抗えぬ定め、逃れ得ぬ宿業
静謐な空気に包まれた早朝の森を、ゆっくりと進む。
行くあてがある訳でもなく、いつかのように彷徨い歩く。
何故そんな真似をしているか……それはあの洞窟が、既に安住の地ではないからだ。
特に記録なども取ってないので大体になるが、訓練を始めて既に一月程度経過している。
魔力は緩やかにだが順調に増えて、親父さんとも問題なく話せるとのお墨付きをリシアから頂いた。
努力が報われた! これで頭痛とおさらばだ! もう何の憂いもない! そう、無邪気に喜んだ。
……今にして思えば、完全に死亡フラグのそれである。
リシアを抱いて、洞窟で寛いでいた親父さんに、魔力の件の報告と、様々な感謝を伝えた。
すると親父さんは一つ頷いてから、静かに体を起こし、厳かにこう宣った。
「娘はやらん!!!!!!」
開口一番コレである。
フリーズする俺とリシア。
確かに全くの想定外ではない。が、このタイミングで、もっと他に言う事は無かったんかと。
とりあえず落ち着いて貰おうと、俺が口を開きかけたところで、リシアが再起動した。
──そして噴火寸前の火口に、反応弾を叩き込む。
「私とレストは、既に契りを済ませた。父さんが認めなくとも、この事実は揺らがない」
俺に抱かれたままで、なんつーことを言い放つんだ……。
……この後の展開なんて、どんな鈍い奴でも予想可能だろう。
リシアとしては秘儀の事を言ったつもりなのだと思う。他に全く心当たりなんて無いしね?
ただ親父さんは、秘儀を当然知っている(毎日化身して訓練してたし)とは言え、冷静には程遠く、状況と言い方が絶望的に不味かった。
「貴様……既に娘に手を出していたのか………!!!」
まぁそうなるな。
冤罪による獣姦犯誕生の瞬間である。闇が深すぎる。
何だこの手垢の付いた展開。と、一周回って冷静になった俺は、事態の沈静化を図るべく口を開く。
結果的に言うと、これも悪手でしか無かったが。
「親父さん違うん──」
「貴様にそんな呼ばれ方をされる覚えはない!!」
俺の発言は狼の咆哮によってかき消された。
テンプレのバーゲンセールかな?
脳内でずっとそう呼んでたから、咄嗟に出てしまった訳だが……最早事態の収拾は不可能なんじゃなかろうか。
臨戦態勢に移行しだした巨大狼を前に、立ち尽くすしかない俺。
割と本気で、このまま親父さんとのバトルフェイズに突入する事を覚悟したが、そうはならなかった。
リシアのこの一言によって。
「どうあっても反対するなら、父さんとはここでお別れだから」
「なっ!!! ガッ! グルゥゥ……」
ズウウゥゥンという、凄まじい音と振動を起こして、親父さんは地に伏せた。
ピクリとも動かない……恐る恐る近寄ってみると、見事に気絶している。
どんだけショックだったんだ……娘を溺愛し過ぎだろう。
しかしどうしてこうなった。俺はただ、会話出来るようになった事を、普通に喜んで欲しかっただけなのに!
心の中で慟哭し、俺がもう少し思慮深ければ、この悪夢は避けられたのかと苦悩していると、リシアから謝られた。
「ゴメンね、レスト……」
確かにアレは控えめに言っても酷過ぎたが、リシアに悪気は無かっただろう。気にしないよう伝えようと思ったが、次の瞬間その必要は消え失せた。
ついでにこの悪夢は、どう足掻いても、回避出来なかった事も分かった。
「敢えて、誤解させる言い方して」
「あれ、わざとかよ……!!!」
悪気しか無かった。考えてみれば契りなんて言い方、今まで一度も使ってない!
ちょっとこの展開は予想出来なかったかなぁ!
どうすんだよこれ……起きた時なんて説明しよう……。
パスへの負荷による頭痛が治った瞬間、精神への負荷によって偏頭痛を患う羽目になるとか、ちょっと酷すぎませんかね?
俺が天を仰いでいると、明後日の方向を向きながら、リシアが言い訳をする。
「一方的にあんなこと言う、父さんが悪い……」
「いやまぁかなり残念な感じだったけども……!」
厳格で何事にも動じない感じのイメージは、木っ端微塵に粉砕されたわな。
いや謎の百面相で、既に残念な片鱗は見えてたのか……あれも結局何だったのか聞いてみたかったが、これでは普通の会話すら望むべくもない。
いっそ話せるようになるべきじゃ無かったとさえ思い始める始末。
とりあえずこの犬っころには、軽くお灸を据えよう。
二度と過ちを繰り返さぬように、そんな祈りを込めながら頭頂部を抉るように、指を立てた拳を押し当てる。
「レスト、痛い。とても反省している、ので、許して欲しい……!」
「絵面が動物虐待じみてて、お仕置きしてる俺も辛いんだから我慢しろ!」
しばらく続けてから解放すると、頭を抑えて呻いたまま、リシアは動かなくなった。
やり過ぎたかと、慌てて駆け寄ると、そこにはスヤスヤと寝息を立てるリシアの姿が!
……………こいつ、中々いい性格をしているらしい。こんな事態を引き起こしておいて、呑気に眠りやがるとは。
今日は二人のいつもと違った面を沢山見れたと思う。悲しいことに、まるで喜びはないが。
結局俺は眠ることも出来ず、延々悩んだ末に朝を迎え、気分転換と現実逃避のための散歩を始めた訳だ。
迂闊に洞窟内で寝て、先に親父さんが起きた場合、割と真剣に命が危ない可能性。
そろそろ二人は起きただろうか……どの道俺は、親父さんに依存した生活を送っているので、森で一人生きて行くことなど不可能だ。結界も張れないし、狩りなど不可能だろう。
つまり、遠からず地獄に戻る羽目になる……鬱だ。限りなく奇跡に近いことは理解しているが、帰ったら戦後処理フェイズに移行してるといいなぁと、白昼夢のような妄想をしながら、俺は洞窟に足を向けた。
一度自分で書いてみたかった、ありがちなネタ。
これが面白いかはさて置き、茶番は一瞬で書ける。