戦争には大抵、横槍が入るもの
洞窟にはあまり、物が置かれていない。
精々焚き火と、その為の木の枝や薪、寝床用の毛皮程度だ。
必要があれば魔術である程度代用出来るというのもある。
つまり基本的に、散らかる要素がない。
そんなミニマリストが喜びそうな洞窟が、荒れ果てているとしか形容出来ない程、惨憺たる状態になっていた。
「一体、何を話してたら、こんなことになるの……」
怒れる子狼を前に、平身低頭する一人と一匹。
視線が冷たい。空気は最悪だ。出来ることなら、今すぐ逃げ出したい。
何故こんな状況になったのか……その理由は数分前に遡る。
「このクソ狼……!ぶっ殺す!!!」
俺は木の棒(仮)を渾身の力を込めて振り下ろす!
狼はその重量を全く感じさせない、軽やかなステップでそれを躱す。
「待て、試した事は謝る。一旦落ち着くのだ」
「喧しい!エゲツない嘘を吐きやがって、絶対ぶっ飛ばす!!」
ここまでキレたのは、本当にいつ以来だろう。とりあえずこいつは許さない。
冷静に考えれば、向こうが本気で抵抗してきた場合、こちらは一瞬でやられるのだが……
そんな冷静さなどカケラも無かった。世の中には、やっていい事と悪い事がある。
再度、狼に躍り掛かり、横薙ぎの一撃を放つ。爪で器用に防がれる。
「いやいや貴様が勝手に、勘違いしただけだろう?」
「あぁ?!」
棒と爪で鍔迫り合いの真似事をしながら、狼は続ける。
「変容したとは言った、思い当たる節があるかも聞いた。が、好意的だったのが術のせいとは言っておらん」
「………!」
………言ってなかった気がする。俺がそう聞いたら、黙ってたな確か……
後ろに飛び下がり、狼を睨みながら叫ぶ。
「ミスリードなんか誘ってんじゃねえよ!性格最悪かアンタ!!」
「フハハ! そう怒るな。貴様の覚悟を見極める為にも、これは必要な事だったのだ」
「いいから、黙って、殴られろ!」
俺がどれだけ棒を振り回しても、狼は全て器用に捌く。
デカイだけじゃなく、戦闘技術も高いのだろう。
運動神経皆無で、体力もそれほど無い俺では、例え狼が通常サイズでも勝負にすらなるまい。
でもそんな事は知らん。絶対一発は入れる。
「術が成功していたなら、確かに貴様の勘違い通りになっていたのだ。素直に喜ぶがいい」
「……ハァハァッ!……何で術は、失敗したんだ」
肩で息をしながら、呼吸を整える為の休憩も兼ねて尋ねる。
「言ったろう、魔術的素養の無い人間との秘儀は、過去に例が無かったと」
「そのせいで不完全になったのか……」
「そういう事だ。娘から化身したと聞いた時は、流石に肝を冷やしたがな」
「……と言うかだ、真面目な雰囲気過ぎて言えなかったがな」
「む……?」
「昨日あんだけ醜態晒しといて、今更格好つけてんじゃねえぞコラ!」
狼が取り澄ましたような顔で、視線を外す。
どっかで見たわ、この手の対応。これが血の成せる業か。
いやこれチャンスだ! 今こそ討取らん……!!
そう思った俺は、突撃をかけようと一歩踏み出し、
「うぉっ!?」
怒りと疲労、睡眠不足も相まって、足下への注意が疎かになっていた。
次に起こった事は、大昔にロープレで見た光景。
レストは つまずいて ころんだ!
そのひょうしに ぶきが
おおかみに ぶつかった!
かいしんの いちげき!
「グオゥ!!?」
予想外の一撃で、流石に痛かったのだろう。
情けない声を上げて、ぶっ倒れる狼。
いつかのように凄まじい音と振動が辺りに響き渡る。
いつかと言うか、昨日か……
呑気に転けたまま考えていると、
「レスト!大丈夫!?」
親父さんが倒れた音を聞きつけたのか、慌てたリシアが凄い勢いでこちらに駆けてきた。
そして倒れている俺を見た子狼から、殺意が吹き荒れる……
これアカンやつ。
「父さん、何を、してるの?」
激しく嫌な予感がした俺は、リシアを止めようとしたが、全てが遅過ぎた。
狼の巨体が、宙に浮いている。さらに強烈な回転も始める。
……まじゅつってこんなこともできるんだなー。
「グォオォオオオ!?!」
これが断末魔の叫びってやつか……しかし恐ろしい。魔術より、キレたリシアが。
「あー、リシア……?そろそろ止め「これで、反省して……!」
回転したまま強烈な速度で、地面に叩き落とされたそれは、質量兵器の如き被害を撒き散らす。
衝撃により荒れ狂う洞窟内、風圧で飛ばされる俺。最早ちょっとした天災である。
その後、気を失った実の親をリシアが蹴り起こし、聴取と言う名の尋問の結果、俺から殴りかかった事が露見し、そのまま二人纏めて説教されることになった…
「ついカッとなって殴りかかってしまい、大変すいませんでした」
「試すような真似をして、悪かった」
起こった事を洗いざらい吐かされた俺と狼(シリアス(?)も終わったし、もう親父さんに戻すか……)は、小学生が仲直りのためにさせられるような事を強いられていた。
「部屋の中が、メチャクチャになった。本当に二人とも反省して」
いや洞窟内がこうなったのって、ほぼリシアのせいじゃ………
それを今指摘する蛮勇は、無論持っていない。
横目で親父さんを見る。何か言いたそうな顔から、似たような事を考えている事が窺えた。
「そうだ、秘儀にそんなリスクがある事、どうして話してくれなかったの」
「その必要が無かったからな」
「どういう、意味」
一瞬で殺意を纏い、前足を突き出すリシア。
あぁ……先刻あったであろう説教も、こんな感じだったんだろうなぁ。
「待て、我が娘よ。ちゃんと理由があるのだ!」
「早く言う」
「おまえに事情を聞いた時、術が少し間違っていると訂正しただろう。あの時改変したものを教えたのだ、故に最適化はもう起こらぬ」
おぉ……ご都合主義だ! これだよこれ、こういうのでいいんだよ。
不変なのは使った後の話で、使う前ならセーフとかそういう理屈だろうか?
「なるほど、じゃあレストが人化を使うのも、改変さえすれば、問題ないってことでいい?」
「あぁ……まぁそうなのだが……」
微妙に歯切れの悪い物言いに、リシアの視線が鋭くなる。
「問題ないなら、早く教えて」
「我は人化のやり方を知らぬのだ……アレはそもそも人間が使う秘儀だからな」
「……レスト」
「えっ……何?」
突然呼ばれて、何事かと思ったら、
「二人で、探しに行こう」
「マジすか……」
すごい事言い出したよこのコ。
俺、この世界の常識とか土地勘がまるで無いんだが。
後さらっと親を置いてく気らしい。
なんて若干見当違いの思考をしていると、親父さんが慌てて止める。
「話は最後まで聞かぬか! この洞窟の奥に古代の遺跡がある……我らが使命である、遺物抹消に多少背く事になるが、そこになら人化のやり方があるやも知れん」
なんか使命とやらのネタバレ食らった!?
しかもこの奥、そんなもんあったのかよ!
聞いてよかったんかねこれ……
「ならすぐに」
「だから待てと言うに……まだ魔獣の駆除が終わっておらぬ。多少ではあるが、我でも危険な奴もいるのだ」
「じゃあ今すぐ、殲滅してきて」
酷い無茶振りを見た。だが俺は突っ込まない。怖いから。
「何をそんなに焦っておるのだ……数日中にはほぼ片付く。おまえは少し外で頭を冷やしてこい……」
「むぅ……わかった。散歩でもしてくる」
リシアはそう言って、洞窟から出て行く。
あ、なし崩しで説教は終わったらしい……助かった。
俺は親父さんに、声を潜めて問いかける。
「お、いや、リベルスさん……」
「……言い辛いなら、もう好きに何とでも呼べ」
気怠そうに体を横にしながら、投げやりに言われる。
グッタリしてらっしゃる……これは相当疲れているご様子。
「えっと……本当にこれ、秘儀の影響受けて無いんですかね……?」
「そのはずなのだがな……良かったではないか、えらく気に入られて、ん?」
棘のある物言いをされる。
この反応は八つ当たりも入ってると思われる……
「そうですね……とても嬉しいです」
「ふん」
素直に告げると、それで話はお終いとばかりに、親父さんは瞳を閉じる。
俺も徹夜で、バトル紛いの事して、説教されて、本当に疲れた……
とりあえず今は、色々な事を後回しにして眠る事にする……
凄まじく難産だった。
あ、活動報告とか書いてみたんで、良ければ見て下さい。