戦闘巧者
俺がクロエと半化身を行い、意識を集中していると、突如巨大蟻が空に向けて酸を吐き出した。
話に聞いていた広範囲攻撃かと身構える。が。どうやらそうではないらしい。
「浮いてる……?」
吐き出された酸は幾つもの小さな塊となり、地面に落ちることなく上空に留まっている。
「一体何を……」
そこで俺は気付く。浮いている酸が漏斗状の形をしていること、そしてその先端部が全てこちらを向いていることに──。
「そういうことかよ!!」
俺は全力でその場から飛び退く。
と、同時に滞空していた酸が一斉に放たれる。
それは凄まじい速度で降り注ぎ、地面を刺し貫いた。
「ちょっとこんなの聞いてないわよ!」
文句を言いたくなる気持ちはわかる。が、それを言うなら障壁を遠距離に張れることだって聞いていない。
まぁ灰狸族相手に本気を出すまでも無かったってことなんだろうけど。
「ヤバイな……」
普通に吐かれる分には余裕で回避可能だったが、あれを掻い潜って接近するとなると相当キツい。
「ねぇレスト、あれは一体どういう技なの?」
「確証はないんだが……」
原理としては恐らく酸を障壁に閉じ込めた上で、内部に圧力をかけて噴射しているのだと思う。
蟻の分際で機動砲台からの放水砲とは芸達者なやつめ。
「よくわかんないけど、とにかく勢いよく飛ばしてるってのは理解したわ」
「まぁそれだけわかれば問題ないな」
どう説明しようかと思ったら思考を読んで勝手に納得してくれたらしい。
「ところでクロエさんや」
「なによ」
「あれ、避けれたりする?」
再度空中に装填される酸を眺めながら問う。
「んー……半化身でなければ多分」
「なるほど」
それならとすぐに真化身状態に移行する。
本来の予定では先程同様に障壁までたどり着いた後、白狼の力で持って爪を伸ばしながらの凪ぎ払い──遠心力により重さを相殺した一撃を放とうと考えていたのだが。
「アタシとの真化身状態だとそれは無理ね」
だろうな。半化身でなければ白狼の力は使えない。
そうなると単純に力が足りないだろうし、それ以前に重心が極端に偏るせいで、途中で転ぶのが関の山だろう。
けれど一秒を争う状況で化身を行うのは避けたい。
かかる時間はほぼ一瞬とはいえ、一切タイムラグが無い訳ではないのだ。
何か別の手段……あ、そうか。自重を支えられないのが問題なら、支える必要を無くせばいいのか!
「クロエ! 突っ込んで巨大蟻の真上から急襲してくれ!」
「簡単に言ってくれるわね全く!」
文句を言いながら全力で疾走するクロエ。
相変わらずとんでもない速さだ。化身により成体に近いサイズとなっていることも影響しているのだろう。
「……!!」
迎撃に放たれた酸を後方に置き去りにして、一瞬で半分程度の距離を詰めたクロエは勢いよく跳躍すると、巨大蟻の頭上に身を踊らせる。
「これで終わりよ!」
予めこちらの考えを読み取っていたクロエは巨大蟻が生成した障壁に着地しようと──。
その時、妙な胸騒ぎを感じた。
「クロエ! 今すぐ両足の爪を伸ばせ……!」
「はぁ?! でもこの距離じゃ狙いが──」
「いいから!」
いきなりで申し訳ないが、説明したり思考を読むのを悠長に待つ時間はない。
「なんなのよもう!」
喚きながらも指示には従い、クロエが前足全ての爪を伸ばす。
と、伸ばした爪の一本が運良く巨大蟻の頭部を捉え、絶命させることが出来た。
「で、何でいきなりあんな指示をしたわけ」
地面に刺さった爪の支えにより宙に浮いたまま咎められる。
今の状況は遠目からだと、やたら長い竹馬に乗ってるように見えるだろう。
「嫌な予感が正しければ……」
俺はそう言いながら、たった今まで習得したことを忘れていた魔力視を試みる。
と、真下には障壁による鋭利な棘が無数に広がっていた。
「うわ……」
「やれやれ」
巨大蟻が死んだからだろう、徐々に形を失うデストラップを眺めながら嘆息する。
こちらが突っ込むことを想定したカウンターとは恐れ入る。
「あのまま突っ込んでたら……」
「……」
黒猫族には魔術に対する耐性がある。が、それはあくまで軽減に過ぎない。物によっては普通に致命傷ということも十分ありえる。
「よく気付いたわねアンタ……」
クロエはそう言うと、障壁による罠が完全に消えたのを見計らって軽やかに着地すると化身を解いた。
ちなみに気付けたのは完全に偶然である。
形状変化が出来るならもしかして……という無意識の思考が虫の知らせの役割を果たしたのだと思う。
「しかしこの戦闘技術は一体どこからきてんだろうな……」
少なくとも障壁の扱いに関してはリシア以上だったんじゃないのか?
これは以前親父さんから聞いたことだが、通常の獣や虫等は魔獣化することで初めて魔術を扱えるようになるらしい。
後天的に得た力を、ただの獣や虫がここまで器用に振るえるものだろうか。
まさか修練している訳でもあるまいし。
それとも魔獣化する過程で肉体的な強化以外の──。
「そういうのは帰ってからでいいでしょ。アタシは少し疲れたから寝てるわよ」
頭に飛び乗られた衝撃で思考が遮られる。
「おいまたか……。乗られるのは結構重いんだが」
「大丈夫、レストならやれるわ」
「そういうセリフはもっと違う状況で聞かせてくれ」
「ってことで着いたら起こしてね」
聞いちゃいない。
こいつは人を乗り物と思っている節があるな……。
「この借りはいずれ返して貰うからな」
俺は既に寝息を立て始めているクロエに無意味を承知でそう告げると、元来た道を引き返し始めた。




