求めし力
「まぁやっぱりいるよな……」
馬車を走らせること数分。
予想はしていたが、俺たちは魔獣と出くわし足止めを食らうこととなった。
『まだ遺跡を破壊してないのに、思いっきりやる気みたいなんですけど!』
「まぁ洞窟内にいれば緋竜に襲われる心配がないからなぁ」
低く唸り声をあげる魔獣は洞窟の外にいた連中と違い、完全にこちらを獲物として認識している。
まぁそれはいいのだが、そいつが最初の遺跡攻略で戦ったラプトル型と呼ばれていた魔獣なのは何かの因縁なのか。
「今のレストなら、きっと一人でも余裕」
俺のなんとも言えない感慨を不安と受け取ったのか、リシアがそんなことを言ってくる。
「よし、相手は一匹だしさくっと倒して先を急ごう」
そう返した俺は、即座に馬車から飛び降りると右腕を変化させ、立ち塞がる魔獣に斬りかかる。
が、初撃は余裕で回避される。
「本命はこっち……!」
それを見越していた俺はすぐさま左腕も変化させ、回避後の隙を突いた一閃を放つ。
「キャラバンでの訓練の成果かしら!」
「危ないようならすぐに飛び出すつもりだったけど、そんな心配はいらなかったわね」
速やかに魔獣を下した俺を見て、コトノハが感心したように微笑み、クロエは軽く息をつく。
訓練の成果も勿論だが、これまでに少なくない数の死線を潜り抜けていることも影響しているのだろう。
「俺もいつの間にか相当強くなったなぁ」
そんなことを言った直後、
『あの、レストさん……後ろに……』
「え」
言われて振り替えると、洞窟の奥から追加のラプトル型の魔獣が数匹……。
「レスト、任せて」
「仕方ないからアタシも手伝うわよ!」
「これはコトノハもやるしかないわよね……」
「是非頼む」
三者三様な発言と共に加勢してくれる仲間たち。
うん、いくら強くなったとはいえ、流石に同時に複数は無理だからね。とても助かる。
『私は馬車が巻き込まれないように後退してますねー』
「……」
野郎、馬車を戦闘から逃げる大義名分に使いやがったな。
まぁ実際、壊されるとまた徒歩での旅路となるので大事なことではあるのだが……。
さて、それはともかく魔獣の対処はどうしたものか。
「相手は四匹、か……ってことは各自一匹ね!」
「ちょっとクロエ!?」
言うが早いかクロエが駆け出し、
「ん、わかった」
「危なくなったら助けてよね……?」
それにリシアとコトノハも続く。
「……まぁやるか」
作戦を考える間もなく戦闘が始まってしまったことを軽く嘆きつつ、自身に割り当てられた一匹と対峙する。
俺は先程のように、一度攻撃を回避させ、その後の隙を突く形で魔獣を仕留める。
やはり一対一であれば問題はないらしい。
さて、リシア達の方は平気だろうか。
周囲を見回すと、コトノハが踊るように攻撃を捌きながら、小太刀を魔獣の側頭部に突き立てているのが見えた。
鮮やかな一撃。やっぱ普通に強いんだよな……多分俺よりも。
次に目に入ったのは、クロエが壁蹴りによる死角から急襲する瞬間だった。こちらもまた鮮やかな手並み。ただやはり体格差の問題か、一撃で完全に絶命させることは出来なかったらしく、倒れたところに追い討ちを入れていた。
そして最後に残ったリシアだが……こちらは多少の苦戦を強いられていた。どうも攻撃があまり通っていないらしい。
リシアにもクロエ同様、爪や牙はある。が、黒猫族のそれが鋭さと自身の速度に頼っているのとは対照的に、白狼族のそれは頑丈な分、鋭さには劣り、速度にしても肉体的に強靭な分だけ重く、やはり劣る。
では白狼族の爪や牙が黒猫族の下位互換かと言えばそうではない。本来であればこちらは膂力や体格に頼って振るう武器なのだ。例えるなら黒猫族のものが日本刀だとすると白狼族のものは西洋剣といった具合に。
しかしリシアはまだ肉体的に成熟しておらず、これを活かしきれていないというのが現状だろう。
「リシア、今そっちに──」
「……!!」
俺が手助けに向かおうとした瞬間、リシアは魔獣の顔面に一撃を入れることで無理矢理に隙を作り、
「潰れて」
哀れ魔獣は固有魔術により地面の染みとなった。
うん、これがあったわ。別に爪や牙に頼れなくても特に困りはしないよね──と、この時はそう思ったのだが、どうやら全くそんなことはなかったらしい……。
「クロエが羨ましい……」
戦闘が終わり馬車に乗り込んで少ししてから、リシアがぽつりと漏らした。
「? 何がよ」
「私も魔術じゃなく、爪と牙で戦いたい」
「無い物ねだりしても仕方ないでしょ。そんなこと言ったらアタシだって魔術で戦ってみたいわよ」
「リシアちゃんもあと数年もすれば、体一つで戦えるようになるわよ」
「むぅ……」
「あ、人化出来るんだから、今ならコトノハみたいに武器を用いた戦い方も──」
「人化した状態じゃなく、爪と牙で戦いたい」
「わがまま……!!」
「レストと化身した状態じゃダメなの?」
「父さんみたいに、自分の力だけでねじ伏せたい」
「お手上げね……」
これはどうしたものやら……。
とりあえず話の矛先を軽く逸らしてやるか。
「そいや親父さんってめちゃくちゃデカいけど、リシアもあんな感じになるの?」
「ならない。父さんがあんなに大きいのは、群れ長の儀によるものだから」
「叔父様、その影響で普通の白狼族の倍くらいあるのよねぇ」
なるほど、親父さんは言ってしまえば特殊個体なのか。道理で大きすぎると……いや待て、それでも半分程度にはなるのか……。
リシアの今の大きさが大体柴犬の成犬手前って感じな訳だが、ここから親父さんの半分……十分でかいわ。
「ならアンタも群れ長の儀とやらを試したらいいんじゃない?」
「それは無理。まず儀の恩恵を受けていない白狼族が複数必要だし、仮に見つかっても、もう一つの条件を満たせない」
「アンタの父親は頭数には入らないってことね……ちなみにもう一つの条件って何なの?」
「心の底から相手を信頼し、強くあることを願うこと」
「確かにそれじゃもし白狼族が見つかっても、昨日今日会ったばかりだとどうにもならないわね……」
これでは親父さんの群れの生き残りにでも会えない限り、条件を満たすのはまず無理だろう。
この話はここで終わりかと思ったのだが、ここでクロエがとんでもないアイディアを思いつく。それは──
「あ、レストって人間だけど秘儀の影響である意味、白狼族でもあるわよね? 条件、満たせるんじゃないの?」
「!! その発想はなかった」
「いや確かにそうだが、流石にそれは……」
多分人間の割合の方が高いし、黒猫族も混じってるし、そもそも数の方はどうするんだという意味で難色を示したのだが。
「……レストさん、まさかリシアちゃんのこと、信頼してないなんて言わないわよね?」
「違う、そうじゃない。だから今すぐその目をやめろ」
ハイライトが消えてて怖いんだよ!
『逆にリシアさんに対してその儀を行えるのはレストさんだけかもしれませんよ』
「いたのかイロハ……」
『いないはずないでしょ! 誰が手綱を握ってると!? こっちはそれに加えて基地の当たりをつけるために色々調べてたっていうのに全く!』
「悪かったよ……で、俺だけってのは何故だ?」
『簡単な話ですよ。レストさんが純粋な人間でないように、リシアさんもまた純粋な白狼族ではないでしょう?』
「あっ」
言われてみればそうだ。秘儀の影響で変質しているのは俺だけではない。とすれば可能性はある、か。
「別に失敗してもデメリットがある訳でもないんでしょ? 試しにやってみなさいよ」
「レスト、お願い」
「……わかった。どうすればいい?」
「私が儀を行うから、レストは私に望む在り方を、強く思い浮かべて」
全員が固唾を飲んで見守る中、俺は言われた通りにリシアの成長した姿を思い浮かべる。
と、しばらくしてリシアの体が光に包まれて──
「少し、強くなった気がする」
まさに狼と呼ぶに相応しい姿のリシアが現れた。
「わー! リシアちゃん、こんなに綺麗になっちゃって!」
「フフッ……」
コトノハからの賛辞を受けて地味にテンションの上がったリシアが何やら気取ったポーズを取る。
が、俺には体が大きくなっただけで、相変わらず可愛く見えるのだが、これは言わない方がいいんだろうな……。
『でも大きさは真化身の時と大体同じくらいですから、これは失敗ってことになるんでしょうか』
「まぁ本当なら複数で行う儀なんだから、これでも十分成功でしょ」
「ところでリシアちゃん、何か魔力を浪費してない?」
「? ……よくわからない魔術が発動してる?」
コトノハにそう指摘され、そのよくわからない魔術をリシアが止めると、
「……元に戻ったわね」
「叔父様は戻ったりしないってことを考えると……」
『失敗、もしくは別の魔術として機能したってとこでしょうかねぇ』
「がーん……」
分かりやすくショックを受けている。
いやでも一応、大きくはなった訳だし爪や牙で戦いたいという望みは叶ったと言えるのでは?
まぁ再現性がなければどうにもならないが、もう一度試してまた成功するようなら全く問題ないとも言える。
あの姿ならそれこそ親父さんほどでは無いにせよ、力で叩き伏せるようなやり方も可能だろうし。
そんな光景を幻視していると、再度リシアの体が光だして……。
「あれ、何もしてないのに、また大きくなった?」
「レストさん、もしかして今……」
「お察しの通りだよ。しかしなるほど、つまり一時的なバフなんだなこれ」
俺が願えば強化されて、それを維持している間は常時魔力を消費する感じだろうか。
「リシアの方は何もしなくても使えたんだから別の魔術で確定みたいね。ってことはそれ、アタシにも使えるんじゃないの?」
「レスト次第、かな?」
「さっきの魔獣ももう少し体が大きければ一撃で仕留められたのよね。ってことで頼んだわよレスト!」
「やれやれ……」
もはや拒否出来る流れではないので大人しく従い、クロエの成長した姿を思い浮かべる。
そうしてしばらくすると、やはりクロエの体が光に包まれて──
「やったわ成功よ!! ……けどこれ、長時間はしんどいかも」
「あーそうか、魔力量の差が……」
リシアの方はコトノハに言われるまで気付いてすらいなかったので、露骨に種族差が出ているらしい。
クロエの方はしっかり使いどころを考えた方が良さそうだ。
『クロエさん──というか黒猫族は、体質的にナノマシンが定着しづらいみたいですからねぇ……』
「まぁ良し悪しだろうな」
そのお陰で魔術師キラーのような特性を持っている訳で。
「じゃあレストさん、最後はコトノハね!」
「えっ」
「まさか私だけ除け者にしたりしないわよね……?」
「いやそんなつもりはないが……まぁいいか」
自分からオチになりにいかなくても……と思ったが、本人たっての希望なのだから仕方ない。
リシアとクロエにそうしたように、コトノハの成長した姿を思い浮かべる。しかし──
「全然変わらないわね……」
「何故……どうして……? 魔術の効きが悪いはずのクロエちゃんでもあっさり成功したのにぃ!」
『それなんですが、秘儀の影響でレストさんからの魔術は素通しするようになってるみたいなんですよね』
「そんなことよりコトノハだけダメな理由は何なのよ!」
「成長した姿が思い浮かばなかった、とか」
「!!」
「信頼されてなかったんじゃない?」
「!!?」
酷い言われ様である。
ちゃんと思い浮かべたし、これでも信頼している。
というか信頼に関しては別の魔術な時点で無関係なのでは?
まぁその辺わかった上で茶化してるんだろうけど。
「じゃなくて、どう考えても秘儀をしてないせいだろ……」
うちひしがれていたコトノハは、俺の発言を受けて勢いよく起き上がると、
「レストさん、今からでも遅くないわ! コトノハとも──」
「却下」「ダメよ」
「とのことです」
「反応が早い!!」
秘儀をしましょう、とでも続けるつもりだったのだろうが、二人の反対を押し切ってまでその要望に応えるのは……まぁ現実的ではないな。
「てかコトノハは人化してない状態で近接戦とかしないだろ!」
「しないけど……」
「なら別に問題ないじゃん」
金狐族は他の種族と比較した場合、魔術の扱いに優れる反面、身体的な能力に関しては脆弱であるらしい。そのため黒猫族のように魔術耐性が高い相手を不得手としており、これに対抗すべく、人化状態での武器を用いた戦術を編み出した──と、シキさんから出発直前の戦闘談義の最中に教わった。
短所を補うべく研鑽を積み、やがてそれが長所となる。素晴らしいことだ。が、しかし……そういった事情があればこそ、
『まぁコトノハさんの体が大きくなっても、単に当たり判定が大きくなるだけですしね』
「意味がないどころかマイナスまであるんだよな……」
「うぅ……コトノハもヒロインのはずなのに! いやまさか、攻略対象ではない……?」
「ちょっと何言ってるかわかんないですね」
正しくは、わかりたくない、だが。
というか早くも俺の記憶を覗けるようになったことによる弊害が出ている……。
「あ、遺跡の入り口が見えてきたわよ!」
話し込んでいたら、いつのまにか目的地についたらしい。
『やれやれ。とりあえず安全地帯に着きましたね』
「遺跡の中には魔獣は入らないって話だしな」
「確かにここから先に魔獣はいない。けど、組織の人間がいないとは限らないから、油断しないで」
「そうか……その可能性があったか」
最初の遺跡とは異なり、ここは親父さんが結界により封鎖をしていた訳ではない。それはつまり、割と最近出来たばかりとはいえ、先客がいないとも限らないという事。
実際、親父さんは別の遺跡で組織の待ち伏せを食らった訳だし、気を緩めずに進むべきだろう。
「一応レーダーに反応はない、な。ただ何らかの手段で無効化されてるって線もあるから、警戒しながら進むぞ」
俺は全員の了解が得られたのを確認して馬車から降りると、遺跡の入り口に足を踏み入れた。




