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子犬改め

「父さんから、色々説明するように言われた」


 子犬の第一声がそれだった。

 昨日と同じ声だが脳内に直接響いていたあの時とは違い、今は普通に話してるように聞こえる。どちらにせよ頭痛はするが……。


 ちなみに俺がそれを聞いて最初に抱いた感想は「マジで親子なんだ」という物だった。だって共通点はあれど大きさが……ってそれはもういい。


 目の前の子犬はそのままで昨日のように消えたりせず、俺の体にも頭痛以外の異変は無い。

 憑依しなくとも普通に話せるんかい! 獣耳尻尾にならずに済むのは大変有難いが。


「でもその前に、まずはお礼を。昨日は二度も助けてくれてありがとう。後……その、足を噛んでしまってごめんなさい」

「いやいや割と自分本位な理由だったし、噛まれたのも俺が不用意だったせいだから……」


 利口に生きるならここで恩に着せて、交渉を有利にすべきだったのかも知れない。

 でも俺は、どうしてもそんな賢しい真似を子犬に対してする気にはならなかったので、全て本音で話そうと勝手に決意する。


「美味しい食べ物を分けてくれた事も、とても感謝してる」


 声にさっきより喜色が滲んでいる、ような。なんだろう……助けたことよりサラミのが好感度アップに貢献してる感が。

 いや、うん……穿った見方し過ぎだよね。でもこの件は詮索しないでおこう。

 知らなくていい事は世の中に存外多いものである。


「それで説明だけど、その前に、貴方はどうしたい?」

「えっと、どうしたいとは?」


 オウム返しでバカっぽさがヤバイが、実際わかんないからね、仕方ないね。

 ……子犬の言葉が足りてないってのも大いにあるけどな。


「近くの人里に行くか、ここで暮らすか。父さんの許可は取ってあるから、好きな方を選んで」


 あーはいはい……そゆことね。

 もしお別れになるなら機密保持的な感じで、余計な説明は出来ないってことだろう。

 子犬はどこまでも真摯な態度で俺に告げる。


「もし人里に行くなら、近くまでは父さんが送ってくれる」


 そこまで言って、少し悲しげに俯く。


「でもその場合、何も教えて上げられないし、恩返しも出来ない……」


 まぁそうなるな。

 何かの掟か、生存競争かは分からないが、余所者に情報与えても失うものはあれど得るものなど何も無い。

 しかし恩返し、か。……あまり大げさに受け止めて欲しくはないんだが。

 助けられたのは、どう考えてもこちら側なのだから。


「それに昨日、私を庇ったせいで、人間と敵対する事になった。化身した姿も見られてる……正直お勧め出来ない」


 勝手に憑依と呼んでいたあれは、正しくは化身と言うことが分かった。

 王族なら無制限で使えてバランスぶっ壊れそう(ゲーマー並の感想)

 というか敵対したのは子犬のせいってだけではないんだが……言っても理解はされない気がする。


「ここで暮らすなら、話せることは全部話す」


 話せることは、ね……誠実だなぁ。

 安易に全て話すなんて言わないところに好感を覚える。

 人間も見習って、どうぞ。


「私としては、貴方に恩返しがしたい、から、出来ればここに居て欲しい」


 目の前の子犬はそう言うと一拍置いてから、


「すぐに決められないなら……」

「わかった、お世話になるからよろしく頼むよ」

「キャゥン!?」


 子犬が驚愕の声を上げる。

 あ、やっぱ発声による会話はではないのね。

 しかしどうでもいいが、話してる時と子犬時の行動のギャップが凄い……。

 端的に言って変な犬だ。会話出来たり化身なんて事を出来る時点で今更な話ではあるけど。


「……貴方は変わっている。異界の迷い人だから? それとも貴方だから?」


 変な犬扱いしたら、間髪入れず変人扱いされたんだけど。

 新たな謎ワードが出てきたが、多分……いや間違いなく後者だろう。

 他人に干渉されたくないと思う奴は、いくらでもいる。

 でもその為に、ほぼ全ての人間と距離を置く奴は、そうはいない。


「その異界の迷い人ってのは?」


 まぁ正直お察しだが、一応聞く。


「えっと……位相のズレによって、発生した歪みに巻き込まれた転移者? って父さんが言ってた」


 なるほど、わからん。

 思ったより難解だった。似たような設定なら、二次元で腐る程見てはいるが。

 このコも受け売りで言ってる感じだから、多分詳しくはわかってない。

 子犬が複雑な表情で、躊躇いがちに言う。


「……意図的に起こせるものじゃないから、元の世界に帰るのは難しいとも、言ってた」


 うん、お約束だね。

 まぁゲームや読書が出来ないのはキツイけれど、それ以外に帰りたい理由も無いので案外精神ダメージは少ない。

 ある程度予想出来ていたというのも大きいだろうが。


 とは言えこれで自宅に、俺の帰りを待つペットでもいようものなら、意地でも帰ろうとしたであろう事は想像に難くない。

 幸か不幸か……いやこの状況だし幸だな。住んでるアパートがペット禁止であり、帰宅を待つ愛犬も愛猫も居ない。……え? 人間? ハッハッハ、ご冗談を。


 俺の沈黙を帰れないショックのせいかと思ったのか、子犬が頭を擦り付けてくる。


「私が側にいるから……寂しい想いはさせないから、元気出して」

「別に落ち込んでた訳じゃ……いや、ありがとな……」


 頭を撫でてやると、気持ちよさそうに目を細める。

 二次元でしか見た事無い、天使みたいなコ!

 こんな事言ってくれる人間がリアルに居たら………詐欺を疑うだけだな。

 ブレない人間不信。


 ひとしきり撫でていると、我に返ったように顔を上げて元の位置に戻り、何事も無かったかのように説明を再開する子犬。

 ……いや今更すました顔して取り繕っても、色々手遅れなんですが。

 今日だけでも水没とか抱っこ強要とかあったし。


「……ここで暮らす上で、重要な事を教える」

「あ、はい。お願いします」


 微妙に咎めるような目をしてらっしゃる。……これは考えてる事が読まれましたね。

 でもさっきまでも、結構怒られそうなこと考えてたが、特に非難されていない。

 化身時ほどリンクしてないから、思考までは読めないとかだろうか。直感だが当たっている気がする。

 というかそうでなければ困る。相手が人間でないとはいえ四六時中思考を読まれるのは流石にキツすぎる……。

 バイクと旅する話でそんなのあったな。と、そんなどうでもいい事を思い出す。


「まずこの周囲には、結界が張ってある。許可された生き物以外は、どうやっても進めないようになってるから、結界内は安全」

「おぉ……結界なんてのもあるのか。それは親父さんが張ってるの?」

「そう。それで結界の外だけど、危険な魔獣や動物が沢山いるから、基本的に結界から出ないで」


 真剣な口調で注意事項を説明される。

 ………昨日その危険な魔獣や動物がいるところを、長時間彷徨った訳だが、これ九死に一生系だったりするんだろうか。

 そのあまり知りたくない答えはすぐさま得られた。


「貴方は運が良かった。異界の迷い人は、多くが死体で見つかるって、父さんから聞いた」

「……生きてるって、尊いことなんだなぁ」


 そっかー。冒険者風のおっさんと対決する以前から、とっくに危ない橋渡ってたかー。

 チートはないが、奇跡も魔法もあった模様。


「食料は結界内で取れる山菜と果物、後は父さんが結界の外で狩ってくる魔獣を食べて」


 さらっと凄いこと言われた。え? 山の幸はともかく、どんなのか知らんが魔獣食うの?  生で!?

 恐らく俺は酷い顔をしていたのだろう。申し訳無さそうに付け加えてきた。


「……魔獣は動物が魔力過多で、自我を失い凶暴化した存在。死ぬとただの動物と変わらない」

「あ、そうなのね。でもどちらにせよ、人間さんは生のお肉は……」

「父さんも私も火なら吐ける。焼けば平気だよね?」

「焼けば平気です。子犬様、お心遣い感謝いたします。」


 火……吐けるんだ。親父さんはともかく、子犬も出来るんだ。

 最悪燃やされてた可能性もあったことに動揺を隠せない。

 まぁいい……これで食料問題も平気らしいし、過ぎた事は忘れて前を向こう! 後方が地雷原過ぎるから振り返りたくない。


「……? 後は……洞窟にも別の結界が貼ってあるから、虫とかも入ってこない。問題なく眠れると思う」

 結界便利だなぁ。衣食住コンプリートだわ。……いや衣は無かったか。まぁ泉で洗ってパンイチで乾かすといった無人島生活みたいな感じでも死にはしまい。


 言葉も通じない連中に混じって不慣れな土地でストレスフルな生活するくらいなら、話せる動物とのサバイバルもどきな生活のが百倍楽しいだろう。かなり本気でそう思う。

 俺が元の世界の文明圏で生きていたのは、趣味があったからだ。それが得られないならサバイバル上等の精神。


「これで一応、大事な説明は終わり。けど、最後に一つ、言いたい事がある」


 あれ? まだ化身についてとか聞いてないんだけど、それは大事な説明には入らないんですかね……?

 まぁ軽いとは言え、頭痛で地味に精神削られてるからまたでいいか……などと考えていたら、丁寧ながらとても力のこもった声で子犬が告げる。


「私は狼だし、リシアって名前もある。子犬呼ばわりは、やめてほしい」

「はい、本当にすいませんでした。以後気をつけます!」


 謎の気迫に恐怖を覚えた俺は、我知らず丁寧語で謝罪の言葉を吐いていた。

 そいや後で文句言うって言ってたな……今思い出したわ。

 親父さんが狼なんだから、そら子供も狼に決まってるよね。


 しかし恐ろしい怒気だった。恩人だろうと結して譲れないモノがあると言う、そんな確固たる意志を感じた。

 二度と子犬扱いはしまい……せっかく拾った命をむざむざ捨てる理由も無いのだから。


「それで、大分遅くなったけど。貴方の名前を教えてほしい」


 そういえば自己紹介とか一切無かったもんね! 昨日はそんな余裕ゼロだったからなぁ。

 そもそも動物に自己紹介するという発想が無かった。

 リシアとしても俺がここにとどまらなければ名前さえ教える気は無かったのだろう。

 しかし偶然とはいえ、折角全てのしがらみを捨てることが出来たわけだ。

 心機一転、新たな名前でも名乗ろう! でもどうすっかな……。

 まぁやり込んでたゲームから取ればいいか。


「レストだ。俺の事はレストと呼んでくれ、リシア。これからよろしくな」

「ん、よろしくレスト。私に出来ることなら、何でも言って」


 リシアが前足をこちらに差し出す。俺はその可愛らしい前足を握りながら、こう言った。


「ならとりあえず、会話する時の頭痛を何とかして欲しいかな……」

「…………」


 凄まじく微妙な空気になった。いや地味に辛いんだよこれ……。




やっとプロローグが終わった…

初めて書いてみて、物書きの人って本当に凄いんだなぁと思いました。(小並感

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