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前門の昇降機、後門の子狼

 元の世界で俺は特別金持ちだったりしない。

 一般家庭で育った、それこそ何処にでもいる普通の人間だ。

 多少二次元に傾倒しているとか、他人と関わりたがらないとか、少しばかり特殊な面もあるが普通一般から大きく逸脱するような要素では無いだろう。

 ……少し話が逸れた。

 つまり何が言いたいかというと、アブダクションでもされてない限り、遺伝子操作などあり得ないって事だ。



 衝撃の発言にフリーズする俺。

 再起動に要した時間は数秒。

 さらにそこから10秒ほどかけて、足りない脳みそをフル活用して得られた答えが、


「秘儀による最適化……」


 どう考えてもこれだろう。

 狼だし、他に思い当たること、ないし。

 ……親父さん、これ知ってんのかな。

 いやあの時腹割って話したし、この上俺に何かを隠し立てする理由がないか……

 単純に知らなくて、それ故に改変も出来なかったのだろう。

 しかし3割ほどとは言え、知らぬ間に人外に片足突っ込んでるとは。

 確かに俺は人間嫌いだ。でも人間を辞めたいとまでは言ってないんだよなぁ。


『あれま……これはご存知無かった様子で……レストさん、普通の人よりかなり身体能力が向上してますよ?』


 イロハが気の毒な人を見る目を俺に向ける。

 普通の感覚では、いきなり純粋な人間じゃないと言われればショックを受けもするだろう。

 だがよくよく考えるとだ。


「……驚いたけど、だからどうしたって話でもあるなぁ」


 むしろ多少なりとも、化身してない素の状態で強靭になったと考えれば得したとすら言える。

 もっともイロハの言う普通は400年前の異世界人なので、全てを鵜呑みには出来ないが。

 そういえば守護者への力の譲渡とか、リシアが言っていたのを思い出す。

 あれは化身だけを指してた訳じゃ無かったって事だろう。

 今に至るまで大して疲労を覚えなかったのは、そういう理由だったんだな……


『それともう一つあるんですが……』

「遠慮も気遣いもいらんから、言ってくれ」

『その、レストさんがそんな感じだったんで、リシアさんも一応精査して見たんですよ』


 ……俺とリシアは互いに秘儀を使った。

 つまり俺に起きた事は、必然リシアにも起きていると考えるべきだろう。


「……俺と同じ様に、リシアの方は人間の細胞に置き換わっていた、と?」

『2割程ですが、そうです……異常もやはり全く無いんですが、レストさんと違って身体能力に影響のある部分は全く変化してないんですよね』

「ふむ……?」


 まぁそんな事になれば劣化もいいとこだろうし、ある意味当然だと思う。

 ならば一体何処がとイロハを見やると、覚悟を決めたように一息吐く。


『ふぅ……前頭連合野って言って、解りますかね……』

「……!!」


 正直それが正確に、何処で、何の働きをするかなんて知らない。

 でもそんな名前のついた体の部位など、どう考えても一つしか無い事くらいは解る。


『脳にある感情や理性を司る場所ですが、主にその辺りが置き換わっていました……リシアさんが人間と遜色ない振る舞いが出来るのは、これが影響しているはずです』


 ……思えば親父さんはかなり感情的で、リシアの方が余程話が通じるタイプだった訳だが。

 これは性格的な物であるのと同時に、秘儀による影響もあったって事か。


『それから扁桃体と言う、物事の情動を司る部位なんですが。周りは置き換わってるのに、何故かここだけ不自然にそのままなんですよね』


 情動……つまり改変されてない秘儀を使っていれば、恐らく相手に好意を抱くように造り替えられていたのだろう。

 2割なのは親父さんが、その部分を省いたからだと思う。

 ……本当に最初は出来損ないで済んで良かった。


『これも秘儀って物の影響なら、一体どういうのなんですか……?』

「そう言われてもな……俺も魔術ってことしか知らないし」

『魔術……? ってつまりナノエフェクトで、そんな繊細な真似をしたって言うんですか!?』

「いや何でそうな……『はー凄いですねー。現行の技術じゃ不可能ですよ! いわゆるロストテクノロジーですねぇ』


 一人勝手に納得するイロハに構う余裕がない。

……え? 何? そう言う事なの……?


「……ナノエフェクトってどうやったら使える?」

『え? 人間の場合は集中して、起こしたい事象をイメージすれば使えます。後はナノマシンがある程度まで意思を汲み取ってくれますので』


 ほー便利だな。まるで魔術みたいだー。

 ………………。


「ナノエフェクトって要するに魔術じゃねーか!!!」

『うわっ! 脅かさないで下さいよ! リシアさん起きちゃいますよ? それにしてもレストさん、ナノエフェクトは知らなかったのに魔術は知ってるんですねぇ。まったくどれだけ昔の人なんですか』


 むしろ未来人なんだよなぁ……


「よくある話だけど、実際直面すると中々に受け入れ難いなこれ……」


 って事は何か? 腕輪の言語解析だのも、俺自身がやろうと思えば出来るのか!?


「イロハ、お前今言語解析使ってるよな」

『えぇ、私は応対用ですので、どんなお客様にも接客出来る様に、パッシブに設定されてますね』

「やり方を教えろ」

『えっと、別にレストさんが使う必要ないのでは……?』


 イロハに不思議そうにこちらを見ている。必要がないとはどういう意味だ……?

 俺の疑問を察したのか、イロハはそのまま続ける。


『腕輪にデフォルトで備わってますから。登録者なら付ければ適応してくれますよ』

「あー、何かブラックボックスの所為で、これを利用するって発想が消えてたわ……」

『どの道外せませんし、使えるなら使うべきですよ。何か異常があればお知らせしますので』


 機械とは思えないくらい人間臭いイロハに諭される。

 てか、やっぱ外せないのね。知ってた。

 完全に呪いの装備じゃねえか……まぁ相応に性能は高そうなのが救いではあるけど。


「なんかドッと疲れた……主に精神が。ちっと外の空気吸ってくるわ……」

『あ、屋上ならエレベーターで直通ですよ。お供しますね!』

「おう。リシアは……このまま寝かせとくか」


 そう言って道案内を買って出たイロハと共に、部屋を出る。

 メインフロアまで戻り、奥に設置されたエレベーターに乗り込んだ辺りで、ふと違和感を覚える。

 何か引っかかるがそれが形になる前に、イロハがエレベーターを操作し上昇が始まる。

 現在の階を示す光を眺めていると、唐突に違和感の正体に気付く。


「そういやここ完全に埋まってたじゃねえか……!!」

『えぇぇ!! でもレストさん達普通に入ってきたじゃないですか! 穴でも掘ったって言うんですか!?』

「腕輪に反応して扉がスライドしたんだよ! これ、どういうタイプのエレベーターだ……?」


 屋上の手前の階で止まり、そこから階段を上がるタイプなら問題ない……

 そう考えたがこの展開で問題なく着いたら、逆に驚くまである。


『屋上に……せり出すタイプですね……』


 まぁ、そうなるな。

 あの時近くに穴なんて無かった。つまり完全に塞がってるって事だ……

 思考が許されたのは、そこまでだった。

 衝撃、轟音、浮遊感、そして天井への激突。

 全身の痛みに耐えていると、何かがひしゃげるような音がエレベーター内に響く。

 

「ゲホッ…! これ、落ちるよね……?」

『アクション映画でよくありますね…』


 地面に転がるポンコツがどうでもいいことを抜かす。

 早速とばかりに肉体の強靭さを活かせて涙が出そうだ。

 しかし落ちればさっきの比ではない衝撃で、恐らく即死コースだろう……


「おい死ぬぞ! 非常口とかあるよな!?」

『その非常口はたった今お亡くなりになりましたね……』


 完全に原型を留めてない天井を見ながら、虚ろな声で言うイロハ。

 マジか、このピンチはないわ……魔獣に襲われるとかならまだしもさぁ!


「なんかあるだろ! ナノエフェクトで爆発とか起こして! ほら早く! 役目でしょ!」

『応対用機械にどんな無茶振りしてんですか! 軍用機以外への攻撃用ナノエフェクトの搭載は、重罪ですよ!!』

「んな事知らんわ、このポンコツが! じゃあ他にアイデアねえのか!!」

『最新鋭です! 大体そんな事言われましても……! あ!! そうだレストさん、腕に集中して下さい!! 自分の腕が狼の物と強く念じるんです!!』

「何言ってんのかさっぱりなんだが!?」

『いいからやって下さい! もう時間無いですって……!』


 軋みを上げ、今にも落ちそうな天国直通エレベーター……

 もう一刻の猶予もない……! 藁にも縋る思いで言われた通りにする。

 俺の腕は狼の物……狼の物……………

 念じて数秒で変化が起こる。

 ……早いな!? いや大いに結構だけども!

 ワーウルフ的な感じになった俺の腕を見て、イロハが叫ぶ。


『その力で扉を……!!』

「よっし、やってやる……!」


 全力で両手を突き出し、掌底をぶちかます……!!

 すると扉の下半分が綺麗に吹き飛んだ。上半分は壁にへばりついている。

 屋上の下の階がそこから見えた瞬間、俺はイロハを引っ掴むと、即座にスライディングでエレベーターから脱出する。

 次の瞬間、凄まじい擦過音を立てながら、エレベーターが闇に消える。

 一拍置いて、微かに届く破砕音。

……………………。


 あのさぁ……もしかしてこれテンプレ入りすんの?

 遺跡来るたび、アクション映画なの? ほんと許して……


『いやぁレストさん、危なかったですねぇ!』

「だな……ところでコレ何なの」


狼の手をヒラヒラ振ってみせる。

とんでもない力が出せたが、どうなってんだか。

すると突然イロハが浮かび上がって、テンション高く説明しだす。


『説明しましょう!狼の遺伝子を持ち、ナノマシン適合が高いレストさんなら、そういう事もですね……』

「へー。過去のデータとかにあったの?」

『いえ、なんとなく出来そうだなと! つまり勘ですね!! 流石最新鋭な私!!』

「………………」


 コイツ機械の癖に勘とか言い出しましたよ? やっぱアホなんですねぇ。

 無言でイロハの元へ歩みを進める。


『レストさん…? 危機はもう去りましたよ? ほら、もう腕は戻しましょう? その手をワキワキさせながら近付いて来られると、ほんの少しばかり恐怖を覚えちゃいますよ……?』

「残念ながらお前の危機はまだ始まったばかりだし、その恐怖は何も間違ってないぞ、覚悟しやがれ……」

『それは次回作にしましょうよ! ねっ? ……やめて下さい! 人を呼びますよ……!? 助けてー壊されるー!!』


 どこまでもポンコツな奴め、人など誰もおらぬわ!

 ……それはともかく、その通り魔に襲われた女性みたいな反応やめろ。

 そんなことを考えながら、フレームにヒビくらいは入れてやろうとイロハに手を伸ばした。

 その時ーー


「レストーーーーーーッッッ!!!」


 衝撃、浮遊感、壁への激突、蛙が潰れた様な俺の悲鳴。

 白い弾丸が鳩尾に突き刺さり、俺はそのまま崩れ落ちた………








(一日二話投稿が常態化することは)ないです

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