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取り立てを迫る猫の手

 里に戻ると人化したリシアが、森との境界で出迎えてくれた。

 いつ帰るかなど分かるはずが無いのにと疑問を覚えるも、まぁいいかと流す。

 臭いか魔術か。そんなところだろう。正直そんな事に気を回す余裕はない。

 リシアはこの瞬間を待っていたんだとばかりに、こちらに駆け寄って労ってくれる。


「レスト、お帰り……! 魔獣は倒……その顔の傷は!?」

「あぁ、ただいまリシア。これはうん、色々あったんだよ……。でも何とか無事に片付いたから。心配してくれてありがとな?」


 リシアとは思えぬほど早口で告げられるその言葉には、どこまでも愛する者を案じる色しか無く、俺の返事を聞きホッとする様はその容姿を抜きにしても可愛いらしくて、見ていてとても癒される物だった。

 ここまでは。


「ところで、その抱えている猫は、……どうしたの? 色々にはそれも含まれるの? レストの顔の傷も、それの仕業なの?」


 さも今気付いたようにリシアが問いかけてくる。

 ……そんな訳がない。絶対に最初から気付いていたに決まっている。優先順位として俺への心配が上回っていたに過ぎないのだろう。

 体感温度が数度下がったような感覚に襲われる。

 ここで迂闊な選択は出来ない。一応この事態を想定した問答は帰還の道中に用意してある。

 それを使いこの難局を乗り切る……!! そう意気込み俺が言葉を発するーーその直前。


『私はその場に居なかったんですが、魔獣に襲われてる場面で颯爽と現われたレストさんが、運命的な助け方をした後、まさかの化身をして魔獣を倒したらしいですね!』


 例によって例の如く、イロハのバカがやらかした。

 体感温度がさらに下がる。

 とりあえず愚かなる応対用機械を、狼の物に変化した腕を用いて、空の彼方へ放り投げる。

 悪は滅びた。問題はこのままだと悪のみならず、俺まで滅びる可能性がある点だが……


「化身したの? 私としか出来ないはずなのに。……レストはその泥棒猫と、人化もするの?」


 感情の一切感じられない声が、俺の焦りをどこまでも加速させる。

 事態は割と最悪だ。道中に考えた策は最早使い物になるまい。

 人化もするの? という問いは意訳すると、婚姻関係になるのか、みたいな意味だろう。

 とりあえず泥棒猫扱いはスルーして、人化はしないし、化身もちょっとした行き違いと腕輪による結果である事だと説明するべく口を開こうとして、またもや遮られた。


「んん……ここ、どこ? あ、人間! そうだ、アタシはアンタと化身して……」


 クロエが起きた。このタイミングで起きてくれやがった。

 頼む余計なことを言わず、もう一度眠ってくれ……!!

 そんな俺の願いを嘲笑うかのように、クロエはしっかりと覚醒を果たす。

 そして続く言葉が、さらなる混沌を生み出す。


「なんだろう、アンタに抱かれてると……その、悪くない気分ね。好きじゃないのに、好きって感情が溢れてくる。どういう事なのかしら」


 どういう事なのか聞きたいのはこっちだよ!!

 起き抜けにとんでもない爆弾を放ってくれた黒猫は、そのまま俺の腕の中で丸くなる。

 その姿とは裏腹に発言は角が立つような物しか無かったが。

 いよいよリシアから発せられる圧力が、可視化されそうなレベルになった所で、コトノハがこちらも人化した状態で現れた。


「あら? レストさん、お帰りなさい! 随分男前な顔になってるけど、魔獣は無事に倒せた? リシアちゃんったらずーっとここで待ってたのよ? 本当に愛されてるわねぇ。あら? その腕の中の猫ちゃんはどうしたのかしら?」


 井戸端会議のおばさんがよくやる、手招きのような動作をしながらそんな事を喋り出す。

 一瞬勝手に里に入れた事を咎められるかと思ったが、そんな素振りはまるで無いので平気らしい。

 それとコトノハの言でさっきの謎が解けたが、リシアはずっと待っててくれたのか。本当に愛されている。だからこそ、この窮地があるのだが。

 するとリシアが、秘密をバラされた子供のようにコトノハに食ってかかる。


「コトノハ……。そういう事は、レストが気にするから、黙ってて……!」

「あらあら、お姉ちゃん怒られちゃったわ。まぁそれはそれとして、いつまでもこんな所で立ち話してないで、そのコも一緒に屋敷に帰りましょ? 詳しい話はその時ね」

「ここ、金狐族の里なのね……丁度いいから少し厄介になるわ。アンタ、このまま連れていってくれる?」

「君達、少し自由過ぎやしませんかね……」

「レスト……話は屋敷で、ゆっくりと、聞かせてもらう」

「あっ、はい」


 リシアの怒りを受けても柳に風といった感じに、全く意に介さず引き返していくコトノハ。

 勝手なことを言うだけ言って、腕の中から出ようとしないクロエ。

 多少コトノハのお陰で霧散したが、まだ圧を放ってくるリシア。


 この、イカれたメンバーを紹介するぜ! と言いたくなる3人と共に、森で起こった事態について話し合わなければならない。

 これから間違いなく一波乱あると思うと、このままどこか遠くに逃げたいまである。

 そんな出来るはずもない夢想をしながら全員で屋敷へと向かう足取りは、俺の物だけ異様なまでに重かった……





「お帰りレスト君! いや、君ならきっとやり遂げると思っていたよ!! ところでその黒猫族のお嬢さんは新しい客人かな?」

「よくやってくれたなレスト。こちらも徹夜の甲斐があって多少目処が立った所だ。しかし黒猫族とは珍しい……ところでまさか、それにも手を出してはいまいな? と言うのは冗談だが、本当にどうしたのだ?」

「色々ありまして……とりあえず俺の方から説明しますね」


 屋敷に着いて道場みたいな場所に入ると、追加のイカれたメンバーが本の海に溺れながら声をかけてきた。因みに顔の傷に触れてこないのは、恐らくだがこの二人にとってこの程度の生傷は負傷の内に入らないからだと思われる。

 しかしよく考えるまでもなく、屋敷に戻ればこの二人がいるのは当たり前の話である。

 当然説明する場にも同席するだろう。

 イブキさんはともかくとして、親父さんは冗談と言いつつも、その目を一瞬光らせたのを俺は見逃さなかった。

 ……最悪親父さんまでキレる可能性に至り、自身が今魔獣と対峙している時以上に、その身を危険に晒している事を自覚する。

 クロエに「森での件を説明し終えたら、そちらの事情を聞かせてくれ」と言い含めて、一歩踏み外せば審問会へと変貌しかねない恐怖の説明会を始めた。


 

「ふむ、秘儀の重複とは、一体どういう事だろう?」

「我もさっぱりわからぬ……」


 説明を終えると、狐と狼の長はクロエの存在より、秘儀そのものの方が余程気になるらしく、二人して考え込み始めた。

 リシアとコトノハは終始黙って聞いていたが、前者からはクロエに対して殺気が放たれ続け、後者からは面白い事になってきたという空気が感じられた。

 クロエは大方の事情を察してくれたのか、こちらも一切余計な事を言わず黙っていた。


「俺からは以上です。じゃあクロエ、自己紹介と何故森の中に居て魔獣に襲われてたのか、教えて貰えるか?」


 そう俺が頼むと、俺の腕の中から飛びだしたクロエが話し始める。


「アタシはクロエ。一族の……じゃなくて、ただの黒猫族のトラベラーよ! 旅をする為に一応戦闘訓練も受けているわ! 森で魔獣に襲われてたのは運が悪かったとしか言いようが無いわね。歩いていたら突然目の前に現れて、追いかけ回されたのよ」


 これを聞いてイブキさんが笑顔で物腰穏やかに質問する。

 ただし目が笑っていない。何かを見定めようとする、そんな意思を感じる。

 過去に腹芸を嗜んだ者にしか分からない、微細な変化。


「ふむ、ではクロエちゃん。何故君は森にいたんだい? あの森は金狐族の聖域で、あまり他種族が入るのは好ましいことでは無いんだけど」

「……襲われて無我夢中で逃げてる途中に、たまたま迷い込んだだけよ」


 たったこれだけの短いやりとりだが、様々な事が分かった。

 ……こいつ全然本当の事言ってねえ!!

 言い方もそうだが、それ以上に雄弁に語るものがある、尻尾だ。

 あっちこっちにフラフラさせ落ち着きの無い様子は、露骨に嘘をついている証拠だと思う。


 以前親父さんやリシアが、尻尾をまるで動かさないのを不思議に思い、理由を聞いた事がある。

 すると二人はあまりにも当たり前過ぎる事を聞かれ、困惑するような空気を滲ませながら教えてくれた。

 二人曰く、戦闘訓練を積んだ者は感情を読まれない様に、まず尻尾の制御から叩き込まれるとの事。

 それを聞き俺はなるほどと思った。感情が筒抜けなら、格下相手にも負けかねない。

 さしずめポーカーテイルと言った所だろう。


 それが全く出来ていないクロエは、少なくとも戦闘訓練は受けていない。

 一族のーーと言いかけたのも引っ掛かる。

 これは俺しか知らない事だが、最初の発言で高貴なアタシと言っていた事を加味すると、こいつは家出娘のお嬢様とか、そういうオチな気しかしない。

 しかし今の俺にそんな考察などに時間を費やす余裕が、あるはずもなかった。

 今まで黙っていたリシアが口を開く。俺はそこに開戦の狼煙が上がる幻影を見た。

 なおコトノハは最早ワクワクした様子を隠そうともしていない。他人の不幸は蜜の味を地で行く顔だ。後で必ず報復しようと思う。


「それよりレストに、随分と懐いているみたいだけど、どういう事なの?」

「アタシにも分からないけど、何故かこの人間が気になって仕方ないわ。助けてくれた事は感謝してるんだけど、本当に謎なのよね」

「いや本当に何でだよ……若干ツンデレ入ってたが、いきなりデレデレになる要素なん………!?」


 そこまで言ったところで俺は。クロエのこの変心とでも言うべき事象が何を意味するか気付いてしまった。

 誰かに否定して欲しい一心で、その疑念を口にする。


「化身自体は出来損ないだったけど腕や脚まで変わってたし、最適化のせいで好意を植え付けられてるんじゃ無いのか……?」


 俺の発言で道場内が静まり返る……

 誰も言葉を発さない重い沈黙が場を支配する。

 その静寂を破ったのは、この件に置ける一番の当事者たるクロエだった。


「何よそれ!? アタシそんなの知らないんだけど! ちょっとどうしてくれるのよ!? アンタ、レストって言ったわね? 責任取って何とかしなさいよね……!」


 凄まじい勢いでまくし立てられる。

 ツンデレからデレデレになったかと思ったら、次の瞬間ツンドラに変わっていた。情緒不安定かな?

 それにしても、人の了承も得ずに勝手に化身しといてこの言い様である。

 流石に理不尽過ぎやしませんかね……

 リシアも無断ではあったが、その後の対応が雲泥の差なので比較するのもバカらしい。

 とは言えクロエの態度はともかく、このままでいい訳が無いのも事実。

 俺に残された選択は……騒ぎ立てるクロエには取り合わずに、二人の長に何とかする方法はないか、あるならどうかお願いしますと頭を下げて頼み込む事しかなかった。



 

ツンデレには一家言あるので、即座にデレデレとかにはしません。

ところで全然関係無いんですけど、投稿した瞬間以外にアクセス数増えてると、固定客付いてるのかなって嬉しくなるよね! まぁこの感覚、読み専には恐らく伝わらないんだけれども。

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