エンゲージ
宿で商品を扱う馬車がどれかを聞き、たどりついた俺たち。
しかしここで、ある重大な問題が発覚した。
「これ、どう見ても開いてないんじゃない?」
「っぽいな……食堂が使えたから失念してたが、考えてみればちゃんとした滞在地でもないのに開けてる訳ないわな」
俺たちが来るまでこのキャラバンには身内しかいなかったのだ。当然客など入るはずがない。
「私たちが来たのは偶然だし、仕方ない」
「全く、閉めてるなら教えて欲しかったわね」
それは少し思ったが、まぁ場所しか尋ねなかったこちらにも落ち度があるしな……。
さてどうしようと考えていると、件の馬車の幌が開き、厳つい面構えの男が顔を覗かせる。
「女将が言ってたのは君らのことだね。何か入り用なんだろ? ささっ! 中に入った入った!」
どうやら彼がこの馬車の主にして店主らしい。
「宿の人、ちゃんと手を打ってくれてたらしいな」
「思ったよりは気が利くわね」
「君は要所でお嬢様感を出してくるね……」
クロエの高慢ムーブに呆れつつ、見た目に反して気さくな感じの店主に招かれて中に入る。
するとそこには床や壁のみならず、天井にまで商品とおぼしきものが詰め込まれていた。
「なんか店ってより物置って感じね」
「おい失礼だろ」
「わりぃな嬢ちゃん。今は開けてないせいでちっとごちゃごちゃしてるんだ。ってのがこの馬車には仕掛けがあってな」
店主はクロエの物言いを特に気にした様子もなく事情を説明してくれる。
それによると、この開けてないというのは単に営業をしていないというだけの意味ではなく、本来であればこの馬車は運送用の大型トラックのように左右を展開して商品を陳列するらしいのだ。さしずめ移動販売車といったところだろう。
「まぁそんな訳だから手狭なのは勘弁してくれ」
「いえ、無理を言ってる立場なのにすいません」
俺はそう断ってからとりあえず頼まれていたもの──飴のようなものと馬車に差す潤滑油をチョイスした──を確保すると、薬草やポーション的な物が並んだ棚に目をやる。
「さて、何の知識も無いんだが、一体どれを選べばいいんだこれ……」
そこには値段も効果も使い方も様々な品が置かれており、正直ユーザビリティが大変よろしくない……。
「レスト、必要な物は大体里で貰ったんじゃないの?」
リシアが店内を物珍しそうな顔で眺めながら聞いてくる。
「それなんだが、実は食料以外の物は最低限しか貰ってないんだよね」
なおこれは別にイブキさんがケチとか言う話ではない……と思う。
イブキさん曰く、里は基本平和な上に金狐族は魔術での治療が可能なので、外傷に有効な薬等はほとんど使わないとのこと。
代わりに道中で手に入れるための軍資金は貰っている。
もっともこの件に関してはコトノハがついてきたので概ね解決したと言えなくもない。が、
「今みたく当のコトノハがダウンしたときに困るからなぁ……」
ちなみに治療魔術は人化よりはマシ程度に高度な代物らしく、俺とクロエは言うまでないがリシアにも使えない。
まぁ白狼族に関しては一応、自身に対してリジェネ的なものが使えるらしいが、汎用性と速効性が無さすぎるので当てには出来ない。
「イロハがもう少し役に立てば良かったのに」
「イロハは……うん、便利は便利なんだが、どこまでいっても便利の域を出ないんだよなぁ」
ナノエフェクトによる治療自体はイロハの時代だと既に確立された技術だが、応対用機械であるイロハには到底扱えるものではないらしい。
これは単純に容量の問題もあるが、何より治療用ナノエフェクト自体が悪用を防ぐ目的で政府と医療機関以外には厳重に秘匿されていたらしく、どうにもならないと言っていた。
やろうと思えば過剰回復させることで組織を根こそぎ破壊したり出来るらしいのでさもありなんといった感じだが。
「薬ならこの辺がお勧めだよ」
どれにするか決めかねていた俺に店主がいくつかの品を薦めてくる。
その中の一つが俺の目に留まる。
「あ、これ懐かしいな……リシア、覚えてる? ほら森でリシアが見つけてきてくれたやつ」
そう言って俺が手に取ったのはリシアとの初対面時に傷口に押し付けられた思い出の薬草だ。
あの日からそれなりに経つし、暗くて見にくかったので確証は無いが多分合ってると思う。
「覚えてるけど、その草だったかはわからない」
「え、それはどういう……?」
まさか適当な雑草だったとか言わないよね??
いやしかし効果はあったから流石にそれはないか。
「察するに嬢ちゃん、さては魔力含有率が高い草を選んだだけだな?」
「うん」
「ちょっと!?」
「いや兄ちゃん、薬草ってのは余程辺鄙な場所で生えてない限りは魔力を豊富に含んでるものでな。識別の方法としては一番信頼出来るやり方なのさ」
「薬草以外は魔力を含んだりしないんですか?」
ただの草や毒草である可能性はないのだろうかと思ったのだが。
「それが不思議なもんでな。魔力を含むのは薬草だけなのさ。誰かが手を加えでもしない限りこれは絶対だ」
そう諭すように言われる。どうもこれは常識の範疇のようだ。
にしてもあまりに都合が良すぎるような……まぁいいけど。
「なるほど……じゃあ別に専門的な知識はいらないのか」
「まぁ俺らにとってはそうだな。魔力を認識出来ない場合はそうもいかんが」
「あ、それも魔力視ってやつか」
ってかこの口振りだともしかしなくても……。
「魔力視の使えないやつは大変らしいからな。知り合いの人間がぼやいてたよ。覚えることが多すぎるってな」
「魔力視って、人間には全く扱えないものだったり……?」
「うーん……高名な魔術師なら使えるって話だが、会ったことがないから真偽はわかんねぇな」
「……」
まぁナノエフェクトに頼れば多分いけるだろ……。
俺が早々に自力習得を諦め、後ろ向きな決意を固めていると、
「レストなら問題なく使えると思う」
リシアが確信を込めた目でそんなことを言う。
「リシア……いやそう言ってくれるのは嬉しいが、俺には絶望的にセンスが──」
「うん、それは知ってる」
「あ、ですよね……」
事実だけど即答されると少し悲しい。
まぁナノエフェクトと工夫で補ってるから、うん……。
そんな風に自身を鼓舞していると、
「けどレストは、ただの人間じゃないよね?」
「!!」
そうか、よく考えたら今の俺は半分くらい獣になってるんだった。
なら普通よりは楽に扱えるようになれる可能性は高い、か。
「ちなみにだが、魔力の多寡が効能に直結するから、同じ草や薬でも値段が一桁違ったりするぜ」
「そこまで余裕がある訳ではないのであまりお高いのは……」
「ならこの辺が手頃かな」
そうして勧められたものを幾つか買う。
これで薬の方は何とかなった。
「後は何か必要なもの……必要なもの……」
「ちょいと聞くが、兄ちゃんたちはどこを目指してるんだ?」
「緋竜の山です」
「そいつはまた難儀な……」
え、そんな過酷な感じなの? 距離自体はそこまででもないと聞いていたのだけど。
「あの辺の魔獣は手強いのが多いからなぁ。それに今の時期だと結構冷える。何か羽織るものの一つは持った方がいいな」
「ふむ……まぁそれは最悪リシアに適当に作ってもらえばいいかなぁ」
俺がそう呟くと店主は難しい顔をして、
「いや、それはやめといた方がいいな。あっちの方には割といるんだよ……魔術を消しちまう魔獣が、な」
そんな恐ろしい情報を寄越してきた。
「寒い山の中で身ぐるみ剥がされちゃたまんねぇからな。そうなったら戦闘にも集中出来ないだろうし、悪いことは言わないから着るものは魔術で代用しない方がいいぜ」
「そうします……」
教えに従い適当に暖かそうなものを買い、そろそろ出ようかと思ったら、クロエにいきなり手を引かれる。
「ちょっとこの指輪見てよ! 可愛いと思わない? それに僅かにだけど魔術を強化してくれるみたい!」
「そんなものもあるのか……って、結構するなぁ!」
「さっき買ったものを全部合わせても、これ一つの方が高い」
クロエが興味津々のその指輪は、小さな宝石らしきものがワンポイントであしらわれた可愛らしい代物だったのだが、その見た目に反して値段は可愛げの欠片もなかった。桁を間違っていることを疑いたくなるほどに。
まぁ所謂マジックアイテム的なものだから、値が張るのは仕方ないのだろうけど。
「ねぇレストぉ……」
クロエが甘えたような声を出す。これがほんとの猫なで声か……。
この流れで次にくるセリフなんて一つしかない。それを見越して俺はキッパリと告げる。
「よし、買うか」
「え、本当に……?!」
「思い切りねだろうとしてたくせに何を驚いてんだおまえは」
「いやアンタは絶対渋ると思ったし」
「何を根拠に──」
「記憶」
「……」
「レストは必要と思ったものには惜しまないから、この指輪もきっと、そうなんじゃない?」
「まぁそういうことだな」
「うーん……」
まだ納得がいかないのか唸るクロエを放置して店主に声をかける。
「すいません、これ三つお願いします」
「「!?」」
「……兄ちゃん太っ腹だなぁ」
「アンタ、里で貰った路銀、ほとんど無くなるんじゃないの……?」
「まぁ大半は吹っ飛ぶな」
「流石に三つも買うとは思わなかった」
予想通りではあるがメチャクチャ驚かれてるな。しかしこれにはちゃんとした理由がいくつもある。
「ヤバい魔獣が出たときのためにも少しでも強化しといた方がいいだろ? ほら、二人とも手を出せ」
俺は表向きの理由を早口で告げると、二人の手を取り左手の薬指に指輪をはめた。
「ん、似合ってるぞ」
そう言うと二人ともはにかんだような笑みをこちらに向けてくる。
うん、これだけでも出費の甲斐はあったな。
「そういうことか。いやー見せつけてくれるねぇ……」
「そういうことって?」
店主の呟きにクロエが反応する。
「そりゃあれだ──」
「よし買うもの買ったし、コトノハも待ってるから早く帰るぞ!!」
「あ、ちょっと急に引っ張らないでよ!」
「レスト、いつになく強引……」
指輪を贈るという行為の意味をバラされると恥ずかしいので、店主の返答を遮るように二人を連れて店を後にする。
しかしあの反応から察するに、やはりこちらでも似たような文化があるらしい。となれば遠からずバレることになるとは思うけど、まぁそうなったならその時に考えよう……。




