強制力の伴わない関係
ヴェルガンさんによる娘自慢と護衛を受けながら半日ほど移動した俺たちは、特に魔獣の襲撃を受けることもなく、日が暮れる寸前に里に到着した。
「さぁ着いたぞ! お客人にして恩人の諸君、ようこそ緋竜窟へ!!」
眼前に見えるは遺跡の入り口とは比較にならない程に大きな洞窟。
その中をヴェルガンさんに先導され進む。
「む、ヴェルガン様! 無事でしたか!! っと、その者らは?」
するとすぐに門番役とおぼしき緋竜が駆け寄ってきた。
「当然だ! ……と、言いたいところだが、どうも異変を感じ里を出た直後に魔獣化していたようでな。彼らの助けを得られなければ、二度と正気に戻れなかったかも知れん」
それからヴェルガンさんは先程俺たちにされた説明をそのまま伝える。
「なんと……! 目覚めてみれば空気や気候からして、幾日か過ぎていると里の者と話していましたが……」
門番の緋竜がそう言ってからこちらを見て、
「同胞を助けて頂き感謝の言葉もない」
と、深く頭を下げてきた。
うん、予想はしていたが、やはり他の緋竜も魔獣化していたらしい。危ないところだった……。
なんていう安堵は勿論、表には出さず、
「いえ、ここにきたのは要請があってのことで、手助けが出来たのも偶然に過ぎません。それに、白狼族の使命にも関わることでしたからお気になさらずに」
俺がそう答えると門番の緋竜は一瞬、虚を突かれたような反応を見せる。
「どのような経緯で白狼族の手助けをしているかは知りませぬが……こちらを助けた事に対するその口振り、欲深きことで名の通る金狐や灰狸とはとても思えませんな」
さっきの反応は恩着せがましい発言や要求をしてこないことに対する驚きだったらしい。
親父さんもそうだったが、金狐と灰狸に対する共通認識なのかこれ……。
割と暴言だと思うがコトノハは特に気にした様子もないし。
ってそれより俺は人間なんだが??
「そう言えばレスト殿の種族は聞いておらんな。人化が出来る以上、そのどちらかであろうがコトノハと共にいるということは、やはり金狐族か?」
「……」
どうやらこの二人、俺が人間であるとは露ほども思っていないらしい。
誤解を解いていいものか判断がつかない俺は、とりあえずこの手の状況において最も頼れるコトノハに視線を送る。が、
「あはは……」
困ったように微笑み返されてしまった。
頼りにならねぇ!! まさか人間とバレた瞬間、敵対するようなことはないと思うが。ええい、ままよ!
「えっと、俺はですね……」
覚悟を決めて答えようとしたその時、
「そやつは金狐でも灰狸でもなく、人間じゃぞ、父上」
「「ヨル(様)!」」
奥から現れた小柄な体躯──それでも成人男性である俺と同程度はある──をした緋竜によりあっさりと明かされてしまった。
「ようこそ緋竜窟へ、恩人殿。妾はヨル、緋竜族の皇女じゃ」
この緋竜こそがヴェルガンさん自慢の娘らしい。何かやたら尊大な感じなので、機嫌を損ねないようにしないとな……等と思いながら、こちらも自己紹介を返す。
「話が一段落するまで待っていようと思ってはいたのじゃが、そこのボンクラどもを見てはおれんでな……まぁ我ら緋竜族は生来的に感覚が鈍い故、大目に見てもらえると助かる」
ふむ、感覚が鈍いのは強者であるが故だろうか? 緋竜族にとって脅威となる存在など、そうはいないだろうしなぁ。
「なんと、よもや人間が白狼族や黒猫族を従わせることなく、共に行動していようとは……」
「まぁ今の時勢であれば、人間が我らと共にいる場合は間違いなく従属関係であろうからな。勘違いするのもわからんではないがの」
門番の緋竜と皇女様に珍しいものでも見るかのような目をされる。
対等な関係であることはそれほどに異様なことらしい……。
「……なるほど。言われてみれば、体温が僅かに低い、か」
と、ヴェルガンさんが聞き捨てならないことを言った。
まさかの熱感知!? 緋竜にはピット器官でもついてるのか……?
「それくらいは流石に気付いて然るべきじゃと思うがの……“これ”に気付かないのはともかく、な」
そう言ったかと思うと、一瞬でこちらに距離を詰めてきた皇女様は虚空を見つめて、
「そこじゃな……」
そう呟いてから、とても短く吠えた。
『え、見えて……? って、あー! ステルスが!!』
「!!?」
それによって姿を表したイロハと二人の緋竜が驚愕の声をあげる。
「クックック……それなりに高度な魔術ではあったが、妾を欺くには少しばかり足りぬな。しかしレスト殿は面白い玩具をいくつも持っておるのぉ」
「え?」
「その腕輪も、中々に難儀な代物のようじゃしの」
「! 皇女様はこれについて何か──」
「おっとその話は長くなる。なので、また明日にでも、な。魔獣化した緋竜とやりあったのだから疲れておろう? 寝床に案内させる故に、今日はゆっくりと休むが良いぞ」
皇女様にそう言われた俺たちはすぐに寝床に案内された。
するとリシアとクロエはすぐに寝入ってしまう。
さっきから全然喋らないと思ってはいたが、それはどうやら眠気が限界だったせいらしい。
「あー、笑いをこらえるのに疲れたわぁ」
コトノハがリシアたちの側に腰を下ろしながらそんなことを言う。
「何かおかしいことでもあったか?」
「まぁ明日のお楽しみね」
そう言ってコトノハも人化を解いてリシアたち同様に、丸くなってしまった。
「教える気は無いのね……」
意味深な発言は気になるが、皇女様とは旧知の間柄らしいので、恐らくそれに関することなのだろうと当たりをつける。
あれ? そういや皇女様はコトノハを見ても特に反応しなかったな……きっとそこらにも関係しているのだろう。
と、それよりも気になることがあった。
「なぁイロハ、あの皇女様、灰狸族でも見破れなかったステルスをあっさり看破した辺り、相当凄いんじゃないのか?」
クロエやヴェルガンさんを疑っていた訳ではないが、実際に目にしてわかった。あれはかなりの使い手だろう。
『えっ! あ、ですね。視覚とナノエフェクトによる探知に関しては完全に無効化出来ていたはずなんですが』
「流石は歴代緋竜族最強の魔力の持ち主ってことなんかね」
『そうですねー……』
「……イロハ、なんかあったか?」
『えっ! いや別に何もありませんけど……?』
明らかに上の空な感じなんだよな……絶対何かあっただろ。
「……ふと思ったがおまえ、最初はドラゴンだー! とか騒いでたのに、今は全くそんな素振りを見せないよな。何でだ?」
『それは……』
「率直に聞こう。緋竜について、何かわかったな?」
『……』
「……」
『レストさん、この世にはドラゴンなんていないんです……』
沈黙に耐えかねたのか、重々しく口を開くイロハ。
しかしそれはどういう意味なのか。
「え、いや緋竜は?」
彼らの見た目はどこに出しても恥ずかしくないザ・西洋系ドラゴンといった風なのだが。
『……緋竜は──ドラゴンでは、ありません。今の私から言えるのはそれだけです』
「なんだそりゃ」
どいつもこいつも思わせ振りなことを言いやがる。
まぁイロハ自身、整理がついていないようなので今は追及しないでおいてやるか。
「じゃあ話を戻すが、皇女様以外の緋竜をステルスで欺けてたのは何でだ?」
確か目に頼らない方法で探られるとまず見つかると言っていたような。さっきの話を聞く限り、魔力を用いた探知にも対応しているようだが。
つまり本来なら熱感知により俺の体温を調べたときに一緒にバレていたはず。
『それは単にステルスの対象が私だけだったからですね』
「複数対象だと効果が落ちるってことか?」
『いえ、ではなくて私自身の機能を制限することにより、廃熱を極端に抑えてたんですよ』
「あぁそういう……」
確かにそれは機械であるこいつにしか不可能だな……いや待てよ? それならこちらが別の魔術でフォローすればワンチャンありそうではあるな。
そんなことを考えていると、またしても腕輪が震えだした。
今度は誰だと思ったら、
「あ、クリスだ」
『クリス……? ってあぁ、森で出会った狂暴な小動物を連れてた人でしたっけ』
「……いやまぁ何も間違ってはいないけどさ」
レティシアに聞かれたらぶっ飛ばされるぞおまえ……。
そんなことを思いながら何気なく通信を受けると、
「ちょっとレストさん! 大変なんですの!!?」
そのレティシアの興奮した声が腕輪から響き渡り、俺の鼓膜にダメージを与えてきた。
『……じゃあ私はスリープモードに入りますんで』
イロハは気の毒そうにそう言うと、あからさまに俺から離れた位置に移動しやがった。
いや俺も疲れたから寝たいんだが??
「レストさん! 聞いてますの!?
「はいはい、聞いてるよ……」
しかし、この剣幕では眠いと言ったところで聞き入れてはくれないだろう。
どうやら眠れるのはもう少し先になりそうだ……。




