魔術の才能
洞窟の前で、唸り続ける……
既にかなりの時間を、無為に費やしている。
覚悟を決めて、一歩踏み出そうとして、その度に目に見えぬ圧力に屈して、踏み止まる。
恐らく洞窟の中では、既に混沌が目覚め、状況が予想の斜め下に推移しているだろう……
理屈ではない、直感だ。危機回避能力による警鐘は、決して無視すべきではない。
「よし、もう少し様子を見よう」
問題は棚に上げるためにある。未来の誰かにキラーパス。
それで割を食うのは、大抵自分だが……目先の恐怖には抗えない。
即座に切り替えて、何をして時間を潰すか考え始める。
そう言えば物を作る魔術の練習、最近やってなかったな……
とある理由から、やる気がほぼゼロだった訳だが。
特にやる事もないし、出来て損はないから久々にやるか。
やる気を失った理由を思い返しながら、俺は練習に取り掛かる。
泉でタオルと着替えが欲しいとボヤいて、即座に解決策が提示されたあの後。
その場でやり方を教わり、説明もそこそこに、物を創る魔術とやらを試そうとした。とても愚かな事に。
魔術的素養がない。器が小さく、それ故に魔力も少ない。
俺が訓練という名の、苦行を課せられていた理由だ。
そんな人間が、覚えたての魔術をまともに使えるはずもなく、無駄に魔力を消耗し、力尽きた。
リシアに話を最後まで聞かないからと怒られ、魔力が増えるまで魔術使用禁止令を出されたのも、苦い思い出である。
因みに化身状態なら、魔力増えるし出来ないかと聞いたら、自分の魔力でない上に膨大な魔力の制御は、レストには無理と切って捨てられた。哀しみ。
それから一週間程経ち、禁止令が解かれたのでリシア指導の下、物を創る魔術を行使する。
やり方自体は単純で、頭に思い描いた物がそのまま、魔力で再現される。
どこまでが簡単な物の範疇なんだろうなぁ。
服は難しいかもと考えながら、取りあえずタオルくらいならいいだろうと、念じる。
厳密には違うが、無から有が出来るような光景に、自然とテンションが上がる! が、出来上がったものを見て、株価の如く急落した。
ゴワゴワの厚紙としか形容出来ない何かが、そこにあった。俺にはコレをタオルと言い張る勇気はない。
「………………」
「レスト。これは、なに……?」
「ちょっとよくわかんないですね……」
「えっと……創りたい物を、正確に思い浮かべることが秘訣って、父さんが言ってた」
助言に従い、数度のチャレンジを経て、俺はあっさりとこの魔術の真理に到達した。
これセンスが物言うやつ……!!!!
世の中には折り紙だけで、ドラゴンを折れる人もいれば、鶴さえ満足に折れない人もいる。
きっとこれは、そういう類の代物なのだ。
要才能、要努力。少なくとも前者は、例によって見当たらない模様。
一瞬、物作りチートで便利生活! なんて、浮かれた俺は、瞬時に現実に打ちのめされた。
それでも頑張って謎の物体Xを、ひたすら量産し続けた。
タオルと言うより雑巾と言った趣の、手触りの悪い布切れを手に、ポツリと呟く。
「何かに期待すると、大抵酷いオチがつくんだよなぁ……」
本日の最高傑作がコレである。
周囲には薪の火付けくらいにしか、使い道のなさそうな物が散乱している。
最も二人が火を吐ける上に、親父さんのそれは生木を一瞬で炭に出来る程強力な為、どう足掻いても使用用途はないんだが。
因みに火を吐くというのは、原理的に物を創る魔術と同じらしい。
体内の死体袋からの可燃性ガスを〜、とかでなくて安心した……ファンタジー万歳。
「最初は誰でもこんなもの。練習、付き合うから一緒に頑張ろ?」
そのまま膝を抱えて落ち込む俺に、そっと寄り添う一匹の子狼。
不出来な生徒に対して、文句も言わず慈しみに溢れる行動……やはりこれは惚れても許されると思う。
しかしまともな物が出来るのは、いつになるやら……
そんな事を考えながら、リシアを撫でてしばらく過ごした。
なお、リシアにどんな物か説明して、タオルも服も作って貰えばいい事に気づいたのは、翌日の事である。
「まぁ単純に魔術を使ってみたかったってのも、勿論あるんだろうけど……」
雑巾寄りのタオルを畳みながら、自己分析する。
何故自分で創る事に拘ったのか……それは他者を頼ると言う発想が、根本的に存在しないという精神性に因るものだろう。
まぁやり方を教わってる時点で、十分頼ってるけれども。
恒久的に頼り続ける事になるよりも、一度教わってしまえば以後頼らずに済むから……って辺りかね。
「完全に無理な事なら平気で丸投げするけど、ギリギリ可能な範囲なら非効率でも自力でやるよなぁ」
人間嫌いあるあるではなかろうか。しかしまさか、話せるし賢いとはいえ、動物相手にまで適用されるとは……散々世話になってる身としては、もう少し信頼すべきだと思う。
……職場の人間を相手にするよりは、あらゆる意味で気楽だし、時間が解決してくれるかね。
「しかし職場で思い出したが、もう随分仕事やゲームをしてないんだなぁ……」
ホームシックでは無いが、流れで思い出して懐かしんでいると、
「それは、レストが昔住んでた場所の話? 良ければ、聞かせてほしい」
「あー、うん。説明が難しい事も多いだろうから、そのうちゆっくり話すよ」
…………ん?
「うおぉお!?!」
思考に耽っていたせいで、全く気付かなかったがいつの間にかリシアがいた。
興味深そうな瞳で、こちらを見上げている。
「いきなり現れて驚かすんじゃない」
「レストがぼんやりしてただけ」
そう言われると、返す言葉もないが。
「今起きたとこか?」
「少し前に。さっきまでは、父さんを叩き起こして、お説教してた」
やはり直感に従って正解だったか……語調から案の定一悶着あったのが察せられる。
「親父さん……じゃなくて、えーっと……リベルスさんはどんな感じだ?」
「流石に反省してる。誤解も解いておいたから、いきなり襲われることはないと思う」
何の過失も無いのに襲われてたまるか。確実に死ねるわ! と言うかだ。
「お仕置きの後、気持ちよさそうに寝てた君も、勿論、反省、してるんだよね?」
笑顔にありったけの怒気を込めて言う。
するとリシアは若干怯えた感じに、
「し、してる。だからあれはもう、許して……」
涙目で頭を庇いながら震える子狼。……少しやり過ぎた気がしなくも無い。
「反省してるならもういいよ……ただリベルスさん相手にああいうのは、もう無しで」
「分かってる、ちゃんと認めてもらわないとだし」
ふんす! という感じに、やる気に満ちているリシア。
何を認めさせる気なんですかね……
「そうだ、父さんから大事な話があるから、レストを呼んでこいって、言われてたんだった」
「え、なんだろう……いや、本来話さなきゃいけないことは、沢山あるはずなんだが」
昨日の今日だからなぁ……まぁリシアに叱られたみたいだし、一人じゃ無いなら平気……か?
などという儚い希望は、非情な現実により一蹴される為にある。
「二人で話したいって言ってたから、私はここで待ってる。……もし襲われそうになったら、大きな声を出してね?」
「マジかよ……」
寝てないせいで、物凄く眠いがそれどころじゃないね……
問題なく終わることは、まずあり得ないだろうと確信しつつ、俺は重い足取りで洞窟の奥へ進む。