やむにやまれぬ情報開示
クリスに俺達の置かれた状況をかいつまんで説明したところ、それはもう驚かれた。
まぁ俺自身の出自からしてかなり特殊な上、妹だと紹介されたのが実は狐で、さらに連れてる狼と猫も人の姿になれる等と言われれば無理からぬ事ではあるが。
先程自分の相棒が普通でないという事実に直面したばかりの人間に畳み掛けるようで心苦しいのだが、こうなっては仕方ない。
さて、何故俺が今、このタイミングで情報を開示したのか。それはひとえに彼らの身の安全の為だ。
クリスの性格上、レティシアが魔術を扱えることを触れ回るような真似はしないだろう。が、親しい人間になら打ち明けないとも限らない。
けどそれは相当にリスキーな行為だ。というのも、
「魔術を扱える獣の捕獲依頼を受けた冒険者に、遺物を収集する謎の組織ですか……」
こういった事情があるからだ。
まぁ後者のクリスに対する危険度に関しては未知数だが、前者は間違いなくレティシアも対象だろう。
受けた依頼内容や報酬次第では強引な手段に出ないとも限らない。伏せておくに越したことはないのだ。
「あぁ。だからもし、レティシアの特殊性が周囲に露見した場合、標的にされる恐れがある」
「出来ればそれは避けたいですね……」
「そんな訳だから、このことは誰にも話さない方がいい」
俺がそう言い含めると、クリスは少し考え込む素振りを見せる。
どうしたのだろうか。特に難しい注文ではないはずなのだが。
……もしや疑われている?
なるべく信用を得られるように明かせることは明かしたのだが、さりとて全てではないからなぁ。里のことは当然伏せたし。
当たり前の話だが、イブキさんの許可を取らずに俺の一存で里の秘密を語るわけにはいかない。
事情を話し始めたとき、一瞬だけコトノハの目が鋭くなったのを俺は見逃さなかった。
あれは話が里の秘密に及ぼうとしたなら、是が非でも止めるという意思の現れだと思う。そういうところはしっかりしているようで安心する。
そんな風に思考の海に沈んでいると、
「レストさん、提案があるんですが」
考えがまとまったのか、クリスがそんなことを言ってきた。
「ん? 提案?」
「僕が王都に向かっているというのは昨日話しましたよね」
「あぁ、そんな話もしたな」
そしてそれを聞いたから情報源にしようと画策した訳だが。
いやちゃんとギブアンドテイクな感じにするつもりだったけどね?
「実は王都のギルドに伝手があるんです」
「ふむ?」
「それを利用して依頼を出した人物と謎の組織について、調べてみようと思います」
……おや? これはもしかして、かなりいい流れなのでは?
まさか向こうから切り出してくれるとは。
嬉しい誤算だ。しかし同時に、無視出来ない懸念もある。
本来の予定では風聞を知る手段程度に考えていたので、ほぼ危険はないはずだった。しかし本格的に調べるというならそうもいかないだろう。
冒険者への依頼の件は、もしかすると金持ちの道楽だったりするかも知れないが、組織の方は間違いなくまともではない。
というリシアやクロエの過去の件もあり、俺は両者の関係性を疑っている。
「相応に危ない橋だと思うが……もし俺たちのためと言うなら──」
流石に昨日今日会ったばかりの人間を、こちらの事情に本格的に巻き込むのは気が引ける。相手が底抜けに善良であるならなおさらだ。
なので無理はしないよう忠告しようとしたのだが、
「確かにそういう側面もあります。けど、それだけじゃないです。レティシアの身にも関わるなら、決して他人事ではないですから」
こう返されては何も言えない。
「ふむ……」
「こんな僕を影ながらずっと支えてきてくれたレティシアを、万が一にも失う訳にはいかないので、出来る限りのことはするつもりです」
クリスは俺の目を真っ直ぐに見て、そう宣言する。
どうやら相棒のためというのもあって意思は堅いようだ。
まぁこちらとしては願ったりではあるし、止める権利もない。
ここはクリスの意思を尊重すべきだろう。
強力なボディガードもついてるしな……と、レティシアに目をやると、何やら感動で打ち震えていた。
うん……そっとしておこう。
「あ、それで提案というのはですね……定期的に情報交換をしたいので、可能であればレストさんの方から魔術で連絡を取ってもらえるとありがたいんですが」
僕は昨日訓練を始めたばかりだし、レティシアにも出来ないらしいので。と、クリスに頼まれる。
恐らくだが、ある程度一般に知れ渡る程度には、そういう手段が確立されてるのだろう。
口振りから察するに、相手から繋いで貰えさえすれば双方向の意思疏通が可能な魔術なのだと思われる。
まぁ残念ながらそんな芸当は出来ないのだけど……。
しかし問題はない。もっと便利な手段があるし。
「それならこれを渡しておくよ」
俺はそう言うと遺物を取り出し、クリスに手渡して使い方を説明する。
「これ、魔道具の中でもかなり貴重な物では……」
「まぁその辺は気にしなくて大丈夫だから」
ちゃんと許可は得たからな。それにまだ山ほどあったし……。
「うぅん……」
反応を見るに、どうやら普通に買おうと思えばとても高価な物らしく、受け取っていいのか悩んでいるようだ。
根が真面目だからなぁ……さてどうした物か。
俺がどう説得しようか悩んでいると、今まで静観していたコトノハが、
「ほんとに気にしなくていいのよ? 元々それ、クリスさんに渡すつもりだったんだから。ね? “お兄ちゃん”」
とても軽い口調でそんなことを言い出した。
一瞬、援護射撃かな? と思うも、事実を打ち明けた以上その必要は無いというのに、わざわざお兄ちゃん等と呼び、わかりやすく含み笑いを浮かべるコトノハを見た俺はそれが誤りであることをすぐさま悟る。
援護射撃? いいえ、フレンドリーファイアです。
「そうなんですか?」
コトノハの発言を受けて不思議そうな顔を浮かべるクリス。
と、これだけのやり取りでどこまで事情を察したのか、微妙に剣呑な雰囲気を滲ませるレティシア。
「コトノハさん! その話はちょっと……」
俺は慌てて止めに入ろうとするも、
「ねぇお兄ちゃん。確かに話せないことはまだあるけど、これは違うわよね? これから信頼を築こうという相手には、誠意ある行動を心掛けるべきなんじゃないかなぁ」
ぐうの音も出ない正論を突きつけられる。
「くっ! まさかコトノハに正論を吐かれようとは……」
「え、酷くない?」
酷くない。というか急に素に戻ったな……。
そこまで不本意だったのだろうか。
「確かに、酷い」
俺が何と返そうか思案していると、リシアが珍しくコトノハの肩を持つような発言をする。
それを聞いたコトノハは、我が意を得たりとばかりに調子づく。
「そうよね! そうよね! やっぱり持つべき者は妹ね! さぁもっとレストさんに──」
そこまで捲し立てたところで、追加の一言。
「コトノハの、日頃の行いが」
あわや四面楚歌かと思われたが、コトノハも背後から撃ち抜かれた。
IFF(敵味方識別装置)が欲しくなるな。まぁ本当にあってもどうせunknownだと思うけど……。
「うわーん! リシアちゃんなんてもう知らない! 姉妹の縁も切ってやるんだからぁ!」
「そもそも切る縁が無い……」
「アンタたちも大概仲いいわねぇ」
うん、完全にいつもの調子だな。というか他所でやってくれませんかね……。
今、割と真面目な話してるんだけど。
「賑やかでいいですねぇ」
「これを見てそんな感想を抱くのか……」
どうもクリスは天然が入ってる気がする。
しかし追求の手から逃れられたのでリシアに助けられたな、と思ったのだが……残念ながら、そう都合よくはいかなかった。
「それで、誠意がどうのとは?」
レティシアに睨まれる。
うん、これはもう誤魔化しようがないな。
実際コトノハの言い分ももっともなので、おとなしく白状すると、
「なんだそんなことだったんですか」
あっさりと許された。レティシアは微妙に不満そうにしていたが、当のクリスがこの通りなので、「クリスが気にしてないならそれで構いませんわ」とのこと。
これクリスの返答次第では最悪、命の危機だったのでは?
それから少しのやり取りを経て、
「では僕達はそろそろ王都へ向かいます。本当はもう少しご一緒したかったんですが……」
「まぁ進行方向が真逆じゃ仕方ないさ」
レティシアと会話が可能なら魔術の手解きはもう不要だろうし、さっきのやり取りを見るにリシアとクロエもある程度回復したらしいので、ここにとどまる理由がない。なのでお互い出立することとなった。
「レストさん達は緋竜の山を目指してるんですよね」
「あぁ」
「この森を抜けて少し進んだ辺りにラクーンキャラバンがいるはずです」
キャラバン。つまり隊商か。
行商で各地をまわっているなら、遺跡のことも聞けるかも知れない。
「それって……」
コトノハは心当たりがあるらしい。
名の知れた存在なのだろうか。
「リシアさんとクロエさんはまだ本調子ではないでしょうし、とりあえずそこを目指すといいと思います」
「なるほど。そうすることにするよ。ありがとな、クリス」
ここからなら里に引き返すこと自体は容易だが、里について気取られたくないという事情がある。それに、ことあるごとにそんな真似をしているようでは、いつまで経っても目的地にはつけまい。
緋竜たちの安否も気になるし、先を急ぐべきだろう。
クリス達に別れを告げると、俺達はキャラバンを目指して歩き始めた。
余談になるが、後程コトノハに何故あんな真似をしたのか聞いたところ、「先に謝ってしまえば責め辛いでしょう?」などというとても酷い答えが返ってきた。
流石、怒られ慣れてるやつは違うぜ……。




