後天的な特質
空が白み始め、気の早い森の生き物が目覚め出す頃。
根気よく仲裁を続けた成果か、はたまた疲労によるものか。長きに渡る争いは鎮静化した。
どちらも引かないからなぁ……。コトノハとイロハの二人は勿論役に立たないし本当に苦労した。
しかし、これでようやく本題に入れる。
「それでレティシアは、何か俺達に聞きたいことがあるんじゃないのか?」
俺がそう指摘すると、レティシアは訝しむ様子を隠そうともせずに「……何故そう思ったの?」と返してきた。
「正体が露見することを前提にしてた節があるからな」
イロハも言っていた事だが、本気で自分の存在を秘匿するつもりならあんなわかりやすい真似はしまい。
「……」
「だから機会を伺ってたんじゃないかな、と」
どうもプライドが高く意地っ張りな感じだし、こちらから話し掛けて欲しかったのではないかと睨んでいる。まぁそれは言わないけど。態度が硬化しそうだし。
「昨日の段階ではそんなつもりは無かったのだけれど、ね。狐臭い貴方の妹とは間違っても関わりたくなかったし」
「なっ! レストさん……! コトノハってそんな臭う!?」
何やらコトノハが妙なところで盛大にショックを受けている。
多分それ、被捕食者故の感覚だと思うんですけど……。
むしろ俺から言わせて貰えば、意味合いは異なるがコトノハは妙に人間臭いんだよなぁ。この辺、人との接触が多い金狐故なのだろうか。
というか流石に可哀想だし一応フォローしてやるか。
「乙女か。そんなことないから安心しろ」
「そ、そうよね? ……ってレストさん? その突っ込みはコトノハが乙女ではないって風に聞こえるんだけど?」
「……。気が変わったのは俺とコトノハのアレを見たからか」
「流された!!」
「そうよ。まさかあんな芸当の出来る存在がいるなんて、夢にも思わなかった!」
どうやらレティシアは秘儀について何も知らないらしい。
余程衝撃だったのか、淡々とした様子は鳴りを潜め、口調には熱がこもっている。
「まぁ知らないなら驚くのも無理はないか」
「本当に驚いたわ。狐臭いとは思ってたけど、まさか本当に狐だったなんて……」
あれ? なんか驚く点が若干ズレてるような……?
「えっと……レティシアは化身──俺とコトノハが同化した事について知りたいんだよな?」
「違うわ」
「違うの!?」
じゃあ何を知りたいんだよ!
「わたくしが知りたいのは──」
レティシアはそこまで言うと「しくしく……」と分かりやすく嘆いているコトノハに目をやりながら、
「あの狐のように、人間の姿になる方法よ」
きっぱりと自身の目的を告げた。
……まぁ、当たらずとも遠からずではあったか。
とりあえず人化と秘儀についてレティシアにざっくりと説明をする。と、その過程で思わぬ事実が明らかになった。
「いつか親父さんと話したが、秘儀によらない人化が可能なのは狐と狸だけって話だったよな?」
「そう。それ以外の種族には原則不可能」
「だよなぁ……。あ、そういやレティシアは何族なんだ?」
白狼族とか黒猫族みたいな種族名は何と言うのだろうか。そう思って、何の気無しに聞いてみた訳だが──
「そんな括りがある事自体、初耳なのだけど……。わたくしは普通の獣に過ぎませんし」
「いや魔術でドングリを飛ばしたり意思疏通が出来てる時点でそれは通らない」
というか魔術を抜きにしても、その尊大な在り方で普通の獣発言は無理があると思う。
「でもアタシはリスの種族なんて知らないわよ?」
「私も、知らない」
「コトノハも聞いたことないわねぇ」
リシアやクロエは妙に知識が偏っているところがある。なのでこういうとき、正直言ってあまり当てにならない。しかしコトノハは人間とすら繋がりを持っていた金狐族だ。その彼女が知らないというのは……。
俺がどういうことなのか考えていると、
「そう言われましても……。あ、わたくしの両親は魔術? って言うんですのね、これ。扱えないはずですが」
さらにとんでもない事実が発覚した。
なんなの? 突然変異なの??
「ならどうしてレティシアは魔術を使えるんだ……?」
「話せば長くなるのだけど」
「話して、短めに」
「……これはクリスと出会う前の話なのだけど。好奇心から妙な建物に入ったら入り口が崩壊しまして、閉じ込められてしまったのですわ」
「間抜けねぇ。それで?」
「頬袋の食料も尽き、いよいよ餓死寸前というとき、透明な容器に入った白いドングリを見つけたのです」
「そんな場所で、容器に入ったドングリ……?」
しかも白色。どう考えてもそれはドングリじゃないと思う。
それにイロハも気付いたのだろう。
『レストさん、これって……』
「……」
何も言うなイロハよ。
まぁ正直この話……半分落ちてるようなもんだと思うけども……。
「わたくしはどうにかそのケースを破壊して、白いドングリを手に入れることが出来たのですが……」
「柔らかくて、中身が粉っぽかったんじゃないかしら……」
コトノハが訳知り顔で呟く。
やっぱりそうだよね。カプセル剤的な何かだよね……。
「そうなのです! それにとても酷い味で……。まぁ背に腹は変えられないので完食しましたけど」
食い意地張ってんなぁ! というか未だにそれがドングリで無いことに気付いてない辺りもどうなんだ……。
「どんだけ餓えてたのよ……」
「そこ、うるさいですわよ! ……コホン。そうしたらこの力──魔術とやらが扱えるようになっていたのです」
「なるほどね。ちなみにその窮地からはどうやって脱したんだ?」
「入り口を塞ぐ瓦礫を根こそぎ吹き飛ばしました」
「アンタそんな力を持ってるの!?」
クロエが驚愕している。いや俺も驚いたけども。
これ魔術は俺より強いのでは? 崩壊がどの程度の規模かは知らないが、どう考えても俺にはそんな真似出来んぞ。
「本気で攻撃されてたら頭が飛んでたんじゃないかしら……」
「……!?」
コトノハの率直な感想を受けて衝撃を受けるクロエ。
「ちゃんと手加減したこと、感謝して欲しいですわね。まぁあまり口が過ぎるようなら本気を出すことも吝かではありませんが」
これは怒らせてはいけないタイプですね、わかります。
まぁリシアもそうだし、クロエも切れたら手がつけられなくなると思われるので慣れたものだが。要は怒らせなければいいだけの話だからな。
まぁそんなことより、だ。
「それで話を戻すけど、一部種族を除いて一般的な方法では人化出来ないんだ」
「それはつまり、特殊な方法でなら可能という認識でいいのかしら?」
「構わない。人間と秘儀を使えば、種族を問わず可能」
そう言ってリシアが人化して見せる。
「……! クリスに人化の秘儀を使ってもらえればわたくしも人間の姿になれるし、お話出来るように……」
「あー……確かにそうなんだが」
「その前に化身する必要がある。じゃないと、人化は使えない」
あ、そうなんだ。あれ不可逆だったのね。
「アンタはともかく、クリスの方に魔術的素養が無い場合、どちらもまともに使えないけどね」
それなんだよなぁ……。まぁ化身の方なら無理矢理出来なくもないけど、本当に無理矢理だからな。……魔術によらない会話をするためには魔術的素養がいるとか、構造的欠陥だと思う。
「……イロハ。クリスの魔術的素養──ナノマシン適合を調べてくれ」
『はいはい。…………んー、これは……正直厳しいと思います……』
まぁうん。世の中甘くないよね。いやまぁ実はクリスに頼らない方法もあるのだ。けどそれはなぁ……多分本人も嫌がるだろうしなぁ。
そう思って、あえて口に出さなかった手段。それを、
「レストさんが秘儀の相手になればいいじゃない」
コトノハが躊躇なく言い放ってくれた。
「おいこらコトノハ──」
「却下」
「ダメよ」
「秘儀とは婚姻も意味するのですよね? ならクリス以外とは死んでもお断りですわ」
「……」
『愛されてますねぇ……』
「代償に俺の意思が犠牲になってるけどな……」
確かに俺はその手段を選ぶ気は無かった。しかしリシアとクロエがノータイムで反対したのは、それとは一切関係無いと思う……。
ってかクリスの愛され方もすげぇな。相棒とは言っていたが、ここまで想われているとは夢にも思うまい。
「一応言ってみただけなんだけど、これは無理みたいねぇ……」
「分かってたから言わなかったんだよなぁ」
俺が非難の眼差しをコトノハに向けていると、
『となると……クリスさんに頑張ってもらうしかないですね』
仕切り直すようにイロハが言う。
「その前に色々承諾も得ないと……。俺みたいに混ざってしまう訳だし。あ、イロハ。一応俺も調べといてくれるか?」
『え?』
「いやキマイラシステムとやらのせいで、もしかしたら何か変化してるかもだし」
『いえ、レストさんの方も既に調べましたが、これと言って変化はありませんでしたよ?』
おぉ、仕事が早い。
珍しく有能。
「ふむ……。俺にも疲労こそあったが、リシアやクロエのように寝込む程の影響が無いのは何故だろうな。両方に深刻な影響あるかのような言い回しだったと思うが……」
『心配性ですねぇ……じゃあ念のためもう一度…………あっ』
「……おい」
『いえ違うですよ見落としとかじゃ無いんですよ……』
これは無能の流れでは?
何故誉めた瞬間やらかしてしまうのか。
『本当に違うんですって! 多分これコトノハさんと無理矢理した影響だと思うんですけど』
え、そっち? でもコトノハには影響無かったよね?
ってか誤解を生む言い回しやめろ。
「イロハ、早く言って」
『レストさん、また回路が増えてますね……』
「マジかおまえ……」
コトノハには影響無いから油断してたが、こっちにはあったかー。そっかー。……いやほんとこの謎、早く解明したい。
「何か知りませんが、苦労なさってるみたいですね……」
そんなレティシアの気遣わしげな声が辺りに空しく響いた。




