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再度、境界が交わる時

 リシアによる容赦のない説教(物理)を受けた翌日、今だその痕跡が微かに残る道場にて、俺は皆が見守る中でクロエに人化を試みている。

 一応腕輪による効果でリシア以外との秘儀が可能なのはわかっているし、実際に化身出来たので平気とは思うのだが念のため、リシアとイロハだけでなくイブキさんや親父さん、それにコトノハにも待機してもらってる訳だ。


 まぁ金狐親子に関しては、単純に秘儀が珍しい物なので興味本意という理由もかなりありそうーーというか、コトノハ辺りは間違いなくそれが主だろう。

 昨日の件ーーリシアに協力して俺とクロエの逃亡を阻止した理由にしても「そっちの方が面白そうだったから」なんて酷いものだったし……。

 俺がそんな風に回想していたら、


「何を考えてるか大体分かるけど、今はアタシだけに集中しなさいよね」


 と、クロエに咎められた。

 実際その通りなので特に反論せず、素直に集中する。


 ……魔術が発動する手応えのような物を感じる。

 全く問題はなさそうだなと安堵しかけたところで、完全に失念していた事実に思い至る。


 リシアにかけた人化により、既に狼と混じっている俺だが……クロエに人化を施すことにより、さらに猫も混じるのか……?

 いやまぁ、色んな意味で今更ではあるのだが。

 既に人化をかける事は了承しているし、この場に及んでやっぱり辞めますはありえない。

 そしてそれ以前の問題として、もう発動済みなのでキャンセルは効かない。


 以前人化を使ったときにもあった、不完全だった物があるべき形へと至るような感覚。そして遠くなる意識。

 そういやこれも忘れてたなという思いを最後に、俺は意識を手放した。




 そこは針葉樹らしき木に覆われた山の中だった。

 辺りには黒猫族、らしき物が思い思いに寛いでいる。

 ……何故黒猫族と断定しなかったのかーーその理由は彼らの体躯にある。

 どう見ても大型の肉食獣、豹の類いにしか思えないのだ。

 正直猫と言われて出てきた物がこれなら、詐欺で訴えるレベル。

 自身が本当にこの場に居るわけではないと分かっていても、檻に入っていない黒豹の群れに囲まれているこの状況は、全然落ち着けない……。


 さて、リシアの時と同じであるならここは間違いなくクロエの心証風景だと思われるが、肝心のクロエの姿が見当たらない。

 どこにいるんだと見回してみると、黒い子猫が一際大きな黒豹に攻撃しているという異様な光景が目についた。


「グレイス! アタシは退屈なの!! 何か暇を潰せるものをすぐに用意しなさい! これは姫であるアタシの命令よ!」


 そう叫びながら、グレイスと呼ばれた黒豹に猫パンチを繰り返す子猫。


「姫様……突然その様に申されましても。この前金狐族の客人から貰った人形はどうされたのですか?」

「あれは寝床に飾ってあるわ。それより何か新しい物が欲しいの!」

「これは参りましたなぁ……王がいれば姫の相手をお任せするところですが……」


 ……うん、大体わかった。

 まずあのワガママプリンセスの名を欲しいままに出来そうなのがクロエだ。

 そして相手をしているのは恐らく執事的な存在だと思われる。

 さらっと王がいれば押し付ける的な事を言っていたので、多分その口調通りのただ優しいだけの存在ではないんだろうなぁ……。


 それにしてもだ。黒猫族といい白狼族といい、何故こうも子供と大人で体格差があるのだろうか。リシアやクロエも時が経てばこうなるのか? 金狐族はほぼ体格差が無いんだが、謎だ。

 しかしただでさえ魔術のせいで敵わないのに、あの二人がこの大きさになったら手も足も出ないのは想像に難くない。

 予想が正しかった場合に訪れるであろう事態に一人戦慄していると、以前と同じように何の予兆もなく元の場所に戻った。


 その瞬間、かつて起こった惨事が脳裏を過る。ある意味最も重大な事を忘れていた……! そう、人化した時リシアは、何も着ていなかったという事実を……。

 目の前の存在を認識する前に速攻でブラインドを発動して、完全に包み込む。

 特に最近魔術を使ったりしていないが、恐ろしく早く使えた。腕輪の力だろう。色々言いたいことはあるが、今は有難い。


「ちょっと! なによこれ!! 人化ってこうなるのが普通なの……!?」


 んな訳ない。が、こうするしか無かったのだ。

 ここで全裸のクロエが現れた場合、まぁ控えめに言っても歓迎すべき事態にはなるまい。

 混乱しているクロエには申し訳無いが、服を作る時間を稼ぐ必要があったのだ。許せ……。

 背の高さから大まかに判断して、ブラインドの内部に黒いワンピースを生成する。

 黒なのは黒猫だからという、死ぬほど安直な理由からだ。いや、さっきの記憶からして黒豹なのか? でも白狼族と違って黒豹族じゃないし、クロエは猫扱いでも怒らないんだよなぁ……。

 ってそんなことはいい。早くクロエに状況を伝えねば。


「クロエ! 人化したなら服が無いと不味いのは……分かるよな? ブラインドの中に服を生成したから、まずそれを着てくれ。話はそれからだ」


 そう伝えると事態を把握したのか、クロエを包んだ布から衣擦れの音が聞こえてきた。

 リシアとは違い、恥じらいがあって助かった……。

 まぁギリギリで機転を利かせなかった場合、その恥じらいのせいで酷い目にあっていた可能性もあるのだが。


「……着終えたから、これ消してもらえる?」


 クロエの何とも形容し難い声が聞こえたので、急いでブラインドを消す。

 そして現れたのは、予想通りの獣耳美少女だった。

 リシアやコトノハと違い、肩辺りまでしかない髪は夜を思わせる綺麗な黒。肌は髪とは裏腹に真っ白で、その瞳も意外な事にツンデレ特有のツリ目では無かった。ただし強烈な意思の強さを感じたが。

 リシアより幾分小柄な身体を一生懸命に確認する姿は、率直に言ってとても可愛い。抱き締めたい。

 そんな風に思っていたら、まさか思考を読んだ訳ではあるまいが、クロエの方から抱き着いてくる。


「ありがとうレスト! それにしても人間の身体って思ったより快適なのね。悪くない気分だわ」

「そら良かったな。次から自身で出来るが、そん時は服もちゃんと魔術で作れよ?」


 珍しくストレートな感謝をされるが、続く言葉はまぁいつもの素直じゃないクロエらしい物だった。

 ただし気が抜けているのか、尻尾が思いっきり反応している。尾は口ほどに物を言うといった感じ。

 しかしまぁ抱きつかれる前から分かっていたが、リシア以上に平たいなぁ……。

 いや個人的には全然構わないどころか、むしろ好ましいのだが。……でもいつかこの件で絶対一悶着あるんだろうなぁ。

 そんな事を考えていると、イブキさんがこちらに歩いてくる。


「いやぁ中々レアな物が観れて嬉しいよ! ただ……一つ言わせて貰うなら、何故クロエちゃんを魔術で覆ってしまったんだい? そのせいでじっくり見え……」


 そこまで言ったイブキさんは、死角より飛来した謎のエネルギー体を食らい、道場の壁を突き破って何処かへ消えてしまった。

 俺がドン引きしていると、前足を突き出した親父さんがまるで何事も無かったかのように口を開く。


「無事に成功したようだな。とは言えだ、ただでさえ珍しい秘儀に前例の無い二重使用だ。何があるか分からんから、異常を感じたらすぐに伝えるようにな」


 それだけ言うと、親父さんがいきなり道場の壁を叩く。

 何をしてるんだと思っていたら何かの機械音が響き、床がスライドして地下への入り口が現れた。

 あぁ、私室ってそういう秘密基地みたいな入り方なのね……。

 思えばセンターの入り口が現れた時も、親父さんはあまり驚いていなかった。そりゃ自身の部屋がそんな仕掛けなら驚きもしまい。

 一人納得していると、リシアとコトノハ、それにイロハが話しかけてくる。


「……いつまでくっついてるの?」

「凄いわねぇ……魔術が不得手な黒猫族まで人化出来ちゃうなんて。どんな感じか知りたいから、コトノハにもかけて貰えないかしら?」

『いやぁ興味深いですね! ナノエ「おう、それ以上余計な事を抜かすのはよせ」


 三人の会話を同時に聞けるか、とか。誰もクロエにブラインドをかけた事は突っ込まなかったな、なんて事を思った。が、それより優先すべきはイロハの口を封じる事だった。

 一応伏せるって話したろうがこのアホは!

 そしてリシアの機嫌がこれ以上悪化しない内にクロエに離れてもらう。

 最後にコトノハに「いや、かけないからね?」としっかり釘を刺すことも忘れない。


 ……なんだかんだで全部聞けてたな。狼と猫が混ざって脳の処理能力も向上してたりするのかしら。

 しかしコトノハは興味が勝ったのか、割と普通に接してきたな。このままあの件は忘却の彼方に葬られてくれればいいんだけど。


 そんな事を思いながら三人と一体の相手をしている内に、気付いたらその日は終わっていた。





その内二連投稿して遅れを……

なんか叶いそうも無い気がするけど

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