後追い狐
俺は今、疲労困憊の身体に鞭打って森を歩いている。
……肩にリシアとクロエを乗せ、イロハの戯れ言を聞き流しつつ、コトノハに文句を言いながら──。
一体何故こんな既視感溢れる──ただし、いつか以上に酷い状況になったのか。
まぁざっくり説明すると以下のようになる。
優男が消えた後、リシアとクロエが不調を訴える。
急いで化身を解くもそのまま気絶。
イロハに診てもらうと極度の疲労によるものと判明。
さてどうしたものかと悩んでいるとまさかのコトノハ登場。
惨憺たる有り様のこの場に留まる理由もないので、とりあえず移動する流れに。
──そして今に至る。
「つまり俺たちをずっと尾行してた、と」
咎めるように俺がそう呟くと、
「最初からついていきたかったんだけど、父様の許しが出ないのはわかってたのよ。だからこっそりと……ね?」
悪びれもせずにふざけた理由を語るコトノハ。
「何でそこまでついてきたがるんだよ」
「久々に会えた妹と離れたくなかったから……」
しおらしく告げてくる。
……。
「ふーん。本音は?」
「本音なんだけど!? いや楽しそうだからとかもあるけれど」
「知ってた。しかしわざわざ尾行してた理由は?」
「里からある程度離れてからじゃないと、送り返されちゃうかもだし」
なるほど。まぁ言い分はわかった。つまりこのなんちゃってお姉ちゃんは引き返せない地点まで尾行して、なし崩しにパーティに加わろうと画策してこんな真似をしでかした訳だ。楽しそうだからという理由で。
……バカなのかな??
というかだ。
「祭祀」
「うっ……」
「コトノハがいないと不味いのでは?」
俺が面倒を押し付けられた理由がこれだったと思うんだが。
「……」
「イブキさんに連絡入れるわ」
「待って待って!!」
俺がイブキさんに手渡されたインカム的な遺物を取り出すと、コトノハが慌てて食い下がってきた。なんだこの万引き犯と店員のやり取りは……。
「待たない。俺の苦労が無に帰すだろうが!」
「そこはクロエちゃんをゲットしたからいいじゃない!」
「偶然の産物じゃねえか!」
ていうかゲットって。
「ほら叔父様の呪いを解くための条件だった訳だし……?」
「……それでもなぁ」
「どうせ祭祀なんて私はお飾りで居ても居なくても平気なの!」
「えぇ……」
「あのね、伝統の行事なんて言っても所詮は形骸化した因習に過ぎないのよ」
例えそれが事実だとしても、立場的にかなりアレなことを言ってる気がするんだが……。
「そうは言うがな……」
「それにコトノハ、役に立つわよ? さっきだってバッチリ援護したんだから!!」
この流れを不利と見たのか切り口を変えてくるコトノハ。
いや必死すぎるだろ……。でもそれは全然気付かなかったな。
「そうなのか……?」
「そうよ! あの魔獣の最後の光を弱めたりしたんだから!」
「それは本当に助かった」
どうやらイロハが分析ミスをしたわけでなくコトノハの援護もあって助かったらしい。そこはマジで感謝する。
「で、他には何をしてくれたんだ?」
「え?」
「だってコトノハはあの戦闘の一部始終を見てたんだろ? 他にも何か援護してくれたんじゃないのか?」
「えっと……」
「おい」
急に歯切れが悪くなるコトノハを見て確信する。
こいつ……命を助けられた手前あまり言いたくないが、それまで傍観決め込んでやがったな?
ジト目を向ける俺。
それを受けてコトノハは観念したように白状する。
「実はお姉ちゃん、あまり戦闘は得意じゃなくて……」
「だからギリギリまで隠れていたと」
「そうです……」
「援護してくれたのは自身の存在が露見するリスクより、あの攻撃の巻き添えで死ぬリスクのが高かったからか」
俺の容赦の無い指摘を受けてコトノハが反論してくる。
「それだけじゃないのよ!? リシアちゃんたちが本気で危なかったら飛び込むつもりだったし!!」
それもあるんかい。
……まぁ嘘はついてないようだが、流石金狐族と言わざるを得ない。
援護した理由の半分は恐らく保身だろう。俺の陰に避難すれば生存率が上がると踏んだのだと思う。
「やっぱ食えねぇな金狐族……」
「お姉ちゃんに対する好感度が下がった気がする!」
『まぁほとんど役に立ってないですし』
イロハがさも残念そうな口振りで会話に混じってきた。
いやおまえも大概残念枠だからな……?
「…………。で、結果は?」
『その妙な間が気になるんですけど!? えっと、とりあえず監視みたいなのはついてないみたいです』
目下重要なのはここだ。四六時中監視がついてたんじゃたまらんからな……。なのでイロハに調べさせていた訳だ。しかしまた捕捉されたときどうするか。
いや待てよ。イロハが出し抜かれてるだけな線もあるな。つまり最悪の場合、今も見張られてる可能性が……。
どう対処するか悩んでいるとコトノハが勢いよく手を挙げる。
「あ、お姉ちゃんそーゆーの得意!」
「ん?」
「要は見つからなければいいのよね? なら得意分野よ!」
「あぁ、姿を隠すのはお手の物だったな」
『レストさんが鎌をかけて見破った時のアレですね』
離れに潜んでいた時のことか。
完全に消えてたからな……。まぁ絶対にあの場にいると踏んでいた俺には無効だったけども。
「そ、そんなこともあったわねぇ」
「主な用途はそれなのでは?」
「なんのことかしら。まぁその件は置いといて。実は今も、皆に穏形術を使ってるのよ?」
「ほう……そういうところは抜け目ないなぁ」
「えへへ……でしょー?」
褒めてないんだよなぁ……まぁそれはそれとして、だ。
あのラスボス(仮)は恐らく当分仕掛けてこないだろうが、親父さんがいない今、可能なら魔獣との戦闘も避けたいところ。
なので、もしコトノハが同行してくれるなら助かるのは間違いない。
それにリシアとクロエがダウンしてるという、かなり逼迫した状況もある。この森がそれなりに安全なのは不幸中の幸いと言ったところ──いや、邪魔が入らない場所としてここを選んで接触してきた、か?
俺がそんな思考をしている間に調子に乗ったコトノハが押せ押せとばかりに畳み掛けてくる。
「コトノハがいると旅が楽になると思うんだけどなー」
「……」
「今なら尻尾をいつでも好きに出来る権利もプレゼントよ!」
「……」
「レストさん……?」
「……」
何も答えない俺に業を煮やしたのか、コトノハはスッと目を細めると、
「連れていってくれないなら里に戻って、レストさんに無理矢理手籠めにされたって触れ回るかも?」
「やめて」
まさかの脅迫という手段に訴えてきた。
やれやれ……。
まぁ本人が乗り気だし、無理に拒絶する理由もないか。
「……よし、決めた」
「え?」
『ついに決断されましたか……』
「おまえ絶対ノリで言ってるだけだろ」
俺は疑問符を浮かべるコトノハと適当なことを抜かすイロハを放置してインカムを取り出す。
「一応確認だが、俺たちの存在は穏形術とやらで隠蔽されてるんだよな?」
「それはもうバッチリよ! だけどそんなものを取り出してどうするのかしら……?」
強制送還を懸念し警戒感を滲ませるコトノハには取り合わず、俺はイロハにも確認をとる。
「この遺物で連絡を取った場合、傍受される可能性はあるか?」
『いえ、これは固有のナノエフェクトを使用するタイプなので平気だと思います』
ふむ……要するに暗号通信みたいなものだろうか。
まぁ聞かれる心配がないならなんでもいい。
話の内容から里との関係がバレるとこちらの弱味になりかねないし、何より単純に迷惑がかかるからな……。
「わかった」
それだけ聞くと俺はインカムを操作してイブキさんに連絡を取る。
するとかなり余裕のない感じのイブキさんが、
「あ、レスト君! 丁度こちらから連絡しようと思ってたところだよ!」
そんな風にまくし立ててきた。
用件は……聞くまでもないな。
「……コトノハの件ですね」
「!! まさかレスト君は相手の思考が読め──」
「こんなときにボケなくていいですから……」
余裕があるのかないのかハッキリして欲しい。
「あはは。これはもう習性みたいなものだからね。でも、すぐにそう切り出してきたってことは……」
「お察しの通りです。今、隣にいますよ」
こちらを必死に拝んでくるコトノハを横目に答える。
それを聞いたイブキさんは、盛大に溜め息をつくと、
「はぁ……やっぱりかー。悪いけど、すぐに帰るように説得してもらえるかい?」
想定通りの頼みをしてきた。
「それなんですが……」
「ん? あー、簡単には聞き入れないのはわかってるよ……手間をかけて申し訳無い」
「いえ、謝るのはこちらの方です」
「へ?」
俺は覚悟を決めて切り出す。
「コトノハをこのままつれて行こうと思っています」
隣と遺物の双方から驚愕する気配が伝わる。
「……! もしかして脅迫された?」
真っ先に出てくるのがそれかー……。
「されましたね。けど、それが理由ではないです。詳しい説明は落ち着ける場所で、リシアとクロエが目を覚ましてからしますが──」
「なるほど。襲撃を受けたんだね……? それでコトノハの力が必要になったって所かな」
「話が早くて助かります。どうも目をつけられたらしく、思った以上に危険な旅路になりそうなもので」
そんな旅に娘を付き合わせる訳なので、やはり謝るべきはこちらだろう。……例え発端がコトノハの押し掛けだったとしても。
「そういう理由じゃ仕方ない、か。あー祭祀を僕だけでやるの面倒だなぁ……」
「……」
うーんこの父娘は……。
イブキさんはしばらく考え込んだ後、
「まぁ了解だよ。落ち着いたら詳しい説明をよろしくね!」
「わかりました。それと、無理を言ってすいません」
「最初に無理を言ったのはコトノハだろうし、気にしなくていいよ。ではまた後でね」
イブキさんとの会話を終えた俺は遺物をしまい、コトノハに向き直る。
「って訳で、これからよろしくな」
そう声を掛けると、コトノハはとても眩しい笑顔で、
「えぇ、よろしくね! リシアちゃんより役に立って見せるから!」
物凄い対抗意識を感じさせることを言い放った。
『喧嘩するほどってやつなんですかね……』
「それかライバル的な感じか? ……さっぱりわからん」
こうしてコトノハが同行することが決まった。
リシアとクロエの預かり知らぬ所で……。
まぁ気絶してるからね。仕方ないね。




