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真実、反転する世界

鬱展開は無いです。

 薄暗い洞窟に、並外れた大きさの体躯を持つ、真っ白な狼が鎮座している。

 厳かに佇むその姿は、崇敬の念を抱くには十分過ぎる貫禄を備えており、これに逆らう事はおろか、そういった発想自体不可能な程の神性に満ちていた。

 そんな存在の前に、俺はゆっくりと歩み寄る。


「来たか……人間よ……」

「はい……その、二人だけでしたい大事な話とは……?」

「無論、アレのことだ」


 洞窟の入り口の方に、首を巡らせて言う。

 まぁそうだろうとは思っていた。本人のいる所では、話しづらい事もある。


「仔細は話せぬが、アレには大事な役目がある。色恋にかまけている余裕はないのだ。言っている意味は、理解出来るな?」

「つまり、リシアと距離を置けと、そういう事ですか?」

「そうだ、それに貴様にとっても悪い話では無い」

「それはどういう……?」

「貴様は娘と、ある種の事故のような形で化身したな。お陰で娘に余計な説明を……いや、それはいい。あの秘儀は決して、単なる能力強化や、普通の婚姻に用いられる様な物ではないのだ」


 忸怩たる思いを抱えながら、吐き出すように狼は続ける。


「秘儀は使えば、相手に最適化されると、そして他には使えなくなると、娘から聞いたはずだな? ……では、一体何が最適化されると貴様は考える?」

「あの言い方からして、秘儀自体では──」

「そう捉えるように伝えた。秘儀などと大仰な呼び方をした所で、あれも所詮高等なだけの魔術に過ぎぬ。その在り方は不変だ」

「なら、一体何が……」

「……最適化されるのは、術者だ。つまり、娘は貴様との化身の為に、その身を変容させたと言う事だ」

「なっ……!!」

「娘の事で、何か思い当たる節があるのではないか?」


 狼は俺の瞳をジッと覗きながら、何気ない感じに尋ねてくる。

 ……リシアとのこれまでを思い返す。過剰な好意、リシアとだけ可能な意思疎通、妙に人間臭い言動、行動。まさか全部、そういうことなのか……?


「その様子を見るに、幾つか浮かんだようだな」


 事態が思わぬ形で目まぐるしく変動し、俺は世界に取り残される錯覚に襲われる。


「じゃあリシアが俺に対して好意的だったのは、全てそのせい……?」

「………………」


 狼は何も応えない。ただ静かに、俺が葛藤する様子を眺めている。


「会話が可能なのも……いや、意思の疎通はパスが、一時的に大きくなってるからだったはず……」


 僅かな希望に縋るように、俺のせいでリシアが変容をしたという、認め難い事実を否定する材料を探す俺に、どこまでも無慈悲な言葉が降り注ぐ。


「そう……それに関してのみ、娘に嘘をつかねばならなかった。他は全て、本当のことを伝えなければ、それで済んだのだがな」


 混乱の極みの俺を尻目に、狼はかぶりを振り、溜息交じりに続ける。


「私も知らなかったのだ、かけられた方も変容する事があるなど……もっとも些細な事ではある。受けた影響は一つ、術者とのパスが大きくなるだけだ、ただし永続的にな」

「……!! それがバレないように、俺に魔力の訓練を……」

「ここまで魔術的素養のない人間と、秘儀を使った例は過去に無くてな。異界の迷い子の素養や、魔力量の個体差が激しいのは知っていたが、全くのゼロと言うのは不幸な偶然と言うしかない」


 長期間化身してないのに、パスがそのままなら、リシアは確実に違和感を覚えるだろう。

 それを防ぐ為に、化身しての訓練をさせて、一時的が続いているように見せて……。


「貴様とこうして話す事も必要であり、魔力訓練によるパス強化は、どちらにせよ避けられぬ道だった」

「何故、ここまでしてリシアに隠すんです……」

「ではなんと言えばいい? 変容したという事実が何をもたらすのか、考えてみれば知れるだろう」

「それはっ………」


 おまえの想いは、秘儀によって造られた偽りの気持ちだと、そう言外に告げる事になる……。

 あれで思慮深く、聡明なリシアのことだ。すぐにその事実に気付き、ショックを受けるのは間違いない。

 そんなこと、言える訳がない。一体どうすれば……。


「ある程度物理的に離れれば、変容による影響も少なくなる。距離を置けと言った理由と、隠している理由、理解して貰えたか?」

「理解は……しました」


 何も解決策が浮かばない以上、ここで食い下がっても仕方がない。

 この状況なら、確かに俺が側にいるだけで、リシアの害になる可能性がある。

 口を開こうとしては黙り込み、苛立ちを抑えながら憮然とした面持ちでいると、狼が嘆息しながら続ける。


「さて、追い討ちをかけるようで心苦しいのだがな。悪い話でない件について、説明させて貰おう」


 なんだ……? この上一体何が。


「貴様が娘の気持ちに応えたとしよう、となれば当然、娘はおまえに人化を請うだろう。秘儀の片割れである人化を貴様が行使した際、果たして“何が”最適化され、変容するのだろうな?」


 今度こそ、俺は何も言えなかった。何が? 決まっている……術者である俺自身だ…………。

 自身が何かに侵食され、想いを捻じ曲げられる。……そんな嫌な想像が頭をよぎる。


「ここで貴様が引けば、そうはならない。悪い話では無いというのは、そういうことだ」

「クソっ……! 何が婚姻の証だ……」


 八つ当たり気味に、意味のない悪態をつく。

 まさかここまでロクでもないモノだとは、想像すらしていなかった……。


「……婚姻などと謳ってはいるが、本来あれは幼少時に使命を負わされた二人を、強制的に結びつけて、縁と力を強化するための祝福なのだ。当然、通常の婚姻目的に使用される物でもない」

「祝福……!? こんなの呪いとどう違うんだ!」

「何も違わぬ。祝福とは、見方を変えれば呪いとも言える。二つは本質的に同じ物だ、毒と薬の様な物と思ってくれていい」

「そんな詭弁を……!」

「秘儀についての是非は、この際捨て置く。重要なのは貴様の意思だ」


 抗弁を許さない口調で、狼は二者択一を突き付ける。


「娘を受け入れるのか、否か、この選択は貴様の一生を左右する物だ。心して選ぶがいい」

「いきなりそんな……」

「悪いが悠長にしている時間は、残されていないのだ……それと先に伝えておくが、前者ならば役目を娘と共にこなして貰う。後者ならば娘との接触は最低限にして貰う……これは決定事項だ」


 リシアの為を思えば、やはり距離を置くのが一番望ましいのだろうか。

 秘儀による偽りの好意しかないのなら……いや、待て。本当にそうか?

 思い出せ……初日の出来事を。……そうだ、何故忘れていたんだ。

 リシアは、秘儀を使う前に、既に覚悟を決めていた……!

 命を懸けてまで、こんな俺を助けてくれた!

 仮にその後の好意が、変容に因るものだとしても。

 それ以前にあったリシアの覚悟まで嘘になる訳じゃない!!


「……決めました」

「ふむ……」

「俺は、リシアを、受け入れます」

「正気か? 娘の件を置いても、人化を行使すれば、術により貴様自身も変容するのだぞ?」

「……正直、怖いです、けど。それを押してでも、あの時のリシアの覚悟に報いたい。騙し続ける業を背負ってでも、俺はリシアと共にありたい」


 まさか自分が、こんなドラマみたいなセリフを言う日が来ようとは。

 だが事態は、ここからまさかの展開を迎える。


「…………そうか。やはり貴様は、本当に頭がおかしいのだな。これだけ脅しても折れぬとは……」

「脅し……?」


 狼に先程まであった、神性のような物が、いつの間にか霧散している。

 なんだ? 何か、何かがおかしい……。


「では悲壮な覚悟を固めた、滑稽な貴様に真実を語ろう。娘は何も変わってなどいない」

「は……………?」


 今、なんて言った? 色んなものを、根底から覆す発言が聞こえた気がする。


「秘儀に術者を変容させる効果があるのは、紛れも無い事実だ。が、それは術が完全に成功した場合の話だ」


 一体この狼は何を言って……。


「不完全だったせいで、あんな耳と尻尾だけの、出来損ないになったのだ。同時に、不完全だったが故に最適化も半端にしかされなかった」


 言ってる意味が………。


「つまり、偽りの好意など存在しない。変容したのは、貴様にしか行使できないという事くらいだな」


 そこまで聞いて俺は、魔術で木の棒のような何かを作り出し、全力で狼に殴りかかった。






シリアス回のような何か。今回は凄い時間かかった…

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