貸し付けられた猫の手
金狐の隠れ里に着く前に、この先旅をする上での決め事が一つ出来た。
それは俺の出自やナノマシンに関する話は伏せるというもの。
前者は珍しい存在なので、注目を集めないようにといった程度の話だが後者は違う。
遺物に対するスタンスは種族毎に異なるらしく、使命を強いてまで徹底破壊を唱える白狼族とは逆に、再生して利用しようとする種族や、破壊により何らかの悪影響を及ぼす事を懸念して、保護しようとしたり一切の関わりを禁じる種族などがいて、まとまりなど全くないらしい。
因みに金狐族はどちらかと言えば不干渉寄りだが、安全が確認された上で使えそうな物なら、利用する事もやぶさかではないといった、親父さんに言わせれば中途半端な姿勢との事。
つまり有り体に言うと、争うかも知れない相手に余計な情報は渡すなという話だ。
それに突然「あなた達の使っている魔術はナノマシンの産物です」なんて言われて信じて貰えるとは思えないし、相手が魔術の信奉者だったりすると、最悪怒りを買って敵対する可能性まである。
こういう諸々の事情を加味して、全員で話し合った末にこの決め事は作られる事になった。
「まぁイロハがボロ出して、全部パーになりそうな気もするけど……」
『え? レストさん、何か言いました?』
「んにゃ、なんでもない」
俺とイロハは朝早くに里を発ち、現在森の中を進んでいる。
いつ接敵してもいいように、腕と脚をヴォルフグリートで変化させて、周囲を警戒しながらの魔獣捜索だ。
森では魔術は使えないという話だったが、適当な魔術を試してみたところ問題なく使えてしまった。理由をイロハに聞いたところ、腕輪が2m以内のナノマシンへの干渉を阻害しているようだ。初期型のNジャマーキャンセラーかな?
簡易バリアの効果かと思ったが、それとは違いこれはブラックボックスによるものらしい。
ストーンエッジは一度放てば単なる投石と変わらないので問題無いが、相手に直接効果を及ぼすブラインドは、至近距離でなければ使用不能だろう。
この腕輪の機能を使えば俺でなくとも……と、一瞬思うも腕輪をすれば魔術が使える理由が説明が出来ないし、範囲外では炎などの魔術は効果を失う上に、そもそも腕輪は俺から外せない。
ただ、一つ朗報はあった。煙が何かは不明だが、それは簡易バリアで防げるだろうということ。
聞いた時「……それならリシア連れてけるじゃねえか!!」と叫びかけたが、結局それも何故防げるのか説明出来ないので連れて行くと不審に思われる。
どうあってもこの任務は俺一人でやる定めらしい……
イロハはまぁ、連れて来ておいてなんだが数に入らんし。
『レストさん、今何か失礼な事考えませんでした?』
「訳の分からんこと言ってないで、とっとと見つけて倒して帰るぞ」
ポンコツのくせに侮れない直感をしている……
無駄なハイスペックさに戦慄していると、イロハがそういえばといった感じに話しかけてくる。
『レストさんって人間なのに、何故リシアさんと結婚なんて事になったんですか?』
そう言えば、その手の説明は一切していなかった事に気付く。
「そこに至るまで、色々なことがあったんだよ……」
かなり今更な質問をしてくるイロハだが丁度いい。
魔獣が出る気配が微塵も無いので、暇つぶしにこれまでの経緯を話す。
それを黙って聞いていたイロハだったが、秘儀によりお互いの過去を観れるようになった下りで疑問の声を上げた。
『なんでそんな機能が付いてるんですかね?』
確かに言われてみれば変な話ではある。
そういうものだろうと思い込み、意味など考えようとすら思わなかった。
相手の記憶を観れる事に意味……正直全く思い浮かばない。
それでも無意味では無いだろうと延々考えていると、
『まぁ魔術はナノエフェクトと違って、妙な機能あったりしますから、意味なんて無いのかもですけどね』
などとあっさり自己完結してしまったので、俺も考えるのをやめた。
その後無言で歩き続けること30分程度。
いい加減森の風景も見飽きたし、また雑談にでも興じようとイロハに話しかけた。
しかし、返事がない……
ただのポンコツのようだと続けたかったが、そんな余裕は即座に失われることとなる。
「あのバカ……どこ行きやがった!?」
まさかの迷子である。これが一体何を意味するのか。
捜索対象が二つに増えたという厳然たる事実が重くのしかかる。
連れてくるんじゃなかったと、心の底から後悔するがもう遅い。
そこで俺はある事を思い出す。
腕輪の機能に地図と周辺捜査があった事を。
最初からこれを使えば楽だったのにと、本気で嘆きながら対象を1m以上の生き物と応対用機械に設定して起動する。
するといつかのように立体映像で作られた地図に、赤と青の光点が表示された。赤が魔獣で青がイロハらしい。
この森には基本的に魔獣は入らないらしく、普通の動物もいないと出発前に聞いていたので、一つが件の魔獣で間違いないだろう。ここから程近い位置にいるようだ。
ほとんど動きが見られないが、寝ていたりするならサイレントキルで楽が出来るんだがなぁ……
そしてポンコツの方はというとかなり離れた位置で、全く動いていない事がわかった。
………………。
「魔獣の方が近いし、そっち終わらせてからでいいな」
そう割り切ると俺はさっさと終わらせるべく駆け出した。
たどり着いた先には確かに魔獣“も”いた。
例によって巨大なその魔獣はバッファローのような体にラクダのコブを付けた、何故そんな形になったのか問いたくなるような見た目をしていた。
しかしそんな事はどうでもいい。重要な事は別にある。
魔獣の足下。その巨体に見合った蹄に、今にも踏み潰される寸前の黒猫がいたのだ。
俺は全ての思考を後回しに、その身を投げるように転がりながら強引に猫を掻っ攫う。
直前まで居た場所で響く、ハンマーで地面を叩きつけるような音に戦慄しながら、急いで起き上がり吠える。
「腕輪マジで仕事しろ!」
しかし俺はすぐに自身の過ちを悟った。
腕の中の猫はどうみても1mは無い。つまり光点が二つだったのは、俺が検索条件から弾いた結果という訳だ。
機械の誤作動なんて9割がヒューマンエラーだからね、仕方ないね。
自身の無能さに呆れつつ猫に外傷が無いか確認するため、全身を触ってみたが特に怪我はなく、ホッと一息つ……けなかった。
「何いきなり人の体まさぐってんのよ! 高貴なアタシに人間風情が触っていいと思ってる訳!?」
そんな言葉と共に放たれる爪による一閃。顔面に激痛が走り思わず悶える。
助けた相手に攻撃されるのはこれで二度目か……
子狼に盛大に噛まれた記憶を蘇らせながら、腕の中の猫に釈明する。
「怪我がないか確認してたんだよ!」
「え……人間なのに言葉が通じる? パスは繋がってないのに……まさかアンタ黒猫族? 手足も獣っぽいし」
んな訳ねえだろとか、これが猫の手足に見えるのかという俺の突っ込みは、牛もどきの突進によってキャンセルされた。
再度地面を転がって回避する。
今はお荷物も抱えているので、とても戦えそうに無い。
魔獣から目を離さないようにしつつ、とりあえず先ほど出来なかった訂正を最低限入れておく。
「あのな……俺は猫じゃないから、人間だから」
狼が混じっているけど、と心の中で呟く。
「そんな事はどうでも……いや、人間なら打てる手があるわね」
何やらブツブツ言いだしたが、牛もどきを警戒しながらの会話なので割ける神経はあまり多くない。
獲物を横取りされ、攻撃も当たらない事に苛ついたのか、全身から湯気を立て始める牛もどき。
「またあの酷い臭いの煙を! このままじゃやられる……!」
「あぁ、あれが例の煙か。俺の側にいれば平気だよ」
俺は簡易バリアがあるから問題ないという意味で安心させる為にそう言った。
しかしこの猫は別の意味で受け取ったような気がした。
「お礼も言えずに引っ掻いちゃったのに、アンタは……」
「慣れてるから気にすんな。さて猫ちゃん、それよりあの魔獣をどうにかしないとな」
そう伝えると尻尾を一瞬硬直させ、覚悟を決めた気配を発する黒猫。
「……猫ちゃんじゃないわ、クロエよ。ひ弱な人間のくせに命懸けでアタシを助けて、その上傷付けられたのにそれでも守ろうとしてくれるアンタには感謝してる……。けど、コレは仕方なく! 他に方法が無くてやるんだから勘違いしないでよね!!」
そんな10年前のツンデレみたいなセリフを吐いて、瞳を閉じて集中し始める。
既視感を覚えた。
助けて、傷付けられて、守ろうとして……
まるでリシアと出会った時みたいだなと、そう思った瞬間。
ーー腕の中の猫が消えていた。
「……!? クロエ!! どこに行った……!」
たった今教えてもらった名前を叫んで、黒猫の姿を探す。
目の前の魔獣はまだ煙を出し続けている。犬科程でないにしろ、この煙の中で行動するのはキツイはずだと慌てて辺りを見回すが、そんな必要は無かった。
【うるっさいわね……ここにいるわよ。頭痛が酷いんだから、そんなに叫ばないでくれる?】
………………!?
俺は速やかに自身の姿を確認する。
頭に手をやれば手触りからして恐らく猫耳、振り返れば背中には尻尾、腕と脚も猫の物に変わっている。しかしそれ以外は人のままだ。
……脳内に響いた声や、頭や背中の異変からして、何が起きたのかは明白だろう。
その原因がクロエにある事も当然、気付いている。
しかし何故こうなったのかは全くわからない……
差し当たってどうしても看過できない事はーー
「秘儀は一人としか使えないんじゃ無かったのかよ!!」
……これ以外にあるはずが無かった。
ねこですよろしくおねがいします
クロエですけどツンデレですが暴力ヒロインではないです。
これだけははっきりと真実を伝えたかった。




