調停者という名の生け贄
いや冗談のつもりだったんですよ……。だって、まさか出来るとは思わないじゃないですか。
俺はあのどちらを選んでも地獄な窮状から脱したかっただけで、コトノハと本気で化身する気なんて無論あるはずもなく──
などという謎の言い訳を脳内で巡らせていると、
【もしかしてコトノハ達、化身しちゃってるー!?】
遅まきながら事態を理解したコトノハの叫びが、俺の頭の中に響き渡った。
まるで入れ替わったみたいな驚き方してんなこいつ。
いやまぁある意味、それに匹敵する異常事態ではあるのだが。
『おー! ちゃんと尻尾が三本生えてますよ! あとは耳が狐耳になってますが、他に外見上の変化は見当たらないですね』
「妙に冷静だなイロハ……」
思えばさっきもあまり驚いた様子は無かった。
『案外可能なんじゃないかなー、とは思ってましたから』
「おい」
言えよ! そして止めろよ!! それ何が起きるかわかってて静観してたって事だよなぁ!?
え、これヤバいよね? 半化身状態だけど、コトノハに化身の影響出るんじゃないの!!?
そんな風に俺が化身によるリスクを危惧していると、
「コトノハ、レストの記憶、見た?」
【え、なにそれ?】
硬直の解けたリシアが、真剣な声音でコトノハに問い掛ける。
っとそうだコトノハ。それだとリシアに聞こえない。
「聞こえてるなら、意識して外に向けて話す感じにやってみなさい」
クロエが察して補足をいれてくる。
へー……そんな感じなんだな。
「こ、こうかしら? で、えっと、記憶? 特に何も見てないけれど……」
「そういや俺もコトノハの記憶を見てないな……」
秘儀が完全に成功しているなら、お互い相手の心象風景を見ているはず。
それが無いということは、リシアやクロエの初回時と同じく、半端な状態なのだろうか?
しかし金狐族であるコトノハの魔術的素養が低いとは思えない。
つまり本来なら完全に化身出来ていても不思議はないのだが……。
『とりあえず、化身は解いていいのでは?』
「それもそうだな……」
イロハに促され化身を解く。すると元いた位置にコトノハが現れ、同時に俺の変化も消える。
コトノハに疲労した様子は無い、か。
そこでふと、あることが気になった俺は腕を変化させようと試みる。
しかし、
「んー……狼や猫にはいつも通り変化出来る感覚がある。けど狐の物には出来そうにないな」
なんというか、スロットとでも言うべき物が無いのだ。
なのでこれは恐らく……。
「多分、化身とは似て否なる物、なんだと思う」
『ですね。今調べたんですが、コトノハさんは化身──いえ、ヴェアヴォルフ形態になる前と後で一切変化がありません』
「そうか……それは本当に良かった」
最悪の場合、隠れ里にとんぼ返りするしか無かったからな……。
出来ればそれは避けたい。優男に里の秘密が露見するリスクは到底無視できないからだ。
「でも結局なんなのかしらね? もしかして生き物となら何でも出来たり?」
「その可能性も、ある」
「そう言えばクリスさんが連れてるペットがいたじゃない。ちょっと試してみたら?」
「おい……」
もし何らかのデメリットがあったらどうする気だ。
相棒って言ってたくらいだから、万が一の事があったらどんな顔して謝ればいいかわからんぞ……。
「まぁ物は試し──ひっ!?」
明らかに乗り気でない俺に対して、さらに言い募ろうとしたコトノハが悲鳴をあげる。
「どうした?」
「コトノハ、今確かに殺気を感じたわ」
「特に何も感じなかったが……」
リシアとクロエも首を振り、イロハも周囲には俺たちと側で寝てるクリス以外、誰も存在しないと断言する。
「なんだったのかしら……」
首を傾げるコトノハ。
もし本当に何か潜んでいるならヤバイかも知れない。
そんな俺の不安を他所にクロエは全く気にした風もなく、クリスの寝顔を覗き込んでいる。
「相棒とやらのリスの姿は見えないけど、どこに隠れてるのかしら?」
「多分胸元じゃないかしら?」
「ふーん。どれどれ……。あ、ほんとだ! どちらのリスも間抜けそうな顔してよく寝てるわねぇ」
クロエがこちらを振り返り、酷い感想を漏らす。
それを聞いて確かにどっちもリスだな。と、下らない考えが一瞬過る。
というか、間抜けそうっておまえ……。
そんな不遜な黒猫を嗜めようと思った矢先、それは起こった。
クロエの背後に何かが浮いている……!?
暗くてよくは見えないが、謎の物体が浮いているのが見える。
それに、微かに魔術の気配もする。
俺は全員に注意を促す為に声を上げようとするも、
「皆、気を付け──」
「いたっ! ちょっと、今の何よ!?」
それはクロエの叫びによって打ち消されることとなった。
高速で飛来したその物体が、クロエの後頭部に直撃した、らしい。
暗い上に速すぎて正確にはわからない。しかし状況的に間違いないと思う。
その時、俺の足下に何かが当たる感覚があった。
「これは……ドングリ?」
拾い上げた物を眺めながら呟くと、クロエが食い付いてくる。
「は? ドングリがどう──。……まさかドングリが飛んできたって言うの?! そんなレベルの痛さじゃなかったんだけど!」
頭を擦りながら憤慨するクロエ。
そんな怒り冷めやらぬ様子の彼女に悟られぬよう、俺はそっとリシアに耳打ちする。
「今の、見たか?」
「見た。魔術の気配もした」
「クロエはどちらも気付いてないみたいだが……」
「障壁と結界、どっちがいいかな」
「いや……どっちもいらないかな。犯人の見当はついたし……」
「流石レスト、凄い」
いやそんなキラキラした目で見られても困る。凄いことなんて何一つないのだから。
だってこれ……状況証拠だけで十分特定出来るし……。
冷静に考えて欲しい。悪口の直後に、言った当人の死角から、ドングリが放たれて、後頭部にヒットだぞ?
推理小説ならミスリードか駄作の二者択一だよ!!
これはもう間違いないだろう。あのリスはただのリスじゃない……!
恐らくコトノハが感じた殺気の正体もそれだろう。
あれは自分に試したらタダでは置かないという意思表示なのだと思う。
それにリス──確か名前はレティシアだったか──が犯人なら周囲に反応がないことにも説明がつく。
当然ながらクリス共々、イロハの索敵からは除外されていただろうし。
しかしどうしたものかね。応じてくれるかわからんが、一応話し掛けてみるか……。
「えーっと……レティシア、さん? 少しお話いいですかね……」
「応えてくれるかしら」
『割とわかりやすい方法でしたから、本気で正体を隠し通す気は無いと思いますよ』
あ、この二人も俺と同じ見解にたどり着いてたのね。
「レスト、どうしたの? えっと、普通のリスは返事してくれないと思うけど……」
リシアさんは……ダメみたいですね。
てか、その可哀想な人を見る目はやめてね?
「え、もしかしてそういう……?」
クロエの方は気付いたみたいだな。
何でリシアさんは戦闘時以外ポンコツなんやろなぁ。
そんな感想を抱いていると、
「あんまり騒がないでくれる? 愛しのクリスが起きちゃうでしょ」
そんな声がクリスの胸元から聞こえてきた。
「リスが、喋った……」
「そっちこそ犬っころの分際で口を聞かないで欲しいのだけど」
やだ……死ぬほど苛烈な性格してる。一瞬で険悪な空気になるのやめてもらっていいですかね……。
まぁ殺意飛ばしたり物理攻撃に及んでる時点で大人しい可能性は皆無でしたね……。出来れば不機嫌なせいであって欲しいが。
「……レスト、あの生意気な小動物、潰していい?」
「いいわよリシア、プチっとやっちゃいなさい」
「やめてね? 絶対ダメだからね??」
そうか、俺は今からこいつらを宥めながら聴取をしなきゃならんのか。
……夜明けまでに終わればいいなぁ。
そんな想いを胸に全力で仲裁に入る。やりたくないけど。とてもやりたくないけど!
──結局まともに会話が出来るようになったのは、これより一時間以上後の話である……。