ある種の必然
「ご歓談中のところ申し訳無いが、少々よろしいかな?」
俺がリシア達のやり取りや周囲のまなざしを意識的にシャットアウトして無心で食事をとっていると、そう声をかけられる。
顔をあげると、そこには身なりと恰幅のいい紳士然とした男が立っていた。
果たしてこの騒ぎを歓談と言っていいのかと思ったが、すぐにそれが皮肉である可能性に気付く。
「す、すいません。早急に食べあげて出ますんで!」
俺は途中から我関せずといった感じで食事に集中していた訳だが、同席である時点で連帯責任は避けられないと思い、すぐさま謝罪を入れる。
「勘違いさせてしまったようですまない。別に静かにしろと催促にきた訳ではないから、ゆっくりしてくれて構わんよ」
どうやらクレームの類いではなかったらしい。
「はぁ……ではどういう用向きで?」
「それはだね──」
「それより先に伝えることがあると思うんだけど?」
珍しくコトノハが咎めるような物言いをする。
「おっとこれは失礼。私はこのキャラバンを任されているホルストと申します。以後お見知りおきを」
ホルストと名乗った男はそう言って深く頭を下げてくる。
キャラバンを任されているって……それ要するに、ここで一番偉い人ってことでは?
「何を考えているかはお察ししますが、堅くならずとも結構ですよ。かくいう私もそういうのは苦手なもので」
どうやら見た目に反してフランクな気質らしく、苦笑しながらそんなことを言ってくる。
ってそれよりこちらも自己紹介せねば。
「えっと、自分は──」
「あぁ、それは既に宿の者から聞き及んでいるよ、──レスト君、だね?」
「あなたは本当にそういうとこが……まぁいいけど」
コトノハが小声で文句を言っていたが、個人的には話が早い方が助かるので特に言及しない。
「それで話をする前に一つ確認して置きたいのだが──」
そこで一度言葉を切り、コトノハを一瞥してから、
「君は人間であるにも関わらず、そこのお嬢さん方や我々の正体について聞き及んでいる、という認識で相違ないかな?」
「!?」
確か灰狸族は詮索してこないとか聞いた気がするんだけどなぁ……?
そう思ってコトノハを見ると、彼女自身も目を丸くしていたのでどうやらこれは想定外の事態らしい。
「不躾で申し訳無いが、こちらにも差し迫った事情があってね……出来れば正直に答えて貰いたい」
出来れば、か。これは……恐らく試されているな。今までのやり取りを見ていたなら、こんなことはわざわざ聞くまでもないことだろう。
にも関わらずわざわざ尋ねてきたということは、下手に誤魔化したりせず真摯に対応出来るかどうかで、俺の人間性を量ることこそが目的だと思われる。
「えぇ、自分は人間ですが、彼女達や貴殿方の事情を知っています」
どうせバレているだろうし、迂闊な返答をすれば俺はもとより金狐族の立場まで悪くなる恐れがある。ならばここは素直に認めておくのが正解だろう。
「なるほど、結構。では後程、私の部屋に来て頂けますかな? 詳しい話はそのときに」
それだけ言うとホルストさんは一瞬で立ち去ってしまった。
早い……部屋の場所を教えて貰ってないんだが。
まぁその辺で聞けばすぐわかるだろうけど……。
「後で迎えがくると思うから心配いらないわよ」
こちらの表情から察したのか、コトノハが補足してくれる。
というかだ。
「さっきから気になってたんだが、知り合い……?」
「まぁそんなとこかしら」
「アンタの言葉の端々にトゲがあったのが引っ掛かるんだけど……」
それは俺も思った。かなりストレートな悪意を感じたよね。
「あの人、言葉遣いこそ丁寧だけど……気が利かないし無神経で有り体に言って、いい性格してるのよね……」
露骨に好ましく思ってないことが窺えるな……。言い分からは若干同族嫌悪の臭いもするが。
しかしそうか、種族間の仲が良好だからといって個人間の仲まで良好であるとは限らないよなぁ。
「コトノハがそこまで言うのは、結構珍しい」
「そう言えばリシアちゃんも会ったこと無かったわね。まぁ悪いやつではないのよ? いいやつでもないけど、ね」
差し詰め関わりたくない相手といったところだろうか。
まぁたった今、ガッツリ関わってしまった上に、面倒な事を頼まれる未来しか見えないのだけど……。
『じゃあ私はこの辺で……』
「待てこら」
どうやら俺と同じ結論に達したらしいイロハを捕まえると、俺たちは残りを食べあげて食堂を後にした。
部屋でしばらく寛いでいるとコトノハの予想通り、迎えの者が現れた。その案内に従って、キャラバンの中央に鎮座する巨大馬車の中にある一室へ通される。
「やぁレスト君。まずは来てくれたこと、感謝するよ」
ホルストさんはそう言って、ソファに座るように促してきた。
そちらを見れば俺とそもそも呼ばれていないイロハ以外、既に揃っているようだ。
しかし豪華な部屋だ。とても馬車の中とは思えない。
「こちらの都合で呼び立ててしまってすまないね」
「いえ、それは構いませんが……」
そんなことより用件は一体何なのだろうか。
「あぁそうだ。今から話す内容なのだが……限られた者にしか聞かせていない。故に口外しないように頼むよ」
「わかりました」
そんな話を何故、部外者の俺に……と思ったが、まぁそれも今から解るか。
「さて、どこから話したものか……」
「面倒がらずに最初から話なさいよ」
「ハハハ、確かにそうですな。しかし金狐族のお嬢さん、貴女とは初対面だと思っていたのですが、以前どこかでお会いしましたかな?」
うん、そんだけ当たりが強いとそらそうなるよね。というか、こいつまさか……。
「は? 貴方何言って──」
コトノハはそこまで言いかけたところで、何かに気付いたような素振りを見せる。
そんな様子を見て、あることを確信した俺は秘匿通信でうっかり狐に問いかける。
「コトノハ……まさかと思うが、おまえ正体を偽ってること……」
「ちゃ、ちゃんと思い出したから大丈夫!!」
やっぱり忘れてたのかよ!
相変わらず抜けている……。
「バレても知らんからなおまえ……」
乾いた笑いを浮かべるコトノハ。
それを見て何を思ったのかは知れないが、
「その魔術を解いてくれれば話は早いのですが……そちらにも事情がおありでしょうし、何も言いますまい」
ホルストさんは特に追求はしてこなかった。
「それで用件ってのは、このキャラバンがこんな何もない場所に留まってる理由に関係することな訳?」
遅々として進まない会話に痺れを切らしたのか、クロエがいきなり切り込んだ。
「その通りです、黒猫族のお嬢さん」
「あ、やっぱりバレてるのね」
「これでも灰狸族の端くれですからな。もう一人のお嬢さんが白狼族であることも把握しておりますよ」
「私達が、どうやって人化してるのかも?」
「同行者である人間との秘儀によるもの、ですかな。消去法で得た答えなので確信はありませんが……しかしこれが間違いでないなら驚きですな」
「……そんなに希少なんですか?」
珍しいものを見たとでも言いたげな口振りが気になったので聞いてみる。
「少なくともここ百年では聞きませんな。我々や金狐族はともかく、他の種族は人間との関わりを失って久しいので」
「そうなんですね……」
「まぁそんな貴方だからこそ、この話を持ち掛けようと思ったのですが」
いよいよ話が本題に移るらしい。
と、その時。
「ダメですって! もし貴女に万が一があったら種族間の問題になりかねないんですよ!!?」
「じゃあウチが独断でやったってことでええから……」
「そんな子供染みた言い訳が通るはずないでしょ!?」
「パッと行ってズバっと倒してくるから、な?」
「な? じゃないんですよ! とにかくダメですからね!」
「部外者に丸投げとか良くないと思うんやけどなぁ」
「それは私もそう思います。が、貴女が矢面に立つ理由にはなりませんよね??」
外から何やら言い争う声──察するに貴族とその付き人のような間柄だろうか──が聞こえてきた。
するとホルストさんは重いため息を一つ吐くと、
「少々、御待ちいただけますかな……?」
そう言って部屋から出て行ってしまった。
『やっと事情が聞けると思ったらこれですか……』
「ほんとそれ」
何なの? 尺稼ぎなの?
「っとそうだ。コトノハ、そんな調子じゃいつかバレ……コトノハ?」
コトノハの様子が何やらおかしい。
顔面蒼白で動悸が激しく、天敵を前にした小動物といった風だ。
「ちょっとアンタ、大丈夫? 茶菓子に毒でも入ってた?」
「クロエ、それだと私たちもこうなってる……。冗談はともかく、原因はさっき外から聞こえてきた声、だよ」
「なるほど、把握した」
どうやらさっき用いた比喩は単なる事実だったらしい。
「え、どゆこと?」
「つまり──」
俺がクロエの疑問に答えようとした矢先、ドアが開かれると件の声の主が現れて、
「そちらさんが秘儀を使ったいうお人? にしてはあんまり強そうには見えんけどなぁ……」
開口一番、そんな失礼極まる発言を俺に向けて放ってきた。




