威厳と愛嬌
翌朝。朝食として出された干し肉(客人用らしい)を食べながら、昨夜の話──聖剣について考える。
まず聖剣とは何か。クリス曰く、それはかつて数多の強大な魔獣を討ち滅ぼした凄腕の剣士が携えていた出所不明の剣であり、使い手を魔術から守る力を秘めていることから後年、そう呼ばれるようになったもの、とのこと。
これだけ聞くと凄い剣だなぁで終わりだが、勿論現実はそんなに甘くない。
まずレティシアが聖剣に「選ばれた」と言っていたが、選ばれなかった──即ち適性のない者が振るっても聖剣は使い手を守らないらしい。
さらに言えば、何をもって聖剣に選ばれるのか、どのような原理で魔術を防いでいるのかさえ分かってはいないとのこと。
そして極めつけに、聖剣に「選ばれてしまった」場合、その者は強制的に国防を担わせられるそうだ。
……いや、まんま創作物における主人公専用武器ですやん。うっかり扱えてしまったがために面倒を押し付けられるとことか特に……というのが正直な感想だ。クリスがあまり嬉しくなさそうだったのもこのためだろう。
まぁ栄誉あることだと誇らしげに語るレティシアの気分に水を差すのも悪いので、とりあえずは祝福の言葉を送っておいたけれど。
「機能自体は掛け値なしに凄いんだがなぁ」
フィクションあるあるの特定の人間にしか扱えない&原理不明のコンボは現実的には厄介以外の何物でもないんだよな……。
「何の話?」
早々に干し肉を食べ終えて毛繕いをしていたクロエが俺の呟きに反応する。
『きっと私のことですね!』
「違うと思う」
「ないわね」
『酷くないですか?!』
イロハの妄言をノータイムで否定するリシアとクロエ、それを見て笑うコトノハ。
今日も今日とて平和である。
というか仮にイロハのことだとしたら、性格その他に難ありという意味になるのだが、こいつはそれで構わないのだろうか。
っとそうだ。そんなことより忘れないうちに秘儀の件を聞いておかないと。
「実は昨夜にレティシアから連絡があってな……」
レティシアとクリスから聞かされた話をかいつまんで説明する。と、
「秘儀で姿が変化しない、ねぇ……そんなことあるの?」
「私は初めて聞いた」
「コトノハも聞いたことないわね……ただ、もしかしたらだけど聖剣とやらが関係してるんじゃないかしら」
「あー、聖剣の力で秘儀が弾かれてるってことか」
持ち主を魔術から守る能力が常時発動しているなら、そのせいで打ち消されている可能性はありそうだ。
「けど力は強化されてるのよね?」
『聖剣が望ましいと判断したものは素通しされるんじゃないですか? レストさんの魔術がクロエさんにかかるように』
つまりその仮説が正しいとすると、聖剣的には身体的変化はデバフ扱いということだろうか。
そんな話をしていると、先ほど朝食を用意してくれた緋竜が現れて、
「ヨル様がお呼びです。ついてきてください」
それだけ言うと一礼して、こちらの返事を待つことなく歩き出してしまった。
俺たちはその後を慌てて追いかける。
緋竜窟は巨大な蟻の巣のような構造をしており、うっかり迷えば遭難必至なのだ。
「こちらです」
案内に従い通された広大な空間。
奥には皇女様とおぼしき緋竜が鎮座しており、その背後にはきらびやかな財宝が文字通り山としてうず高く積まれていた。
「中々の光景であろう? 恩人殿」
皇女様は近くにきた俺たちに自慢げにそう言ってから、
「我ら緋竜族の窮地を救ってくれたこと、誠に感謝する。して、その礼に褒美を取らせようと思う」
それから背後の宝の山を指して、
「欲しいものを好きなだけ持っていくがいい」
「!?」
いやいや、気前良すぎでは!? ダンプに積んでも溢れるくらいの量なのだが、本当に好きなだけ持っていっていいんだろうか。もしかして試されてる……?
そんな風に俺が訝しんでいるとイロハが耳打ち
してきた。
『レストさん、宝の下の方に散らばってる物、よく見てください……』
「え?」
言われて目を凝らす。と、
「なんだ? ガラスの破片……?」
よくよく見れば、他にも瓶の蓋やら割れた蛍光灯のようなものまである。
宝とガラクタが一緒くたにされている……?
俺が先程までとは違う意味で困惑していると、
「別に遠慮はいらんぞ? ここにある物の大半は緋竜族を恐れる人間共が勝手に献上していった品じゃからな」
「大半、ということは一部の品はどのような経緯で?」
宝の山に紛れ込む一目でガラクタとわかる品々に目をやりながら聞く。
「先代の緋竜たちが何となく気に入った物を拾ってきた、というような感じじゃな」
「……」
宝とガラクタの区別がついていない……いや、そのどちらも彼らにとっては等価なのか?
色々と引っ掛かるし、宝だけを選り分けて貰うという方法もあるにはあるのだが、今はそれより優先すべきことがある。
「皇女様、宝よりも欲しいものがあるのですが」
「ほう? 申してみよ」
「俺たちは白狼族の使命のために旅をしています。今回の件のような事態がまた起こる前に、早急に使命を達成するため、緋竜族の力を貸して頂けないでしょうか」
「なるほど……あいわかった──と、言いたいところであるが、それは難しい」
「ですか……」
「我らはこの地を離れられぬのだ。二重の意味でな」
「どういうことですか?」
「白狼族に遺跡を破壊するという使命があるように、緋竜族には緋竜の山を守るという使命がある。そして、緋竜はこの地に居らねばまともに戦えぬ」
「それは緋竜族の魔力が無尽蔵であることと……」
「左様。生命活動にも膨大な魔力を消費する緋竜族は、魔力の潤沢なこの地でしか真価を発揮出来ぬのだ。故に戦力として期待させたなら謝るより他にない」
「いえ、無理を言ってすいませんでした」
「代わりと言っては何だが、竜の試練を受けぬか?」
「試練、ですか?」
「うむ、これを見事成し遂げた者は絶大な力を手にする。と、先代から聞かされておる」
「……絶大な力」
緋竜の力を借りられないのは残念だったが、強くなれるとすればありがたい。
「秘儀を行使し多種族と友好的な関係を築いている恩人殿は、この試練を受ける資格を有しているので、こちらとしても是非とも受けて貰いたいのだが」
ふむ、見返りとして提案するくらいなので、悪い話ではないように思う。
俺が詳細を聞こうと口を開こうとしたその時、
「そういえば昔にそんな話を聞いたわね……」
コトノハが呟くように言う。
「試練ってのは具体的にどういうものなんですか?」
俺はそれには構わず皇女様に問う。
命に関わるようなものでなければいいと思ってのことだったのだが、
「すまぬが試練の内容は言えぬ」
にべもなく切り捨てられてしまった。
さてどうしたものかと考えていると、
「まぁ知らないことは教えられないわよねぇ」
ここにきてコトノハが口を挟んできた。
どうやらついにネタばらしをするつもりらしい。
「なっ! そ、そんなことは……」
「確か先代が忘れちゃったせいでわかんなくなったのよね?」
「何故それを!? そのことを知っているのは一部の緋竜族と──まさか……コト姉!?」
「ヨルちゃん、おっひさー」
「おっひさー、じゃないよ! またヨルのことからかって!」
「ヨルちゃんってば、昨日あんなにカッコつけてたのに、結局コトノハには気付かなかったわね。お陰で笑いを堪えるのが大変だったのよ?」
「仕方ないでしょ! 人化されたら見分けなんかつくわけないよ!」
「はいはいそうね、コトノハが悪かったわよ。ところで口調、戻ってるけどいいの?」
「あっ!」
「威厳のある話し方の練習をした成果がちゃんと実を結んだようで何よりだけど、お姉ちゃんとしてはやっぱりそっちの方がヨルには合ってると思うの」
コトノハとの衝撃的な再会のせいで、完全に他の事が頭から飛んでいたであろう皇女様は、こちらに向き直り、少し考える素振りを見せた後、
「…………。あー、少々取り乱してすまぬな。それで試練についてじゃが」
少々、とは。
まるで何事も無かったかのように振る舞う皇女様だが、流石にそれは無理がある。
「いやあの……今さら取り繕われても手遅れなので、素の方で構いませんよ……?」
「うん、そうだよね……知ってた。もー! 全部コト姉のせいだからね!!」
ぷんすか怒る皇女様には悪いが、相対する身としては威厳や風格なんてものは無い方が楽なのだ。が、勿論それは口にも顔にも出さず、胸の奥に仕舞っておいた。




