降って湧いた疑念
キャラバンへと足を踏み入れた俺たちは、コトノハの顔パスならぬ尻尾パスのお陰ですぐに宿にありつけた。
本来であれば立ち入るのに身元確認が必要とのこと。それを金狐族というだけで免除される程度には種族間の仲は良好らしい。
今、俺がいるのは旅人等と同行するときに使われる寝台用の馬車のうちの一室(一台?)だ。てっきり建物の方が宿かと思っていたのだが、そちらは浴場と聞いて驚いた。まさかそんなものまであるとは……。
それはともかく、ようやく安全な場所で人心地つける訳だが……先ほど、そうも言ってられない由々しき事態が発生した。
コトノハの事情を聞くため、イロハを除く全員が室内に集まったのを確認すると、俺は威圧的な雰囲気を一切隠すことなく、
「事情より先に問い質さなければならないことがある」
コトノハに向かって、そう言い放った。
一瞬、静まり返る室内。
「さっきまで普通だったのに唐突にキレてる!?」
この状況に慌てふためくコトノハに対して、
「コトノハ、ちゃんと謝った方がいい」
「アンタも懲りないわねぇ……」
リシアとクロエは酷くそっけなく応じる。
「全く心当たりがないのに有罪扱いされてる!? 二人とも信じて! コトノハは無実なの冤罪なの陰謀なの!」
「早く罪を認めた方が、刑は軽くなるよ?」
騒ぎ立てるコトノハとは対照的に、リシアはとても落ち着いた様子で、淡々と事実を告げるように言う。
日頃の行いが如実に反映されたやり取りである。
「ほんとに何もしてないから!」
「……そこまで言うなら、一応信じる」
「それでも一応なのね……。ねぇリシアちゃん、レストさんと一番長くいるあなたなら、コトノハがどこで地雷を踏んだのかわからない?」
「いくら私が、暇さえあればレストの記憶を眺めてるといっても、何でも知ってる訳じゃない」
「そうそう、あれ暇潰しに便利なのよね」
……。
「なにそれ初耳なんだけど! どんな魔術よ!? 私にもやり方教えて!!」
おいこら本題忘れてんぞ。と言うか当人を目の前にしてなんて会話してんだ。
「秘儀を使ったことによる副産物だから、私とクロエ以外には無理だと思う。諦めて」
リシアが若干の優越感に浸りながらそんなことを言う。
相変わらず妙な対抗意識持ってるよね君は……。
「くっ! 私もいっそ……って今はそれより何で私が怒られてるのかよ! はっ! もしかして部屋割りの件じゃないかしら!」
「なるほど。きっとレストは、一人一部屋でなく、私と一緒が良かったんだよね?」
違うんだよなぁ……。
てか、いっその続きはなんだ。絶対やらんからな。
「いいえリシアちゃん、レストさんは全員一緒が良かったのよ! そしたら狭い室内で皆と合法的に夜を共に出来るから!!」
それも違う。大体狭い室内云々はともかく、リシアやクロエとは出会ってからずっと夜を共にしてたろうが。
「え、それが理由? んー、でもアタシはそんな窮屈なのはお断りだからごめんね?」
うん、何か俺が要求して断られたみたいになってますね。
不本意にもほどがある。
これは埒があかない。この調子では恐らく永久に答えにはたどりつくまい。そもそも俺は別に面倒な女みたく、怒ってる理由を当てろ等と言った覚えは無いのだが。
こうなっては取るべき手段はただ一つ。俺はこの無為なやり取りに終止符をうつべく、無言で腕を伸ばしコトノハの頭を鷲掴みにした。
「あの、レストさん? コトノハ、この体勢にはとても嫌な既視感を覚えるのだけど……?」
「気のせいだろ。それより今からする質問に速やかに応えろ」
「質問……えっと、エッチなのはイタタタ」
「……」
「やだぁレストさん、こんなにおっきくなってにゃぁぁぁ!!」
コトノハがキャラ崩壊しかねない叫び声をあげる。
そうだね、おっきくなっちゃったね。腕が。
生殺与奪を握られてる自覚とか、お持ちでない?
「この期に及んでまだ冗談を言えるそのメンタルは才能だと思うわ……」
「三度の飯より人をからかうのが好きと言って憚らないタイプだから」
リシアとクロエは完全に傍観モードに入ったらしい。寛ぎながら感想を述べるその様は、この件には一切干渉する意思がないという気持ちの表れだろう。
まぁ実際無関係なので放っておく。
「宿の女将は俺とコトノハ、次いでリシアとクロエを見てから、こう言ったな。「いらっしゃい! 男女二名づつね、部屋割りはどうする?」と」
「あー、それは──」
「素性が割れないように、魔術で認識改変なり錯覚を見せるなりして、誤魔化してるというのはわかってる」
俺もバカではない。コトノハに事情があることは前以て聞いていたので、何か対策を講じたであろうことくらいはすぐに察した。
要するに金狐族であることを明かすのは問題ないが、コトノハだとバレると不都合があるのだろう。
「え、じゃあ一体何が疑問なの……?」
「……どっちだ」
「?」
「おまえの性別は……一体どっちが正しいんだ?」
またしても静まり返る室内。一拍置いて、
「何か凄く失礼なこと言われてるんだけど!?」
コトノハがさっきの比でなく騒ぎ立てる。
「いやアンタ……里で会ったときからコトノハはこんな感じだし、そもそも父親に娘扱いされてたじゃない……」
クロエがもっともなことを言う。が、それは残念ながら何の証明にもならない。何故なら、
「何かの理由があって、娘ということにしていた恐れがある」
こういった可能性もあるからだ。
ずっと女と偽って過ごしてきた存在が自身の素性を隠す場合、元の性別に戻した方が見破られる確率は低い。
「た、確かにそれならわかんないけど……」
クロエが引き気味に納得する。
「無いわよ!! リシアちゃん! 現在進行形でお姉ちゃんの名誉が毀損されてるわ! 幼馴染みのあなたから、コトノハがちゃんと女だって説明してあげて!」
かつてないほど必死に言い募るコトノハ。
少し気の毒になってきたな……でもこれだけは絶対にはっきりさせておきたい。
と言うのもコトノハが万が一男であった場合、野郎相手にセクハラをしたという黒歴史が爆誕するのだ。悪夢にもほどがある。
正直言って真実を知るのは恐ろしい。が、だからといってうやむやにしたままでは気掛かり過ぎて、間違いなく精神が疲弊する。故にここで全てを明らかにするしかないのだ。
俺が神にも祈るような気持ちで待っていると、ついにリシアが口を開いた。
「幼馴染みといっても、頻繁にあってた訳じゃないし、ある程度成長してからは、コトノハ、いつも人化してたから……」
「嘘でしょ!?」
「え、コトノハ……アンタまさか……?」
「……そこまで言うなら証拠を見せるわよ!」
そう言って服に手をかけようとしたコトノハを俺は全力で止める。
「いや待て待て! 俺以外の二人に確認してもらえばそれでいいから!!」
「……それで信じてくれるなら」
良かった。正気に戻ってくれたか……。
ちょっとお約束的だったが、エロいことが目的で難癖つけてる訳じゃないからな。そら止めるよね。
「あれ? でもよく考えたら、人化してる状態じゃ脱いでも意味無かったんじゃない?」
「いいえクロエちゃん、人化はそこまで便利なものじゃないの。耳や尻尾が隠せる分、秘儀によるものよりは融通がきくけど、性別まで変えたりは出来ないのよ」
「ってことはさっき男だと認識されたのは……」
「穏形で誤魔化しただけ」
「じゃあ確認するね。レストは、後ろを向いてて」
「あ、はい」
指示に従い後ろを向くと、衣擦れの音を聞こえてくる。
これはこれでお約束の展開だなぁなどとぼんやり考えていると、ふと気付く。
……あれ? 人化を解いて確認すれば俺が見ても問題ないのでは? と。
まぁあまりにデリカシーが無さすぎるので言わないけど。
「レスト、もういいよ。人化以外の魔術は使ってなかったから、完全にシロだと思う」
「でもアンタ、何でコトノハの性別なんかがそんなに気になったの?」
「酷い言い草!」
「え、いやそれは、まぁ色々あるんだよ、色々」
「……なるほど、大体わかった」
「え……?」
リシアさん……? 一体何がわかったんですかね……?
「クロエ、「特殊性癖」で閲覧してみて」
「はいはい。……あー、なるほど。そういうことね」
「毎度のことながらプライバシーがない……!」
即座に理由が暴かれたんだが。検索エンジンみたいな扱いしやがる!
「え、何々? こんな辱しめを受けたんだから、コトノハにも知る権利があると思うんだけど」
「えっとね、レストは男の──」
「よしこの話は終わり! コトノハには今度何か埋め合わせるからそれで許してくれ!!」
活動報告にどうでもいい話や新キャラの扱いとかを書いときました。