本来の用途
クリスに瞑想をするよう指示して、かれこれ一時間は経っただろうか。
一心不乱といった感じで真面目に取り組むクリス(と彼の頭の上で寝ているレティシア)を見ていると、自分の時の事を思い出す。
あれは地獄だった……。親父さんに一杯食わされて、ひたすら化身しての特訓の日々。
いや、結果的には問題無かったし、必要な事でもあったから別にいいのだけど。
俺が森での日々を思い返していると、
「レスト」
膝に乗ったリシアが魔術で話し掛けてくる。
それに対して、つい先程コトノハに教わった魔術で返事をする。
声に出さないのはクリスの邪魔にならないためでもあるし、リシアやクロエの正体を隠すためだ。別にクリスを信用してないとかではないが、少なくともレティシアと化身が可能になるまでは明かさないつもりだ。
「この人、既に十分な器を持ってる」
「ほう……って、あれ? イロハは魔術的素養──ナノマシン適合は全然みたいなこと言ってたような」
「うん、そっちは全然。けど器の方はとても大きい」
「えーっと……」
「簡単に言えば魔術的素養がMAT、器が最大MP」
「なるほど、良くわかった」
超分かりやすい。
俺の記憶とイロハのゲームによる英才教育の賜物だな!
悪影響とも言う。
「多分だけど、今の時点でレティシアちゃんと化身しても問題無いんじゃないかしら」
隣に座るコトノハが、こちらも魔術で会話に入ってきた。
「……え、それかなり凄いのでは?」
というか俺は化身という、ある種の反則技に加えてマンツーマンの指導を受けてなお、あれだけ苦労したのにこの差は一体……。
才能の著しい差に軽くショックを受ける。するとそれを察したらしいリシアに手を舐められた。慰めてくれてるらしい。優しい!
「だから、ちょっと問題」
舐めるのをやめたリシアが、少し真剣な声音で続ける。
「……?」
「やり方さえ覚えれば、魔術での会話も可能」
「つまりそれを教えた瞬間、リシアちゃんやクロエちゃんとは今みたいに話せなくなるわね……」
コトノハが頬に手を当てながらそんな呟きを漏らし、リシアがそれを引き継ぐ。
「って訳でレスト、秘匿魔術、今すぐ覚えて」
「今すぐ……」
人の訓練だと油断していたら、まさかこっちにもお鉢が回ってくるとは。ってかそんなのあるのね。暗号化的なアレなのかな?
てか覚えたらってことは教えなければ……って訳にもいかんよね。
何のための訓練だって話だ。護身は口実でこれはレティシアのためなんだし。
「覚えておいて損は無いんじゃない? 例のアイツがまた現れたとき、会話が筒抜けじゃ困るでしょ」
コトノハとは逆側で寝転んでいたクロエが口を挟んでくる。
確かにそうなんだよなぁ……。化身すれば接触通信よろしく当人同士でのみやり取り可能だが、それだと化身していない相手とは話せない。
いや、まぁ全員で化身するって手もなくはない。が、当然ながら却下だ。まず仔細が把握出来てない力を濫用など絶対にしたくない。それにあの力は強力な反面、時間制限の存在もある。そのせいか二人は半日ほどダウンしていた訳だし。さらに言えば手数が必要な場合、一人になるという点が足枷となる。
「やるしかない訳ね……」
『いえ、その必要はありませんよ』
「イロハ!? おまえ隠れてろって──」
突然聞こえたイロハの声に驚き辺りを見回すが、姿は全く見えない。
あれ? すぐ近くから聞こえたと思ったんだが……。
「レスト、ポンコツがどうかした?」
「いや、今イロハの声が聞こえたんだが……」
『フッフッフ……文明の力を侮ってもらっては困りますねぇレストさん』
「うざっ……」
『酷い! そんなこと言うなら腕輪を使って周りに聞こえないように会話する方法、教えませんよ!!』
「待て、俺が悪かった。頼むから教えてくれ……」
よく考えたらこの腕輪、妙な改造が施されてるとはいえ本来の用途は携帯電話みたいな物なので、それくらい出来て当たり前というか、むしろそのための代物だよなぁ……。と、今更ながら気付く。
『仕方ないですねぇ。では、リシアさんにいい加減ポンコツ呼びを改めるように──』
「それは出来ない。その願いは我の力を大きく越えている」
『食い気味に拒否された?! てかなんですかそのキャラは!!』
「……諦めろ。多分もう手遅れだ」
一度定着したものは早々変わったりしないのだ。
『この件に関しては後程じっくり議論するとして……』
議論の余地なくない……?
『じゃあ腕輪の設定をレストさんの意思で秘匿通信に出来るようにしておきますね』
「特別な操作とかはいらないのか?」
『えぇ。伝えたい相手を意識するだけです。ただし腕輪はレストさんしか持っていないので、基本的に私以外が相手の場合、それほど遠くには届かない点には注意してください』
「ん、覚えとく」
一瞬不便だなと思いかけたが、スマホを持ってない相手と通話出来ると考えたら十分過ぎるな……。
俺がイロハとのやり取りを終えて、周りに意識を向けると、
「引っ掻いたら正気に戻ると思う?」
「多分イロハちゃんと話してるだけだからやめたげてね?」
何やら物騒な話が出ていた。
イロハの声は俺にしか聞こえてないせいで、皆には突然虚空に向かって語りだしたように映っていたらしい……。にしても、いきなり物理はやめろ。こぶしで精神分析の前に取るべき手段があると思う。
抗議の意を込めてクロエの頭をわしわしと撫でていると、あることに思い至る。
…………。
「そーゆーことはもっと早く教えろよ!」
そう叫んだ(勿論魔術で)ところ、再度イロハの気配を感じ取る。
『だって今まで特に必要無かったですし……』
そう言われると返す言葉がない。別行動したのは鎮守の森くらいだが、どのみちあの場所では通信なんて出来るはずもない上に、そもそもあの時は不慮の事故によるものだし。
「まぁ訓練せずに済んだみたいだし、良かった、ね?」
リシアが気遣うように声をかけてくる。言葉の最後に若干の迷いがあったが。
「……そういうことにしとく」
「あぁ、腕輪ってのでどうにか出来るって話? アタシも欲しいわね、それ」
「謎機能満載の上に、外せないってデメリットもあるけどな」
これはかなり特殊な代物で、本来はそんなこと無いらしいのだが。
「便利な呪いのアイテムって感じよねぇ」
「ほんとな……」
そうと知っていたなら、つけてたかどうかはかなり怪しい。もっともその場合、旅の過酷さは跳ね上がるのだけど。
「っていうか思ったんだけど、こんなにのんびりしてていいの? 変な連中に狙われてる訳だし、先を急いだ方がいい気がするんだけど」
クロエが俺の手から逃れながら聞いてくる。
それに対して俺は、ここからの会話を万が一にもレティシアに聴かれないように、腕輪による秘匿通信を使って応じる。
「まぁ一応、思惑が無い訳ではない」
「何か、企んでる……?」
「企むってほどの話じゃないけどな。実は昨日の夜、話の流れで聞いたんだが、どうやらクリスは騎士になりたくて王都を目指してるらしいんだよね」
王都。普通の物語なら序盤から中盤にかけて訪れるであろう重要スポット。まぁ俺は行く気なんてさらさら無いのだけど。
そもそも存在を知ったのが昨日だし……。無論クリスには知ってる体で返したが。
「ふーん」
「興味無しか!」
「だって他人の旅の動機とかどうでもいいし……。それに人間が沢山いるとこって面倒なのよね。まぁアンタがどうしてもって言うなら着いていくけど……」
「いや、俺も王都なんて絶対行きたくないから心配無用だよ」
「なら安心ね」
「クロエちゃんはともかく、レストさんはそれでいいの……?」
いいんだよ! 俺もクロエと全くの同意見だし!!
少なくとも現状、俺自身が行かなければいけない理由も特に無いし。それに人化出来るとはいえ、リシアやクロエを連れていくのは危険だろう。色んな意味で。
「むしろこれは行かなくて済むようにする布石だな」
今のところ行く必要は無いしそもそも行きたくない。けれど胡散臭い連中の情報は欲しい。
「情報源として、活用?」
「有り体に言えばそうなる」
自分が行きたくないなら人に行かせればいい。簡単な話だな!
……いやクリスは元々行くつもりみたいだしね? 別に問題無いはず。多分。
「でもどうやってクリスと連絡を取るつもりなの? 大体の場所しか知らないけど、ここからかなり距離があるわよ?」
「それなんだが……正直に言うと、さっきまでほぼノープランだった」
「えぇ……」
「いや里から追加で遺物を貸して貰おうかなとは考えてたんだけどね?」
「あー、それならいつでも連絡が取れるわね」
「まぁその必要も無くなったけどな」
「??」
首を傾げるクロエに遺物を渡す。そして渡した遺物に対して腕輪を使い通信を試みる。すると予想通りに回線を繋げることが出来た。
「なるほど。その腕輪を介して遺物とやり取り出来るなら、父様から貰った物を渡せばいいって訳ね」
その通り。腕輪が遺物の役割を果たせるなら、俺たちの分は不要だからな。
「ただこれ、どちらにせよイブキさんが許してくれるかって問題が……」
まさか俺の一存で勝手に譲渡する訳にもいくまい。
「まぁ平気じゃないかしら? 伝はあるに越したことはないし、そういう理由ならダメとは言わないと思うけど」
「後でクリスにバレないように連絡して聞いてみるか」
そんな話をしていたら、
「クリスの集中力が途切れてきたみたいなので、そろそろ休憩を入れるように伝えて欲しいのですが」
レティシアが保護者みたいなことを言ってきた。
いつの間にか結構な時間が経っていたらしい。
俺はレティシアの言に従いクリスに休憩するように告げて、イブキさんにどう伝えるか考え始めた。