺が人間の脆弱さを噛み締めているとリシアが話しかけてきた。
「皇女様、試練の場所には腕輪と似たような仕掛けがあるって言ってたけど、どういうことだと思う?」
これはコトノハに憤る皇女様を宥めた後に聞かされた情報だ。
腕輪と似たような仕掛け、つまり緋竜の試練には、何らかのナノエフェクト技術が使われているようなのだ。
「正直それだけじゃ予想もつかんな……」
「先代が忘れたせいでろくに情報が無いって、杜撰過ぎて笑っちゃうわよねぇ」
「まぁ金狐や灰狸以外の種族は記録を残すような習慣はないって話だし仕方ないわな……」
この辺、知能は高くとも獣である影響が色濃く出てるんだよな……。
いや緋竜は獣ではない、が。
そこで思い出す。緋竜はドラゴンではない、とイロハは言っていた。
果たしてその言葉の真意は何なのだろうか。
「イロハ、そろそろ教えて欲しいんだが、緋竜がドラゴンでないとして、じゃあ一体何なんだ……?」
俺の問いにイロハは観念したような雰囲気を出して、
『レストさん、温度で周囲の存在を知覚出来る生き物に心当たりは?』
突然そんなことを聞いてきた。
「蛇?」
『正解です。では、光り物を収集する習性を持つ生き物は?』
「カラス……?」
「ですね。最後に、成体になれば食事が週に一度や二度で十分な生き物は?」
「わかんねぇ……」
え? 何で突然生き物クイズが始まったの?
「答えはオオトカゲです。さてレストさん。……緋竜族は今挙げた性質を全て有しています。何故だと思いますか?」
おいまさか……いや、これはもう確定だろう。
イロハは生物の構成要素を分析することが出来る。 恐らくこれを使って緋竜を調べた際に、真実に至ったに違いない。
体温から俺が人間であることに気付けたのは、本当にピット器官があるから。
宝の山にガラクタが混じっていたのは、光り物であれば何だって構わないから。
わざわざ来客用の干し肉を常備していたのは、彼らがほとんど食事を必要としないから。
……それはつまり──
「緋竜族は様々な生物を掛け合わせて造られた存在、なのか……?」
「そういうことです。なのであれはドラゴンというよりキメラなんですよ。因みに先ほどの質問で挙げた生物が主な構成要素ですが、それ以外にも確認出来ただけで何十種類もの生物の遺伝子が混ざってますね」
「マジかよ……」
「え、そんなに驚くこと……? レストだって秘儀のせいで白狼と黒猫が混ざってるじゃない。同じことでしょ?」
クロエはイマイチ分かっていないようだが、俺と緋竜では話が全く違う。
俺の場合はクロエが言ったように秘儀の影響、つまりある種の突然変異のようなものだが、緋竜は種族として生来的にそうなのだ。
確かに近縁種が交配することでライガーのような生物が生まれることはある。
しかしそれは近縁だから成せることのはず。同じ爬虫類である蛇と蜥蜴ならまだしも、鳥類であるカラスが混じるようなことはまず無いだろうし、まして何十もの生物となれば、何かしらの人為的な要因によるものとしか考えられない。
至った真相に衝撃を受けていると、リシアが突然鋭い声をあげる。
「!! 話は後。魔獣の気配がする」
「これは……こっちに気付いてるわね」
二人の声で現実に引き戻された俺は早急に対応を考える。
既にこちらに気付いてるということはステルスの通じない相手ということ。
試練に挑む前に消耗するのは極力避けたい。となれば、
「コトノハ、頼む」
「はいはい、コトノハにお任せっと。ってあれ?」
『どうしました?』
「隠形が使えな……」
言い終わる前に人化の解けたコトノハを見て、防寒着を買う決め手となった会話を思い出す。
これはあれか……魔術を消す魔獣とやらのお出ましらしいな。
「やるしかないって訳ね……全く面倒な」
「……仕掛けてくる、気を付けて」
クロエがぼやき、リシアが警戒を促すのと同時に、岩影から魔獣が姿を現した。




