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禍福は糾える縄のごとし

 イブキさんに連絡をいれてから結構な時間が経った。

 地図を見る限り、今日中に森を抜けるのは厳しそうだ。……余計な時間を食わされたのも響いている。

 そろそろ日暮れも近い。いい加減休みたいところだがどうしたものか。


「魔獣はあまり居ない森だし、手頃な場所でも探すか……」


 俺がそう呟いたとき、


『レストさん、センサーに反応があります』

 

 イロハが警戒を促してきた。


「数は?」

『数は1、恐らく人間ですね』

「どうするの?」


 コトノハが小首を傾げながら聞いてくる。

 面倒を避けたいなら迂回一択だが……。


「……離れた位置から確認して決めよう」


 さっきの件もあり一人というのが気にはなる。が、もしまともな相手なら安全な休息が期待できる。一人旅が出来るような人間なら腕に覚えがあるだろうし。

 俺としては早くリシアとクロエを安静にさせたい所。

 それに休みたい理由はそれだけではない。俺もそうだが、コトノハの限界が近いというのもある。

 コトノハ曰く、穏行術は術の強さや行使する範囲によって消耗が跳ね上がるらしい。

 術が維持出来なくなった瞬間、敵に襲われるような不運が無いとも言い切れない。

 そんなことを考えながらイロハの示した地点まで進む。

 すると夜営の準備をしているとおぼしき男の姿が見えた。

 歳は俺より若いくらいだろうか。手際の良さから旅には慣れている感じだが。


「んー……見たところ、普通の冒険者って感じかしらねぇ」


 コトノハが率直な感想を漏らした。

 俺とイロハにはその普通とやらがわからないので、コトノハの言で判断するしかない。

 リシアとクロエもまだ起きる気配が無いし。いや、仮に起きていたとして、役に立ったかは怪しいところなのだが……。


「なら接触してみるか」

『あの人間嫌いのレストさんが自ら……』

「おいその子供の成長を喜ぶ親みたいな物言いやめろ。ってか何でそれを知ってる」

『リシアさんに聞きました』

「……」


 俺が真剣に箝口令や言論統制を検討していると、


「誰だ……!?」


 男が警戒した声を上げて辺りを見回し始めた。

 抜刀して完全に臨戦態勢に入っている。

 俺たちの姿は穏行により不可視なはずなのに!


「おいコトノハ!」

「穏行はちゃんとかかってるわよ!?」

「なら俺たち以外の何かがいるのか……?」

『いえ、他に反応は無いです』


 となると何らかの方法で見破られた?

 こちらの正確な位置までは把握していないようだが……。

 これはもう腹を括るしかないな。どの道こうするつもりだったし。


「コトノハ、穏行を解いてくれ。これ以上警戒されると接触したときの心証が悪くなる」

「わかったわ」

「イロハはその辺に隠れてろ。説明が面倒だしな」

『まぁ仕方ないですね』


 二人にそう指示した俺は、一度リシアとクロエを肩から下ろす。そして特殊空間からリュックを取りだし、普通の旅人らしさを演出する。


「コトノハ、おまえ俺の妹な」

「え、なに? こんなときにお姉ちゃんと妹プレイ?」

「……このアホ。いいから話を合わせろよ」


 そう言い含めてリシアとクロエを抱くと、コトノハと共に男の前に姿を表す。


「驚かせてすまない。こちらはただの旅の者だ」


 警戒を解くため、こちらに敵意がないことを伝える。

 男はこちらを一瞥すると、


「……どうやら野党の類いではなさそうですね」


 そう言って納刀する。

 とりあえず敵ではないと判断されたようだ。

 まぁペットにしかならないような動物を抱いた野党もいまいしな……。

 そう俺が納得していると、


「その狼と猫は?」


 早速そこに言及された。

 まぁ気になるよね。


「旅の連れです」

「どうも具合が良くないみたいですが……」

「実は先程魔獣に襲われまして。何とか逃げ切ることは出来ましたが、そのせいで精神をすり減らしたんだと思います」


 それを聞いて男は悩む素振りを見せる。が、それも一瞬のこと。すぐに「今日はここで夜を明かそうと思っています。もし良ければご一緒しますか?」と提案してきた。


「そうさせてもらえると助かります。妹も限界だったもので」


 渡りに船とはこのことか。どう切り出すか迷っていたので向こうから申し出てくれて正直助かった。


「ご厚意に甘えさせて頂きますね」


 コトノハがそう言って微笑むと、男は若干照れたように、


「い、いえ……お気になさらず。もうすぐ夜営の支度も終わります。お疲れでしょうし、休んでいてください」

 

 そう早口に告げる。

 ……本性を知らないって幸せなことなんだなぁ。

 俺は言われた通り腰を下ろし、リシアとクロエを膝に乗せる。


 その瞬間、身体に急激な疲労が押し寄せてきた。


 ……まぁ腕輪の警告通りなら俺にも間違いなく負荷がかかっていたわけで。

 今まで平気だったのは、神経が張り詰めていたお陰なのだろう。遭難者が救助された途端、負傷の痛みを思い出す──みたいな?

 そんな思考をしているとコトノハが、声を潜めて話しかけてきた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

「……大丈夫だからお兄ちゃんはよせ」

「つれないわねぇ。せっかくお姉ちゃんっていうアイデンティティを横に置いて興じてあげたっていうのに」

「まずそんなもんをアイデンティティにすんなって話だが、仕方ないだろ……。どう見ても姉と言うには無理がある」

「それを言うなら妹も無理があると思うけど……。全然似てない訳だし」

「再婚相手の連れ子みたいな?」

「そんな無駄に複雑な設定にしないで、普通に家内ですって──」

「却下」

「食い気味でその反応は酷くない!?」

「やかましい。じゃあ聞くがな。リシアとクロエが目覚めてそれを知った場合……一体どういう行動に出ると思う?」

「悪乗りって……過ぎると命に関わるのよねぇ」


 コトノハが遠い目をして過去の悲劇に想いを馳せ始めた。

 そのタイミングでやることを終えた男が俺たちの近くに座った。

 よく見ると本当に若いな……。それに線が細く気弱な印象を覚える。旅なんてする柄には見えないってのが正直な感想だ。


「そう言えばお名前を伺ってませんでしたね。僕はクリスと言います。っと、それからこっちは相棒のレティシア」


 男──クリスがそう名乗ると、自己主張するかのように懐からリスのような生き物が顔を覗かせる。

 どうやら一人旅では無かったらしい。


「これは失礼。自分はレスト、妹の方はコトノハです」

「お連れの名前も聞いていいですか?」

「白い方がリシア、黒い方がクロエって言います」

「ありがとうございます。それと不躾な頼みで申し訳ないんですけど……」

「?」

「畏まった喋りはどうも苦手で、普段通りでもいいでしょうか? そちらも出来たらそうして頂けると助かるのですが」


 ……なるほど。これは少し酷い言い方になるが、要するに彼は庶民でそちらの方が慣れているという事なのだろう。

 俺も庶民なので妙な親近感を覚える……。リシアもクロエもコトノハも言ってしまえばお嬢様だからね。もっともリシアにだけはその自覚がほぼ無いのだけど。


「そう? ならコトノハはそうさせて貰うわね」


 この変わり身の早さよ……。

 さっきまでの淑女然としたコトノハはもういない。

 もっともアレは違和感しかないのでいいけども。

 そんな思考を悟られたのか、コトノハに一瞬睨まれる。

 読心術やめて。


「了解。そういうことなら普段通りにするよ」

「助かります。敬語とかってどうも肩が凝るというか……」


 わかりみに溢れる。無いと困るが常にそれだとキツい。


「まぁ庶民には面倒だよなぁ……。それはそれとして、その相棒とはずっと一緒に?」


 俺がそう水を向けると、


「えぇ、このコとは小さい頃からずっと一緒でして──」



 ──その後、お互いの連れに関する他愛のない話をしながら食事をとり、旅路の初日にしてはやけに濃く、とても長い日は終わった……はずだった。


 

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