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黒猫の杞憂

 誰かが部屋を出ていく気配を感じる。

 それが妙に気になり寝床から這い出て辺りを見回す。

 薄い闇に満たされた室内。恐らく夜明けはもう少し先だろう。

 リシアは俺の寝床で丸くなっておりイロハは部屋の隅に鎮座している。しかし本来あるべきもう一匹の姿が見えない。

 気配の主に当たりをつけ部屋を出る。

 すると程なく縁側に佇み夜空を見上げるクロエを見つけた。


「眠れないのか?」


 そう声をかけながら隣に腰を下ろす。


「うん……少し、ね」

 

 クロエはこちらを一瞥しそう告げると視線を戻してそれきり黙り込む。

 秘儀の直後のテンションはすっかり鳴りを潜め物憂げな様子のクロエ。何と続けるべきかとしばらく思考を巡らせていると、意外にもクロエの方から話を振ってくる。


「アンタって結構……いや、相当面倒な性格してるわよね」

「唐突だな……」

「そうでもないでしょ。アタシはアンタの過去をさっきまで覗いてた訳だしね」


 ……完全に失念していた。そうだよそれがあったよ! 何故あれほどリシアの時に酷い目に遭って忘れていたのか。せめてクロエの過去を見たときに思い出せよ……!!


「……後生だからあんま見ないで貰えるかな?」

「お断りよ。と言うより手遅れと言った方が正しいかしら?」


 少しだけいつもの様子に戻ったクロエが楽しげに尻尾を揺らす。


「これが、定めか……」

「大袈裟ね。大体アタシの過去をアンタも見たんでしょ?」

「お互い様と言いたいならそいつは違うぞ!」

「そう?」

「そうだよ! リシアもだが見られて恥ずかしい過去の量が桁違いだろうが!!」


 そう俺が力説するもどこ吹く風のクロエ。まぁ猫って怒られてもこんな感じだよね……等と思っていると、


「悪かったわよ。でも……必要なことだったの。気分転換も兼ねて、ね」


 存外すんなり謝ってきた。

 拍子抜けさせられたがやられっぱなしも癪なので一応反撃はしておく。


「……ふーん。まぁいいけど。ワガママ姫様のすることだし」


 そんな風にちょっとした意趣返しをしてみたが、予想に反していつものような応酬は始まらない。代わりに本題とでも言うべき言葉をクロエが放つ。


「アタシはアンタを復讐に巻き込む事になるわ」

「……そうだな」

「ただでさえリシアの事もあるのに、不馴れな環境で色々背負って平気なの?」

「珍しく踏み込んでくるな」

「大事な事だから避けては通れないわ。今ならまだ「もう決めたよ」


 俺は発言に被せるように意思を伝える。

 クロエとは短い付き合いだし特別な感情があるわけではない。

 しかしこのまま別れて万が一死なれた場合……俺は間違いなく後悔するだろう。つまりこれは俺自身のためでもあるのだ。

 それをハッキリとクロエに伝えた。自分のためでもある。気にしなくていい、と。

 それを聞いたクロエは色んな感情がないまぜになった瞳で俺を見つめる。


「そっか。なら遠慮はいらないわね! 全力でアタシの復讐をサポートするのよ!」

「待てこら。誰もそこまでするとは言ってねえよ!!」


 恐らく冗談だろうが言質を取られてもたまらないので釘を刺す。

 するとクロエは笑いながら、


「なんてね。そっちはアタシが自分で片をつけるわ」

「まぁクロエならそうするだろうな」


 こいつは妙なところで俺と似ているから。

 誰かを頼る事を忌避している節がある。過去では姫としてやりたい放題していた一端を垣間見たが、恐らく襲撃を受けて一人逃がされ慣れない旅をしている内にこうなったのだろう。


「それにしてもアンタ、復讐は良くないとか言って止めてきたりはしないのね」

「止めて欲しいのか?」

「まさか。それに止められても聞かないわよ」

「だろうな。止めても無駄だろうし、何よりそれが自身にとって必要だと思ったんだろ? なら俺はその意思を尊重するよ」

「……ありがと」

「それに、だ。魔術を使う集団。親父さんの件といいどうも他人事でもない気がするしな」


 これは勘だが白狼族の群れを襲った魔獣にも関わっているのではなかろうか……

 一連の事象に何らかの作為みたいなものを感じるのは俺が厨二を患ってるからか?


「アンタ本当は厄介事とか嫌いなのに……大変ねぇ」

「おいそれはおまえが言っていいセリフじゃねーよ!」

「多分コトノハも同じこと言うわよ」

「確かにあいつなら言いかねんし一応は言える立場にある。けど言ったらタダじゃ済まさん」

「レストってば容赦なーい」


 棒読みのセリフを笑いながら口にするクロエ。

 どうやら元気になってくれたらしい。俺やリシアを巻き込む事を気に病んでたっぽいしな……ってあれ? こいつリシアについては触れてないぞ?


「そいやクロエ。俺はいいがリシアに対しては何かないの?」

「何かって?」


 本気でわからないといった顔のクロエ。


「いや負い目みたいな……」

「無いわよ。もうそっちの話は済んでるから」

「いつだよ!? 秘義終わったのさっきだぞ!!」


 寝るまでそんな暇無かっただろと全力で突っ込む。


「訓練中に、ね。細かい事情は伏せた上で色々話したから」

「あぁ……その辺まで話してあったのか。そしてその上でリシアは許可したと」

「そゆこと」


 いつの間にか親友みたいになってるようで何よりだよ。

 蚊帳の外で結構な疎外感あるけどな!


「ちなみに他にどんな話をしたかとかは……」

「教えると思う?」


 知ってた。まぁ野郎が立ち入れない話があるのだろう。多分。


「そいやクロエはこれから行く宛とかあったの?」

「うーん……頼みの綱の遺物もダメだったし特にないわね」

「この泥棒猫は……まぁいい。その辺は明日全員でだな」

「そうね、段々眠くなってきちゃったわ」

「まだ深夜だろうし、もう一眠りすっかね……」


 そう言って立ち上がろうとした時。

 何を思ったのか突然クロエが人化して俺の前に立ち、肩に手を置いてキスをしてきた。


「!!!?」

「えへへ……ありがとね。レストのお陰で暗い気分が吹き飛んだわ! これはそのお礼よ。ありがたく思いなさい!」


 クロエはそう早口にまくしたてると人化を解き、一瞬で視界の外に消えてしまった。

 ……あんにゃろう。リシア同様余計な知恵をつけおって。俺の記憶かコトノハの仕業か、はたまたイロハのデータか知らんが、何かの入れ知恵による行動に違いない。まぁ嬉しかったけども!!

 そんな事を考えながら部屋に戻るとクロエは既にリシアの隣で寝息を立てていた。いつかのように狸寝入りな可能性も高いのだが……わざわざそれを暴くような真似はせず自身も寝床に戻る。


「おやすみ、クロエ」


 返事はない。そう声をかけられたクロエの尻尾が微かに動いた気もするがそれには触れずに、先行きに思いを馳せながら俺は意識を手放した。




覚えてる人とかいらっしゃるんですかね……

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