それぞれの覚悟
翌朝。グレイスさんと別れて少し経った頃、二階の自室で流れる景色をぼんやり眺めていると、
「……」
何やら物言いたげな視線を感じて振り向く。
「どうした? クロエ」
「……アンタ、さっきからやけに神妙な顔してるけど、グレイスから何か聞いた?」
自覚はなかったが、そうなった理由には心当たりしかない。
「色々とな。なぁクロエ、種族魔術が発動すればおまえは……」
「怨み猫はその名の通り、怨みを力の源泉とする魔術。アタシが使えば間違いなく復讐を果たせるわね」
「……おまえの死という最悪な結果と引き換えにな」
「そうね。けど、本当に最悪なのは発動しなかった場合よ」
「え? それなら死なずに済むんじゃ──」
「違うわ。少なくともアタシだけじゃ、怨み猫の力無しに復讐は果たせない。あっけなく返り討ちにされて終わりよ」
「……」
「まぁ今はアンタたちがいるから十分勝算があるし、発動しない方がいいんだけど。一人でやるつもりだったときは、むしろそっちを懸念してたわ。その状況になってみないとわからないから」
まぁ十中八九、発動するとは思うけどね。と、どこか他人事のように語るクロエ。
「鎮守の森にいたのはそれに備えるためか」
「金狐が色々と貯め込んでるのは有名だから、復讐を果たせるほどの力や怨み猫になっても死なずに済むような、都合のいい遺物がないかなって」
「良かったな、どちらも手に入れてるぞ」
後者は遺物ではないが。
「どういうこと?」
「つまりだな……」
昨晩にグレイスさんから頼まれた件を伝える。と、
「まさかそんな方法があったなんて……でも失敗したらアンタまで──」
「気にするなとは言わんが、やるのは確定してるから思い悩むだけ無駄だぞ?」
「アタシの意思は!?」
「死にたかったか?」
「何でそうなるのよ!!」
「じゃあ別に意思に反してはないな」
「アンタって本当に口だけは立つわね……」
「フハハハ」
敗北を知りたい。なんてことを思っていると、
「レスト、ロジハラは良くない」
「してないけど!?」
「と言うか、死ぬかも知れない事を、私に相談なく決めるのはどうかと思う」
「……すいません」
リシアの正論によって即座に沈黙させられた。
「良いところにきたわねリシア。アンタからも言ってやんなさいよ」
「……? もう言うべきことは言ったけど」
「そこじゃないわよ! どうせ種族魔術の件も聞いてたんでしょ!」
「ん、聞いてた」
「なら──」
「相談なく決めるのは良くないけど、私はレストの意見を尊重する」
「……別に見捨てても文句は言わないわよ」
「金狐の里で、お互いに利用し合おうって話したの、覚えてる?」
「覚えてるわ」
何それ知らない。……あ、アレか! 二人でどっか行ってた時か!
「私は使命を果たさないといけないし、レストは私たちを守るために神を討つ決意をした。間違いなく、困難な道のり。協力者は多いほどいい。それに、クロエがいなくなったらレストが悲しむ」
そう言った後に一拍置いて、レスト程ではないけど私も……と小声で付け足す。
「……復讐を果たしたら、アタシにはそれに付き合う理由もないし逃げるかも知れないわよ?」
リシアの真摯な言葉を受けたクロエが偽悪的な物言いで返すが、
「いやクロエにそんな不義理な真似は出来ないし、本気で逃げるつもりならそんなこと言わんだろ」
どう考えても本心でないのは明白だったので即座に指摘する。と、
「あー! もういいわよ! 降参、降参! 好きにしなさいよバカ!」
それだけ言うと一瞬で目の前から消えてしまった。
「全く、クロエは素直じゃない」
「そだな」
リシアが素直すぎるというのもあるが。
「素直なのは、いいこと」
「俺の思考を読むんじゃない」
「顔に書いてた」
「そんなに分かりやすいですかね……」
「レスト」
先程までとは打って変わって真剣な声音で呼ばれる。
「ん?」
「いざとなったら、腕輪の力で私とも化身して」
「それは……」
「お願い」
リシアはそれだけ言って、俺の胸に頭を押し付けてきた。
「はぁ……わかった。その時は頼むな」
「任せて」
そんな風に割といい雰囲気になったところで勢いよく部屋の扉が開け放たれる。
「レストさーん! そろそろ目的地に着くってイロハちゃんが……あらあら、お邪魔しちゃったかしら?」
「いやそんなことは──」
「邪魔だから消えて」
「リシアちゃん酷い!」
「酷くないし、コトノハはもっと気を使うべき」
ここまではよく見るやり取りだった。しかし、リシアのこの一言がかなり頭にきたらしく、
「使ってますけどぉ! 夜中に静穏の魔術が使われた時なんかも見て見ぬ振りしてあげてるし!」
結果、キレたコトノハから爆弾発言が飛び出し、俺に特大ダメージが入ることになった。
「……!!? おまえ気付いてっ!」
「いやそりゃ気付くでしょ……寝静まった後にそんな魔術を使う理由なんていくらもないし」
「いやあれだよほら……魔術の練習をね?」
「確かにたまに“そういう”臭いがしない時もあるけど、本当に稀よねぇ」
臭い……! 音や揺れは対策していたが、そっちは完全に失念していた……。
「言っておくけど、魔術や臭いの件がなくてもバレバレだからね? ほとんど毎晩、二人のうちの片方と寝てるんだもの。よっぽど鈍いかピュアでもなければ察するわよ」
『え、あれってそういうことだったんですか……?』
俺たちが一向に降りてこないので様子を見に来たらしいイロハが呆然と呟く。
「鈍いの、いたっぽい」
『えっと……下世話ですが、ちゃんと避妊はしてます? 子供が出来たら旅はキツいですよ……?』
茶化されるかと思ったらかなり真面目に心配されてしまった。
「いやそこは何か秘儀の恩恵で平気らしい」
迂闊に孕んで戦力低下するのを避けるために望まなければデキないと聞いてる。
『なんですかそのエロゲみたいなご都合主義設定は……』
「それは正直思った」
なおリシア曰く、たまに(望みそうになって)危ないときもある。とのことなので、絶対安心かと言われると全くそんなことは無かったりするのだが。
と、そこで扉の前で立ち尽くすヨルに気付く。
「お兄ちゃん……夜な夜なそんなことしてたの……?」
「ピュアなのも、いたっぽい」
「あんまり過保護なのも考えものよねぇ」
「私は秘儀もまだなのに! お兄ちゃんのバカー!」
「ぐはっ!」
翼をバタつかせながらの体当たりを食らい悶絶する。小型化していたお陰で致命傷は避けられたが元の姿なら死んでたな??
しかしいい加減収拾がつかなくなってきたんだがどうしよう。
「アンタたち、いつまで下らない話してんのよ! もうすぐ着くんだから準備する!!」
そう思っていた矢先、戻ってきたクロエの一喝により、この話は強制終了と相成った。