人と獣、その境界
あの握手(?)の後の微妙な空気を破ったのは「……そういうことは、早く言って」と言うリシアの地の底から響くような声だった。
それから即座に洞窟の奥に駆けて行く子い……子狼。謎のプレッシャーが洞窟の奥から放たれる中、戦々恐々としながら待っていると、数分で戻ってきた。
因みに体感的な時間との差異は膨大な模様。
「父さんを問い詰めてきた」
「そ、そうか……親父さんはなんて?」
俺が軽く怯えているのを感じ取ったのか、リシアは溜息を一つ吐き普段の調子に戻ってくれた。
大人しい奴を怒らせるとシャレにならない。
数少ない二次元、三次元問わず通じる世界の法則。その一つである。
「魔術的素養がないから、パスを開く度に負荷が掛かる。それが頭痛の正体だろう、って」
「あーそういう……あれ? じゃあずっと痛いまま!?」
「訓練して魔力が増えれば、会話くらいなら、問題なく出来るようになるって」
割と深刻な事実が判明した。
しばらくはこのままって事ね……つれえわ。
「てか俺が親父さんに直接聞いた方が早いんじゃない?」
伝聞口調でリシア本人は詳しく無さそうだし、正直説明に向いてるタイプではないのがさっきまでの会話でわかったというのもある。
疑問点を一つ聞けば、新たに二つ三つと増える事は想像に難くない。
リシアと話せるなら、当然親父さんとも話せるに違いない。
そう俺は考えた訳だが、どこまでもこの世界は甘く無かった。
「私と話しても軽い頭痛で済むのは、私とのパスが一時的に大きくなってるからみたい。昨日父さんが話しかけたら気絶したらしいけど、それでも話してみる……?」
「……リシアさん、説明の続きをよろしくお願いします」
何故リシアとのパスが……って憑依くらいしか思いつかんな。
それはいいが話さなかったんじゃなく、話せなかったのか……。
しかし気絶って……もしや昨日の最後の頭痛、副作用かと思ってたが、親父さんに声掛けられたから!?
あんなもん何度も食らったら、最悪狂ったり廃人になったりするぞ……。
「てか今更だけどアレが親父さんだと、何故起こしてくれた時に教えてくれなかったのかと」
「どういう人間か見極めるまで、この件に関しては、何も喋るなって……」
そうか、警戒されてたからか。……考えて見れば当然過ぎる。
リシアを助けたとはいえ、俺は異種族であり、どこまでも部外者だ。
本来なら問答無用で排除されて然るべき存在だろう。
温情をかけてもらえただけ、感謝すべきだったと反省する。
「責めるような言い方になってごめん。色々配慮してくれて助かる」
しかしこうして話してる以上、一定の信頼は得られたのか……?
何故だ……どこにフラグが。泉でリシアを助けた事とか? わからぬ。
「気にしなくていい。私としては昨日の時点で、平気だと思ってた。だから化身してまで、守ろうとした」
俺が謝ると、リシアは若干照れたような口調で、とても意味深な事を言う。
化身ってのは、多分憑依と勝手に呼んでたアレだろう。それはいい……“してまで”ってのはどういう意味だろう。
またでいいか、なんて後回しが許される物では無い気がする。
嫌な予感に急かされるように、リシアに疑問を投げる。
「あの、リシアさん……化身って、結局なんなのでしょうか……?」
「遠い昔、私達が神として祀られ、人間と共に生きた時代。婚姻の証にして、守護者への力の譲渡に用いられてた二つの秘儀の片割れ……らしい。使うとその相手に最適化されて、他の人には二度と使えないとも。それ以上詳しい事は、時が来たら話すと言われた」
異類婚姻譚だこれー!? やっぱり大事な説明に入る事なんじゃないですかね! 動物は好きだが、獣姦の趣味は二次元ですら無いんだけど。あ、でもEV同士のは嫌いじゃ無いな。うん、どうでもいい……。
しかしチートはないくせに、無駄なテンプレは抑えてきやがるなこの世界!
いや超強化はされたし一応チート、か? 他力本願この上ないし、副作用も酷いので心情的には納得しかねるが。
とりあえず一番気になることを聞く。
「婚姻ってのはつまり、もう俺達は夫婦ってこと、か……?」
「ううん、もう一つの秘儀も使わないと成立しないみたい。今では完全に廃れてるみたいだし、私が勝手にやった事。だからレストは、何も気にする必要はない」
そっかーじゃあ別に気にしなくていいな! ……なんてことをほざける鉄の心臓は当然持ってない。
何がヤバイって、他の人には使えないってのがヤバイ。
半分しか条件を満たしてないなら別にいいよねってのは、人としてどうかと思う。
てかその時代には離婚とか無かったのかよ! 違う、どうする責任取らなきゃ……? この場合俺の取るべき行動はなんだ!?
まさか異世界で、人間と関わらなくていいとなった途端に人付き合いを怠ってたツケを支払う羽目になるとは……なんと言う皮肉。
結局俺の口から出たのは、こんな当たり障りのない、どうでもいい言葉だった。
「えっと……よくそんな廃れた物のやり方知ってたね?」
詳しい事は今聞いたと言う口振りなのに、何故そんな秘儀のやり方を知ってたのかと思ったら。
「子供の頃友達に、教えて貰った。昔はこうやって人と結婚して、旦那様を強くしてたんだよーって。あの時それを、咄嗟に思い出したの。詳しい内容は、さっき父さんに教えてもらったんだけど」
命が助かった訳だし、俺はその友達とやらに感謝すべきなんだろう。けど、もしも会う機会があったなら、感謝の言葉と共に恨み言も言わせてもらおうと決意する。
ってそんな事はどうでもいいんだ。重要な事じゃない。
意を決して、一番大事なとこに切り込む。
「一回しか出来ないって事は、リシアはもう結婚出来ないって事だよね……?」
「別に人間としないなら、特に問題は無いよ?」
「あっ……………」
アホかぁぁぁぁ!! 一人で泡食って間抜けにも程がある! これでは道化だよ。
いやまだだ、まだバレてないはず。落ち着け……なんとかこの場をやり過ごすんだ……!
「ふふっ……真剣に考えてくれたみたいだね? 結構嬉しかったよ。本当にレストとってのも、悪く無いかも?」
バレてるし!! ってか弄ばれた!? おのれ……天使改め小悪魔め。
これは報復せねばなるまい。今に見ておれと心の中で呟く。
「本気で焦ったわ……リシアの事は好きだけど、獣姦は流石に……」
「好っ!? それに獣……って何言ってるの……!」
反応が可愛い。セクハラな気もしたがここに司法はない! ふはは!
いやこれ以上はしないけどね?
「もしそうなっても、もう一つの秘儀を使えれば、私が人化出来るし、そんな事にはならないから……!」
「ほう、人化とな……」
そうか、人が獣になれるなら、獣が人になれたっておかしくないな!(感覚麻痺)
真面目に考えるなら"そういう事"をする為なのだろう。
「私が人化すれば、昨日のレストみたいになる、はず。今のレストは全く魔力が無いから無理だけど……」
「昨日とは逆に、俺がリシアに力を貸す感じか……今は俺が一方的にリシアに借りてる立場な訳ね」
素養が無いなら当然、魔力が無いのも道理だろう。
つまりリシアの人化は拝めないのか……ちょっと見てみたかったなぁ。可愛いんだろうなぁ。
なんて邪な思考を読まれたのか、真剣な眼差しでジッと見つめられる。
「私が人化したとこ、見たかった?」
「え、そりゃ今とは違うベクトルで、凄く可愛いだろうし見れるものなら……」
いきなりな質問に思わず本心がこぼれたが、これではまるで口説いてるようだと気付き慌てる。
……人化させたら婚姻の条件、満たしちゃうじゃん!
「ふふっ、訓練頑張ってね? 楽しみに待ってるから」
何これ妖艶可愛い! 見た目子犬なのに!! でもこれは惚れても許されるのでは?
懐いてくれてて脈アリっぽいし、マジで頑張ろうかな……そう真剣に検討し出した辺りで気付く。
いや親父さんに殺される可能性あるわ……やっぱ保留にしとこう。
「まだ体が本調子じゃ無いよね? 明日から訓練するとして、今日は休もう。父さんが洞窟の奥で狩りをしてるはずだから、とりあえずレストが持ってた食料でも食べて待ってて」
言われるまで飯の事など全く意識していなかった。
そういや今日は何も食ってない。てかコンビニ袋も一緒に拾ってくれてたのね親父さん……。
……ん? 洞窟の奥に魔獣いるの!? そんなとこ拠点にして……ってそうか、結界か。
便利だなぁ、俺も使えるようになれたりするのかね?
そんな事を考えながら、リシアに先導されて洞窟に戻った。
プロローグが終わりだと言ったな、あれは嘘だ。
プロットも書かずに、好きな事を書き散らしてる報いをそろそろ受けそう……と言うか受けた。
致命的な矛盾があったら、こっそり教えて欲しいです、割とガチで。




