予見されし混沌
【ちょっと! 本当に頭が痛いんだから、うるさくするの禁止!】
あり得ない事態に思わず突っ込んだら、物凄く怒られた。
本当に頭痛が酷いらしく、機嫌がすこぶる悪い。
【すまん……ちょっとばかり衝撃的過ぎて……】
状況が似てるなとは思ったが、まさかここまで再現されるとは思わなかった。
というか化身したにせよ、何故出来損ない化したのかも謎だ。
俺は訓練で最低限の魔術的素養は得たし、そもそもリシアと一度真の化身とやらにも成功している。
そこまで考えてクロエの発言の意味を悟る。
素養が足りないのは、俺じゃなくてクロエか………!
頭痛を感じているのがその証左だ。恐らく初めての化身による物と、言語解析の影響下から出て魔術による会話に切り替わった事によるパスへの負荷だろう。
頭痛には覚えがありすぎる。あれは本当に辛かった……
【その反応に思考……。アンタ既に他の奴と化身してんの!? でもそれなら術は失敗に終わるはずなのに何で……!】
混乱をきたすクロエに対して、逆に俺は冷静になる。自分より慌ててる人がいるとーーってやつだろう。
だから俺には。思考が読めるのは獣側の特権なんだなぁ、とか。理由が知りたいのは俺もなんだよなぁ、とか。どうでもいい事を考える余裕すらあった。
そんな風に内輪揉めをしている間に、敵にも変化が起きる。
散々煙を吐いて、辺りを白く染め上げた牛もどきは、こちらに向かって悠然と歩み寄るってくる。
恐らく俺たちが全く動かないのを見て、自身の攻撃で弱っているとでも判断したのだろう。
実際には全く効いていないのだが……
【煙の影響も受けないし、よく考えたら獣の手足を持ってる人間なんて、普通あり得ないじゃない!】
脳内では未だにクロエが騒いでいる。
しかし今頃そこに突っ込むのか……
【後で説明してやるから、あまり頭の中で騒がないでくれ】
クロエの頭痛を考慮し簡潔にそれだけ伝えると、俺は戦闘に意識を戻し、どうするか考える。
頭の悪い俺に思いつけた方法は一つだけだった。
油断した牛もどきがこちらのレンジに入った瞬間に一撃で仕留める。
突進に対してカウンターを当てるような曲芸が俺に出来るとは思えないし。
一歩、また一歩と近寄ってくる牛もどきを、煙で弱ったように見せるために片膝をつきながら、焦らずジッと待つ。
こちらの腕が届くーーその直前でヤツは動きを止める。恐らく煙で見えていなかったこちらの姿に変化があった事に気付き、訝しんでいるのだろう。
【もう目の前じゃない! 飛び掛かって倒しちゃいなさいよ!】
またクロエが喚いているが、無視。
あまり強く無いとは聞いていたが、よくよく考えればあれは金狐の目線での話だ。
人間にとっては十分過ぎる力を持っている可能性が高いし、何よりこいつはどうも警戒心が強いらしい。
さっき突進をしてきたのは、獲物が奪われて頭に血が上っていたとかだろう。
煙を吐いてる間に既に落ち着きを取り戻していると見るべきだ。
【アンタ……魔獣を前にして恐ろしく冷静ね。……実は化身なんて必要無いほど強かったりするの?】
考察を続けながら攻撃するタイミングを窺っていると、そんな事を言われる。
……だったら良かったんだがなぁ。
まぁ今の俺はヴォルフグリートがあるので、化身せずとも戦えはしたろうが。
流石に腕に猫を抱いて魔獣の相手を出来るほどの圧倒的な強さは、ない。
クロエとの化身は肉体の強化より、守るべき対象に注意を払う必要が無くなったという事の方が、実は有り難かったりする。
そんな思考をしていると機が訪れた。
牛もどきがこちらの腕が届く圏内に足を踏み入れ、先程クロエにしていたように足を振り上げ、踏み潰さんと迫ってくる。
そのせいで出来た死角を利用して、直前まで気取らせないように攻撃に移る。
「死………っねぇぇ!!」
裂帛の気合いを込めて、首を狙って右腕を横薙ぎに振り抜く。
牛もどきの首が綺麗に切断されて、ごとりと落ちた。
前に戦ったウサギのように、力で強引に弾き飛ばすつもりだった俺はこの予想外の結果に驚きを隠せない。
何故斬撃属性に!? と、牛もどきから念のため距離を取りながら腕を見ると、爪がブレード状に伸びていた。
力を緩めるとそれは手の中にスルスルと収納されていく。
もう一度腕を振るう。力を込めた事と遠心力に寄るものか、爪が恐ろしい勢いで飛び出る。
……暗器かな?
いや猫の爪がこういう仕組みなのは知っていたが、人間がやると完全にアサシンブレードの類だった。
どうやら化身は相手の種族特性みたいなものがしっかり反映されているようだ。
そんな風に秘儀に対する理解を深めていると、唐突に腕が人の物に戻る。
そして足元には、倒れ伏している黒猫。
「静かだと思ったら、力尽きてたか……」
リシアもこうなった事を考えると、最初の化身には素養の有無に寄らず、大きな負担がかかるのだろう。
俺はクロエを慎重に抱え上げるとポンコツを回収すべく、歩き始めた。
『あれ? ここは? おやレストさん、おはようございます! その腕の中の猫は……まさか、新しい女ってヤツですか!?』
「おまえ本当に一回ぶっ壊してやろうか……」
イロハは地面に転がっていた。俺が近付くといきなり浮かび上がり、この気の抜ける発言である。
後回しにはしたが、少しは心配もしていたというのに……
「おまえは俺に、何か言うことがあるよな……?」
それなりに怒気を込めて言うが、イロハの反応は芳しく無い。
全く悪びれた様子もなく、心底不思議そうに言う。
『それが、記憶がないんですよね……レストさんの今までの事を聞き終わった少し後から、突然データが飛んでます。最後の場面が、綺麗な花を見つけて少し近くに見に行った所ですね』
小学生みたいな理由で勝手な行動を……と思ったが、俺から離れた所でというのが気になった。
確信を得るべく、イロハにそこを動くなと言い置くと、試しに2m以上の距離を開ける。
再度地面に転がるポンコツ。
それで何が起きたか大体察した。
近寄って再起動したイロハに説明する。
「腕輪のナノマシン干渉の阻害範囲内から出たら、おまえ機能停止するぞ」
そう伝えると、慌てて空間を精査しだすイロハ。
うん、普通最初にやるよね? どうしてこのポンコツは何もかも終わった今頃になって、調べ始めてんですかねぇ。
確かに俺も調べるようには言わなかったけども。
『全然気付かなかったですけど、この森本当にヤバイですね……ナノマシンに関わるものはほとんど機能しないですよこれ」
「そこまでヤバイなら何故気付かないのか……」
『いやーまさかレストさんというか、その腕輪の側に居たお陰で自分が無事だったとは……最新鋭だから平気だと思ってたんですが』
この最新鋭に対する盲目的な信頼は、いずれロクでもない事態を起こす要因足り得る気がする……
無駄である事は重々承知しながらも一応、義務として突っ込みを入れる。
「やっぱおまえの人格プログラムには致命的な欠陥があると思う」
『酷い! ってそれよりその猫、本当にどうしたんですか? それと魔獣退治に行かないとですし』
「もうとっくに終わったわ!! この猫はーーその時の、副産物かな……」
未だに起きる気配のないクロエを見ながら、こいつを連れ帰ったらまた一波乱あるんだろうなぁと先行きを嘆く。……化身した事リシアに伝えるの超怖いんですけど。
そこで帰る前に一つイロハに聞くべき事があったのを思い出した。
「そういえば何故か一人としか出来ないはずの化身がこの黒猫と出来たんだけど、どういう事かわかるか?」
『魔術は専門外なんですが……まぁ一応調べてみますね』
そう言って俺にサーチライトのような物を当て始める。
腕輪の登録時に気絶していた時も、恐らくこうして調べたのだろう。
しばらく待つと、イロハは唸りながらライトを消して俺に言う。
『ふぅむ、どうやらナノマシン適合がまた書き換えられてますね』
「確か効率的に扱えるようにするってやつだっけ?」
『ですね。センターで“処理出来る回路が増設された”という説明をしましたが、また一つ回路が追加されてますね。それから腕輪の登録時に増えた方が少し変化しています」
「なら今の俺には自前のも合わせて、3つの回路が存在すると?」
『そういう事になります。これは推測になりますが、ブラックボックスが回路の変化をトリガーに起動した物かと』
……クロエと化身出来たのは、腕輪によって回路が増設されたから?
つまりこういうことだろうか。自前の回路はリシアとの最適化がされ、登録時に増えた回路でクロエとの最適化が行われた…… だから本来なら二重には出来ない化身が問題なく成功したと考えると、筋は通る。
そしてこれで行くと、3つ目の回路はまっさらな状態なのでさらに他とも化身が可能……という事になる。なってしまう。
ますますリシアに言い辛い。3人目は誰にするの? とか、笑ってない目で言われそう。
ほぼ確定で発生する地獄絵図をどう無事に乗り切るのか。
そんな答えの無い問いに頭を悩ませながら、抱えた黒猫とイロハを連れて里への帰路についた。
やったねレスト君、回路が増えるよ!
でも最強には絶対ならないです(鉄の意志)




