全ては肉球の上で
結局秘儀は、明日試す事になった。
全員疲れが酷いし、万全の状態でやるべきだろうと、親父さんが執り成したからだ。
リシアは軽くゴネていたが、最終的には折れた。
今は親父さんが魔獣を倒し損ねた件に対して、苦情を言っている真っ最中である。
「父さんがしっかり全滅させないから、危ないとこだった」
「我が娘よ……それは流石に酷過ぎぬか? あれだけ急かされれば、そういうこともあろう……」
「あんな大きなトカゲ、どうやったら見過ごすの」
しょんぼり項垂れる熊並みの大きさの狼に、容赦の無い説教をする小型犬サイズの狼の図。
……滑稽だ。しかし内容は笑えない気もする。
「リシア……親父さんもあんなにボロボロになるまで、頑張ってたんだしその辺で……」
「でも、そのせいでレストが……」
あぁ、このコは俺の為に怒ってくれてた訳か……
まぁ結構危なかったからなぁ。
「しかしディノタイプを相手に、よく無事であったな。レストと出来損ないではない、真の化身が出来たのか?」
「うん、でもそれだけじゃ、無理だった」
「ふむ?」
「レストが魔術で視界を奪った上で、物音を立てて注意を引いてくれた」
「ほう、ただの魔力貯蔵庫としてでなく、しっかり役割を果たしたのか」
親父さんが感心したように見てくる。
何も出来なかった場合、使えない貯蔵庫扱いされるところだったらしい。
「そのお陰で、私は相手にトドメを刺せたの!」
リシアが興奮気味に言うが、そこに親父さんからツッコミが入る。
「お前自身も魔術で何かすれば、もう少し楽だったのではないのか?」
「…………………………」
「リシアさん……?」
そういやなんで肉弾戦縛りしてたんだこのコ……!?
いっぱいいっぱいで、全然そこまで気が回らなかったけど。
「そう、相手に隙が少な過ぎて、そんな暇が無かった、から」
「おう今思い付いた言い訳やめーや」
確かにそれもあるだろうが、後付け感満載だった。
親父さんが軽くため息を吐きながら、俺の方を向く。
「まぁ娘はこう、猪突猛進と言うか、一つのことに囚われると他が一切見えなくなる悪癖があってな……」
「あ、はい。よく分かります」
リシアは、さも自分は関係ありませんとでも言わんばかりに、毛繕いを始める。
君の話をしてるんですよー?
「故に貴様が見てやってくれると、正直助かる。頼めるか?」
「はぁ……俺も結構抜けてるんですが、出来るだけ気をつけるようにします」
なんだろう、物言いは変わらず尊大だが、内容は今までからは考えられないくらい殊勝だな。
「まぁそれはいい。にしても布で視界を奪い、木の棒などでで気を引くとは、中々奇抜な事を考えるな貴様も」
………!! これはやはり、そういうことか。
「……いえ、咄嗟のことでしたが、上手くいって良かったです。ほとんど賭けでしたから」
「そう謙遜するな。魔力もそれなりになったし、機転も利くなら使命も十分やっていけよう」
「それよりも……親父さん。“よく間に合いましたね”」
「……」
「ボロボロでしたし、助けはもう少し後だと思ってましたよ」
「……あの後すぐに目覚めてな。疲労を押して迎えに行ったらあの騒ぎだ。あまり老体を酷使してくれるな」
「それに秘儀についても──」
「レスト……魔力を消耗して辛いだろう? 我も少々辛くてな。泉に少し付き合わぬか?」
俺の発言に被せるように、親父さんは言う。
元の世界で腐っても社会人をしていた身だ、これが何を意味するかわからないほど愚かではない。
「リシア、ちょっと親父さんと泉に行ってくる」
「ん、私も──」
すかさず親父さんが差し込む。
「お前は飯の用意を頼む」
「むぅ……わかった」
俺は親父さんに伴って、泉に向かう。
さて、これで望み通り二人きりって訳か。
ロマンチックな要素はシチュだけで、実際はこれから一戦やりあうことになるのだろうが。
「さて、聞きたい事があるのだろう?」
少し歩いた辺りで、親父さんが口火を切る。
「そう、ですね。半分は確認みたいなものですが」
「ふむ、聞こうか」
「では今日の事から。親父さんは俺らの後、ずっと尾けてたんじゃないですか?」
俺は疑念をぶつけるが、親父さんに動揺は無い。
「その根拠は?」
「リシアは魔術を使ってとしか、言ってないんですよ。布とも、木の棒とも、言ってない」
「多少弱いな。貴様がそれくらいしか、魔術で生成出来ない事は把握している」
まぁこの程度では、そう言われてしまえばどうしよもない。
「まだあります。助けに来たタイミングに、秘儀を見つけたという発言です」
「それがどうだと言うのだ」
「貴方は、こちらが助かるギリギリのタイミングで現れたにも関わらず、既に秘儀を見つけていたと言う」
「それで?」
「最初から知っていたんでしょう、人化の秘儀の方法を。遺跡で探すまでもなく」
「中々面白い話だな」
「いえ、面白いのはここからです。何故そんな嘘を吐いたのか、俺たちを遺跡に行かせるためだ」
親父さんは立ち止まり、いつかのようにジッとこちらの目を覗き込む。
「さらに言うなら、魔獣は倒し損ねたんじゃない……俺とリシアが協力して、ギリギリ勝てるレベルの相手を見繕い、戦わざるを得ない状況に追い込んだ」
思い返せば何もかもが、完璧過ぎるのだ。
見逃すには大き過ぎる魔獣、引き返すには遠過ぎる位置、化身した上で俺が援護する事でどうにか勝てる敵。
──これではまるでゲームだ。
程よい難易度で、必要条件を満たせばクリア出来る事を前提としているデザイン。
「そんな手間をかけて、我は一体何を得るのだ?」
「……俺という存在が、リシアを託すに相応しいか否か。それを見極める為でしょう?」
「……そこまで看破されるとは、少し貴様を過小評価し過ぎていたようだな」
「まだ終わりじゃないんです。ここまでくれば芋づる式でしたけどね」
「……………」
「化身にしろ人化にしろ、秘儀の方法は本来遺跡と同様、使命による破壊対象じゃないんですか?」
「……そうだ、娘が知っていた事には本当に驚いたがな。何故気付いた?」
「貴方が言ったんでしょう、人化の秘儀は遺跡にあると。それが事実なら、対の存在である化身も……って事です」
「長らく娘としか接してないせいか、腹芸の類いが出来なくなったようだ……」
「勘弁して下さいよ……こっちはこの世界に飛ばされて、そういう下らない真似せずに済むと喜んでたってのに」
昔を思い出す。家庭でも、学校でも、会社でも、いつだってこんな下らない事に付き合わされて来た。
中学の頃に両親が離婚してからは、家庭で起こる面倒は無くなったけれど………。
あんな虚飾に塗れた世界は、二度とゴメンだ。
「ふむ……そんな気はしていたが、向こうでもそれなりに苦労していたみたいだな」
その発言により、予想していた事が確信に変わる。
「やっぱり、目を覗き込めば相手の思考が読めるんですね……」
「こんなものは児戯でしかない。浅い思考しか読めぬし、遡れるのもせいぜい半日が限度だ」
初日の百面相もこれだったのだろう。確証が得られたのはたった今だが、思えば大事な話をしている時は、いつだってこちらの目を覗き込んでいた。
「しかしまだわからない事がある。使命に背いて、改変した化身を使わせてまで俺を鍛え、仮にリシアを託せるようになったとして、何をさせたいのか」
「折角だ、それも当ててみせてはどうだ?」
「………これは完全に推測になりますが、使命の達成を阻むものは魔獣だけではない?」
「加えて言えば、我は既に全盛期には遠く及ばぬ程に弱体化している。古傷があってな……万が一があれば、娘は未熟なまま一人使命を果たさねばならなくなる」
「……………」
「洞窟で心を読んだとき、小躍りしそうになったよ。上手く事を運べば、娘の絶対の味方が出来ると思いついてな……まぁそれはそのまま使命に巻き込む事と同義故に、申し訳なくも思ったがな」
「それから今まで、ずっとその計画に沿って動いてた訳ですか……もう狼よりも、狐や狸の方が近いんじゃないですか?」
通じるか不明だが、軽い意趣返しに皮肉を交える。
「あんな、術式と口先だけの連中と、一緒くたにはされたくないな……」
あぁ、そういうのは共通項なのか……。
元の世界との無駄なシンクロだが、正直どうでもいい。
「それで」
「はい?」
「娘にこの事を言うか」
「いえ、こんな話はリシアに聞かせる必要無いでしょう」
これは俺のエゴだが、あのコには綺麗なままでいて欲しい。
恐らく親父さんも全く同じ意見だろう。
「そうか……貴様自身の身の振り方についてはどうする?」
「そんなの、とっくに覚悟を決めてますよ。あらゆる悪意から、俺がリシアを守ります」
まぁまだまだ力不足だが、それでも出来ることはあるだろう。
親父さんは頭を深く下げて、
「散々試すような真似をして、済まなかった。娘をどうか、よろしく頼む」
そう、俺に願った。
多分どっか矛盾あるけど、今までで一番よく書けてる。