想定外の接敵
洞窟の奥に潜む魔獣。
ゲームの話であったなら、何もおかしい事はない。
ダンジョン化した洞窟の場合、様々なものがそこで生成され、食物連鎖など知らぬ存ぜぬとばかりに、半ばアーコロジーとなっているケースが大半だ。
だがこの世界は、そんなに都合よく出来ていない事がわかった。
親父さんに、魔獣の駆除など新たに湧いたりして不可能ではと聞いた結果、
「入り口を塞いでおるのに、増える訳なかろう」
と言う呆れを多分に含んだお言葉共に得られた貴重な情報だ。
夢も希望もない本当にただの洞窟らしい。
勝手にWiz的なノリを期待した俺が悪いけども。
聞けば、そもそもここに定住してる訳ではないとのこと。
旅の途中で見つけた洞窟の奥から、遺跡の存在を感知してそれを破壊する為に、一時的に拠点にしたらしい。
新たに洞窟内に魔獣が入り込まぬよう、結界で蓋をした上で狩り尽くす。
そうして脅威を排除し終えてから、奥に進み遺物を破壊する。
使命とはこの一連の流れを指して言うのだろう。
これまでにも幾度となく、繰り返してきた事であり慣れたもののようだ。
俺は今リシアを膝に乗せ、洞窟内の最終確認に向かった親父さんの帰還を待っている。
退屈なので雑談混じりに気になった事を尋ねてみる。
「こっそり入って、破壊するってのはダメなの?」
するとリシアはこちらを見上げ、
「破壊する時、どうしても音が出る、囲まれると危ない」
そう言って、また前に向き直る。
「そういうもんか。大変だな……」
なるほどね……魔獣がどの程度の強さか知らないが、雪崩の如く押し寄せられては、いくら親父さんが強くても危ないだろう。
しかし使命ねぇ……正直、前時代的というのが、偽らざる本音だ。
大事な意味があるのだろうが、そんな物に振り回される人生など、ロクなものじゃない。
しかしここは異世界。元の世界でだって、隣の国どころか隣の地域ですら、特殊としか思えない常識があった。外様の俺が何かを言う資格など、勿論ない。
だが分かってはいても、思うところはある。
それが口調や態度に出ていたのか、リシアの体が少し強張る。
「私は別に、気にしてない。それより、もし私と一緒になった場合、レストに迷惑かける事になる、それだけが心配」
気遣うはずが、気遣われてしまった……
流石にこれは看過出来ないので、努めて何でもない風に、
「リシアの手助けなら、全く問題ないよ。だからそう深刻に考えるな」
頭を撫でながらそう言うと、安心して気が緩んだのか、リシアが船を漕ぎ始める。
きっとまだ、恩人だから迷惑は〜……なんて、思ってるんだろうなぁ。
そんなリシアの背中をしばらく眺めていると、奥から親父さんが帰ってきた。
「今、戻ったぞ………」
なんか……怪我とかは無いけどボロボロなんですけど。
恐らく愛する娘の為に、相当無茶をしたのだろう。
半強制だった気がするがそこには触れない。
「父さん!?」
リシアが跳ね起きる。俺は慌てて仰け反り、ロケット頭突きを回避する。
危うく顎にいいのをもらうとこだった……
「全て片付いた……我は少し、休む………」
そのまま寝床に倒れるように横になってしまう。
「レスト! 人化の秘儀、探しに行こう」
「うん、行くけども。少しは親父さん労ってあげて?」
リシアは既に洞窟の奥に走り出しており、それどころでは無い様子。
誰の無茶振りで、親父さんがこうなったと。
哀れな狼に黙祷を捧げながらリシアに続く。
ってか道はわかってんですかね……
「横道は沢山あるけど、基本真っ直ぐ進めば着くって」
リシアに追いつき、松明を作りながら聞いてみたら、そういう事らしい。
二人並んで洞窟の奥に進んでいると、リシアが楽しげにこちらを見る。
「それよりレスト、これってデートみたい」
とても可愛らしい事を言ってくるが、残念ながら賛同しかねる。
「……そうだね。周りに魔獣の死骸が無ければ、そうと言えなくもなかったかもね……」
死屍累々という表現が、ここまで的確に当てはまる状況初めて見たわ。
親父さんが仕留めたり、魔獣同士で争ったりしたのだろうか。
激戦の爪痕が生々しく残っており、ほぼ間隔を置かず屍が転がっている。
ここが地獄か……
「むぅ……男女が一緒に歩けば、それでデートって言ってたのに……」
間違っちゃいないが、なんだろう。付け焼き刃感が半端ない。
誰かに入れ知恵されただけの知識だなこれ。
そしてそれは恐らくだが……化身の件と同一人物な気がする。
まぁそれは後々究明するとして。
「んで後どれくらい歩けば着くの?」
「洞窟は3km程らしいから、もうすぐ遺跡に着くと思う」
ふむ、km……ね。距離の単位が地球と一緒なのは、何かの偶然か、はたまた伏線か。
と、一瞬深読みしかけたが、これ多分意思疎通の過程で、翻訳とかされてんだろうなぁ。
特に困らないし、便利だから別にいいけどね!(フラグを建てていくスタイル)
しかしまだもう少し歩くみたいだし、何となく聞きそびれていたことでも聞いてみるか。
「そういえばリシアってさ、何であの時罠にかかって………」
それ以上言葉を続ける事が出来なかった。
目の前に、巨大ラプトルと表現するしかない生き物が突如現れれば、誰しも会話どころでは無くなる。
長い牙、鋭い鍵爪、堅牢そうな鱗。
これ絶対強いって……!
横を見ればリシアも完全に硬直している。
親父さん……?魔獣、全て片付いたはずでは………?
「リシアさんや、これ……ヤバいよね?」
「……困った」
いや本当にね! どうすんだよこれ!
結構歩いたから結界まで、かなりの距離がある。
親父さんを呼ぶにも遠すぎるし、逃げ切れるかも不明。
ラプトルもどきは、今にもこちらに飛びかかってきそうだ。
いつかのおっさんとのバトルを思い出し、化身したらとも思ったが、身体能力が多少上がってどうにかなるレベルだろうか……
あの時と違って二人とも怪我は無く、万全ではあるが。
取り留めのない思考に翻弄されながら、リシアに一応確認する。
「君、あれ倒せたりする……?」
「今の私じゃ、絶対無理」
無力さを噛み締めるように首を振られる。
まぁそうですよね。倒せるなら困ったりしないよね!
さて参ったねと思考放棄しかけていると、リシアが叫ぶように言う。
「今のレストなら、きっと真の化身状態になれるはず!」
「どゆこと! あ、魔力増えたからとかそんなか!?」
そいや獣耳&尻尾のアレは、出来損ないとかボロクソ言われたな!
真の化身とやらなら勝てる可能性がある……?
「説明してる時間はない、私を信じて」
「最初から信じてるよ!」
そう返した瞬間、身体中に違和感が膨れ上がる。
子狼の姿が消えるのと、ラプトルもどきが飛びかかってくるのは、ほぼ同時だった。
俺の意思に反して、体が勝手に横に身を投げ出し、すぐに立ち上がる。
目線すら全く動かせないが、妙に低い視界の端に前足が見えるので、狼になってるっぽい?
【今レストは、完全獣化してる】
【おぉ……これがちゃんとした化身状態なんだなぁ】
緊張感がカケラもないが、正直もうあのコスプレ姿にならなくて済むのは、本当にありがたい。
ついでに頭痛が無いのも助かる。魔力を増やした甲斐があったというものだ。
【身体の主導権は、全てこっちにある。後は任せて】
完璧にいつかの再現ですね……いやあの時は一応、俺の意思でも動けたか。
今の俺にできる事は、リシアを信じる事だけと。
【わかった、あのトカゲ野郎をぶっ飛ばしてくれ!】
リシアが返事の代わりに一声上げ、突貫する。
強烈な体当たりで本当にぶっ飛ばすことには成功したが、さすが魔獣と言うべきか。
一撃でKOという訳にはいかないらしい。
すぐに起き上がり、こちらに対する警戒を高める。
【もう一撃…!】
再度体当たりを敢行するも、学習したのか躱され、爪による反撃まで入れられてしまう。
【クッ…】
その後もリシアは牙や爪による攻撃を繰り返すが、全て向こうの方が技量的、体格的にも上手な様で苦戦を強いられる。
ヤバい……やっぱ一筋縄じゃいかんか……
出来損ないの時より遥かに機敏な動きをしているが、相手が悪過ぎるらしい。
今の俺にもできる事……
本当に信じる事だけか……?
何か、何か些細なことでも。
一瞬でも相手の気を引ければ……
この状態でも意識はある……意識があるなら魔術が使える……?
しかし俺は、布や木の棒くらいしか、未だに作れない。
そんなもので何が……
【ハァ……ハァ……】
リシアの消耗が激しい。
どのみちこのままやられるなら、四の五の言わずに何でも試す!
【リシア! 俺がなんとか隙を作るから、喉元に食らいつけ!!】
【!! …わかった、やってみる!】
まず大き目の布切れを、ヤツの真上に生成する……!
突然布切れが覆い被さり、慌てるラプトルもどき。
一瞬だが視界を奪えた! だがこれだけでは恐らく不十分。
次に布切れを払いのける前に、真後ろに木の棒を生成!!
木の棒が地面に落ちる音に反応し、布切れを被ったまま反射的に攻撃を繰り出すラプトルもどき。
やはり視力を奪った程度じゃ危なかったらしい。
しかしここまで隙を晒せば………
【これで、終わり……!】
崩れた体勢を整える間も無く、ラプトルもどきはリシアに首を噛みちぎられ、一瞬で絶命した。
書いててトーキョージャングル思い出した。