されど苦労人は竜と語る
夜更け、お付きの緋竜に連れられて訪れた皇女様の寝所。
そこで俺が迎えた状況、それは──
「で、トドメを刺そうと飛びかかったんだが、そこで嫌な予感がしてな。突っ込むのをやめて伸ばした爪による遠距離攻撃に切り替えたんだ」
「うんうん」
「そのおかげで無傷で倒せたけど、あのまま突っ込んでたら不可視の障壁で作られた罠で串刺しになるとこだったなぁ」
「お兄ちゃんスゴい! 紙一重の勝利!」
「ははは……思い返せばそんなんばっかだな」
……いや何だこの子供に冒険譚をねだられる図は。
どうしてこうなった? 最初はさっき見つけた不審な遺物や腕輪、あと試練とそれによって得た知識や力についての真面目な話をしていたはずなのだが、
「他にはどんなことがあったの!?」
魔術により小型化した皇女様が、俺の膝の上で翼をパタパタさせながら続きを促してくる。涼しい。
……完全に素なのだが、最早取り繕う気は欠片もないらしい。いつの間にかお兄ちゃん呼びだし。いや全然いいけどね? 可愛いし。
「んー……後はこの山に着くまで平和だったから、魔物の大群の中を突っ切った事とか、魔獣化したヴェルガンさんに馬車ごと消し炭にされそうになった事とか──」
そこまで言いかけて部屋の入り口に件の緋竜が立ち尽くしているのが見えた。
……あれ? この状況、ヤバくない?
皇女にして自身の娘を膝上に乗せながらため口をきく人間。恩人であることを差し引いてもアウトなのでは。
万が一、手を出そうとしたなどと誤解されようものならこの場で処断される可能性。
「レスト殿……?」
「違うんですヴェルガンさん! これは不敬だとか皇女様に何かしていたとかでは断じてなくてですね!」
慌てて弁明しながら脳裏をよぎるのはリシアの親父さんとの初めてのやり取り。
あの悲劇を繰り返してはならない……!
そう思って先手を打って平謝りした訳だが、残念ながら俺はまたしても選択を誤ったらしい。
「それはつまり、白狼と黒猫に加えて金狐すら嫁にしているにも関わらず、緋竜族の皇女である我が娘は受け入れられぬ、と?」
「!!?」
いやそっち!? まさか気がないと言ったら怒られるとか読めんわ!
てかコトノハは嫁じゃないというか金狐すらとか言われてるのは笑う。状況は全く笑えないけどなぁ!
ちなみに緋竜であることは個人的には全く問題ない。皇女であることも向こうが構わないならといった感じだが……それよりどうしようね、これ。
「父上、妾はおに……恩人殿の嫁となり、共に参ると決めました」
いや膝に抱かれながらキリッとした声で何を言い出すのこのコ。あとお兄ちゃんって言い掛けたよね?
「なるほど、照れ隠しであったか! ではレスト殿、娘をよろしく頼みますぞ!」
「いやいやちょっと待って下さい! 皇女なんですよね!?」
『よろしく頼みますぞ!』じゃないんよ。それに緋竜族の使命とか、この山でしか全力を発揮できない件もどうする気なんだ……。
そう思って聞いてみたのだが、
「恩人殿、これは緋竜の使命を果たすためにも必要な事、そして妾にしか成せぬ事なのです」
「ふむ……?」
「先程話した遺物、あれは恐らく組織と呼ばれる存在による謀であろう。結界の張られた山の、緋竜窟に程近い位置に遺跡が生成されたのがその証左。であれば、山を守るためには元凶を討つ必要がある」
例の遺物、持ち込まれたのは最近らしく、今にして思えば献上してきた人間は不審な点が多かったとのことなので組織の仕業かはともかく、悪意に晒されてるのは間違いないんだよな……。
「そして魔力に関してだが、ヨルだけはその幼さ故の消耗の少なさと尋常でない魔力量により、例外的に山の外でも力を振るえるのだ」
「話は分かりましたが……」
必要な事であるのとヨル以外に適任がいないのは理解した。が、嫁になる必要、無くない?
「ちょっと父上! ヨルはもう──……ゴホン! 皇女である妾を子供扱いとは感心せぬな」
「ハッハッハ! 幼いのは事実であるし、娘である以上いくつになっても子供なのは変わりあるまい」
どうしよう。話はまとまった的な空気なんだが、突っ込んでいいのか? けどここで放置すると経験上、後でさらに面倒になるんだよなぁ。
「えーと、ヨルの事は嫌いじゃないけど、別に嫁にならなくても同行は出来るよ……?」
「……お兄ちゃん、ヨルだけ除け者にするの?」
「……」
その寂しげな声と上目遣いは禁止カードだろ。
「いやそうじゃないしコトノハも嫁じゃないんだからヨルだけって訳では」
「レスト殿……?」
なるほど、退路はないみたいですね……。
「……至らない旦那ですが、これかよろしくお願いします」
「うん!!」
わぁイイ返事。
こうして新たな嫁にして同行者が誕生した訳だが、この件についてリシアとクロエに詰められるのはまた別のお話。