第三の選択肢と腕輪の力
「レスト、起きて」
自身を呼ぶ声が聞こえる。次いで、顔面を叩かれる感覚。
それに妙な懐かしさを感じて朧気に意識を取り戻す。が、完全な覚醒には程遠い。
靄のかかった思考のまま薄目を開ける。すると薄闇の中、リシアとクロエが俺の顔を挟んで覗き込んでいるのがわかった。
「そんなんじゃいつまで経っても起きないわよ?」
「前はこうしたら起きたんだけど」
「まぁアタシに任せなさいって」
クロエはそう言うと前足の鋭利な爪を伸ばし、俺の顔面に──
「起きた。今、完全に起きた。だからその凶器をしまえ」
「おはようレスト、お目覚めはいかが?」
「割と最悪だよ!」
「そう、まぁそんなことはどうでもいいのよ。それよりこの状況の説明を求めるわ」
俺の訴えは即座に切って捨てられた。酷い。
リシアとクロエは多分起きたばかりだろうから説明が欲しいのは分かる。
しかしな……どう見てもまだ夜明け前なんだが??
「レスト、起こしてごめんね? でも私も気になるから……。なんでコトノハがここにいるのか、とか」
「そっちで寝てる人間のこともね」
朝にしてくれと思っていたが、言われて気付く。
そうか……クリスが寝てる方が都合がいいのか……。
「わかったわかった。今から全部話してやるから……」
質問というより詰問や質疑応答とでも言うべきやり取りを経て、二人が倒れていた間の顛末を説明する。
「なるほど、ね。まぁ大体わかったわ」
「ん、レスト、ありがと」
「でもまだ話さなきゃいけないこと、あるわよね?」
「……」
そう、あの土壇場で突然発動した、腕輪の謎の機能について──
「何でアイツにトドメを刺さなかったのよ!」
「そっちかよ! 一瞬で消え失せたのにトドメもクソも無かっただろ!?」
「そこは……ほら、イロハに探させるとか……?」
「アレを当てにするのはよせ」
肝心なとこで役に立たん事も多いからな……。
「むぅ……」
「それにな、仮に追い付けても間違いなく返り討ちだったぞ」
「私もそう思う」
俺の言にリシアが賛同する。
普段はボケ気味だがこういうときは本当に話が早い。
「なんでよ!」
「あんな狡猾な奴が切り札を持ってないはず無いからな。近くに秘儀を使った蛇を待機させてたと思うぞ」
俺がそう言うとリシアは頷き、クロエはドン引きした。
腕が変化したときも固まってたし、さもありなん。
「アタシ、蛇だけはダメなのよね……」
「どうせ小さい頃にバカなことして酷い目に遭ったとかだろ?」
「……苦手な理由なんてどうでもいいでしょ!」
クロエはわかりやすくて面白いなぁ。
……けど、これ以上からかうと爪が出る流れだな。
既に脱線気味なので軌道修正をかける。
「あとな……それを何とか下せたとして、だ。今はあいつを殺すことは出来ない」
「どういう意味よ?」
「あの手合いは勝つための切り札と負けないための切り札を持ってるって事」
「……?」
「恐らくだが……自分が死んだ場合、例の装置とやらが組織に渡るような細工をしてるんじゃねーかな」
俺なら間違いなくそうする。
周到なタイプは手札を揃えることに余念が無いものだ。
「確かにそれならどれだけ追い詰めても無意味ね……」
「他にもどんな隠し玉を持ってるかわからんしな」
そこで話が一段落したのを見たリシアが、
「レスト。腕輪の件は、いいの?」
一瞬忘れかけていた件を思い出させてくれる。
「よくない。結局なんだったんだアレは……」
ピンチで都合よく覚醒なんて経験を、リアルでする羽目になるとは思わなかった。別に腕輪をつけて初めての化身って訳でもないし、何がトリガーだったんだろう。
俺が必死に足りない頭で原因を考えていると、
『それは恐らく、レストさんご自身の意思で化身をしたからじゃないですかね?』
唐突にイロハが会話に割って入ってきた。
こいつのこういう所にも慣れたもので、もはや誰も驚きもしないし突っ込みもない。
「ふむ?」
『今まで化身を使うときって、いつも相手の意思に任せてたんじゃないですか?』
「そう、だな……」
要請をしたことならある。昨日もクロエに化身するよう頼んだ。……けど、俺の意思“だけ”で化身を試みたことは、考えてみれば一度もない。
むしろリシアにしろクロエにしろ、初回は俺の意思なんて存在しなかったしな!
『きっと腕輪がレストさんの意思に反応したんですよ。その結果、ブラックボックスにある機能が働いたんだと思います』
「そいやあの優男も何か言ってたが、この腕輪はそういう用途で使われる道具なのか……?」
「けどコトノハに聞いた秘儀の話では、そんな腕輪の存在は出てこなかった」
「アタシも聞いたことないわね。大体そんなの無くても化身自体は問題なく出来る訳だし」
そこなんだよなぁ。別にこの腕輪が化身に必須という訳ではないのだ。
となると化身時の力を高める効果、といったところ、か?
「存在意義はわからんがヴェアヴォルフ形態とやらの発動条件はそれっぽいかな」
俺が何の気無しにそう言って話を締め括ろうとする。が、
「試してみたら?」
「え」
「一応、条件を確認しとくべき」
「危なくないか? キメラシステムってのがもし──」
『いえ、キメラシステムとやらは名称的に、二人と同時に化身した為に発動したものでしょうし平気だと思いますよ?』
クロエの発言により化身する流れに。
いや俺もキメラシステムに関してはそうだと思ってたけど、万が一がだな?
まぁいいけども……。
「んじゃ試してみるか……」
そう発言した瞬間、己の失策を悟る。
「ん……」
「いつでもいいわよ」
「……」
え、何で二人とも準備オーケーみたいな顔してんの?
これはあれだな? 正解のない選択肢だな??
『さぁレストさん! 早くどちらかと化身してみましょう!』
俺が袋小路に囚われたのを察したのだろう。イロハが、喜色の滲んだ声で急かしてくる。
こいつ……! 明らかに状況を楽しんでやがるな!?
その時、何かが動く気配を捉える。
どうもクリスが寝返りを打ったらしい。あまり騒いで起こさないようにしないとな……。
そこで気付く。まだ周囲は暗く、離れた位置にいる人は気配でしか存在を感じ取れない。だからこその違和感。
「……コトノハ、おまえ起きてるだろ」
「なんでわかったの!?」
「普通に寝てるなら、気配が感じられないのはおかしいよな?」
「念には念を入れた結果が裏目に……!」
「ずっと起きてて、面白いことにならないかなーとか思ってたんだろ」
「そこまでバレてるの!?」
「……鎌かけられたら一瞬で白状する癖、来世では直した方がいいぞ」
「酷くない?!」
酷いのはおまえだよ……。俺が質問攻めにあってる間も高みの見物決め込んでたんだろうが!
さて、この間抜けはどうしてくれようか。
「よし、第三の選択肢が生まれたな。コトノハの事は今度からルドマンと呼ぶことにしよう」
「なにそれ!?」
「なんと この私が 好きと申すか」
『あ、なんとなく読めました』
リシアは本当に余計な知識ばかり仕入れてんな……。
イロハの方は状況から察したらしい。何故こんなときだけ空気が読めるのか……。
「悪く思うなよコトノハ……」
「コトノハに何するつもりなの!?」
「え、どういうことなの??」
クロエとコトノハは未だ事態を把握出来ていないらしい。まぁそれが狙いなのだけど。
これでこの話は流れるだろう。どうせ秘儀をしていないコトノハには効くまいし。
そう踏んだ俺は昨日リシアにしたように、コトノハに手を向けて化身すべく念じる。──その瞬間、コトノハの姿が目の前からかき消えた。
「は……?」
「え」
「なっ!」
『あれま……』
【あれ!? コトノハ、何か瞬間移動したんだけど!!】
あ、脳内で話される感覚、少し懐かしいな。
化身しても俺にしか聞こえないんじゃ不都合しかないから、昨日は普通に話してたしなー。
いやうん、それどころじゃないですね……。
俺が全力で現実逃避を試みていると、
『ヴァラヴォルフ形態への移行を確認しました』
腕輪による無情な通告が、静まり返った場に響き渡った──。
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