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蹴ったり噛まれたり

 俺は今、疲れ切った体を引きずりながら、コンビニ袋片手に鬱蒼とした森を彷徨っている……。

 周りを見れば明らかに日本、と言うか地球には無さそうな植物が生い茂り、どんな動物か想像もつかない咆哮が辺りに響いている。


「どこなんだよここは………」


 ぼやいても仕方ないのは百も承知だが、いきなりこんなところに放り出されれば誰だって文句の一つも出るだろう。

 まして自身に何の落ち度もないのなら尚の事。



 気分転換のつもりだった。

 休日なのをいいことに10時間ほどぶっ通しでゲームをした代償に、疲労や空腹は限界に達していた。

 流石に休憩しようと思い、シャワーを浴びてコンビニに出掛けた。

 ここまではいい……至って平常運転だ。

 問題はコンビニで買ったチキンを食べながらの帰宅中に起きた。


 一切の脈絡なく、俺は森の中に飛ばされた。たった今まで住宅街を歩いていたのに、だ。

 主観的には、住宅街が一瞬で、気味の悪い森にすり替わったようにしか見えなかった。


 意味がわからない……仮にラノベ的展開に巻き込まれたとして、意識を失うなり、召喚陣が現れるなり、何かしらあって然るべきじゃないのか?

 召喚者や神様的な何かというチュートリアルキャラが現れて、色々と説明責任を果たすべきではないのか?


 かれこれ体感1時間以上彷徨っているが、一向に景色は変わらないし、状況に何の変化もない。


「まぁ疲れてるのは自業自得な気はするが……」


 しかし仮に体調が万全でも。三十路超えの半引きに、夜間の森歩きなど無理難題に過ぎる。

 眠気もヤバいが、こんな薄気味悪いとこで寝たくないし、とりあえず安全そうな場所を見つけねば……。

 せめてスマホがあれば……と、一瞬思ったがどうせ圏外で位置情報不明ってオチか。

 でもライト代わりにはなったなぁ。

 そんな益体も無いことを考えながら、ボケっと歩いていたら何かに思いっきり躓いた。


「うおっと!?」

「キャウン!!」


 危うくヘッドスライディングを決めるとこだった……。

 ってなんか変な声が聞こえた!?

 躓いた辺りをよく見ると、トラバサミ的な何かにかかった子犬のような生き物がいた。

 

 未鑑定的な言い回しなのは、どちらも微妙に俺の知ってるものと異なるからだ。

 トラバサミの方はかなりエグい形をしているし、子犬の方は異様に牙が長い、気がする。

 というか視線が痛い。まるでこちらを非難するかのような………。

 これはアレだな? じっくり観察してないで、早く謝ったほうがいいやつだな?


「ゴメンよワンコ! 大丈夫?」


 謝罪と心配を理解したのか、一瞬ジトっとした目を向けられたものの、警戒心は薄れたような気がする。

 だが次の瞬間興味を失ったのか、ふいっとそっぽを向かれてしまった……。


 いい加減疲れたし一休みも兼ねて、こいつを存分に愛でよう。そうしよう。その為に必要なことは……。

 子犬に近寄って、俺は告げる。


「ワンコよ、その邪悪な戒めから、俺が解き放ってやろう!」

「………………」


 「何言ってんだこいつ」みたいな目で見られた気がする。

 無駄に大仰な言い回しだったのはともかく、動物好きとしてこの状況は放っておけん。

 しかしこれ、素手じゃ無理だよなぁ。

 近くに何かないかと探すこと数分、それは見つかった。


「ちょっと錆びてるが……剣、か? これ」


 なんでこんなもんが……と思ったがそれより子犬だ!

 よし、こいつでこじ開けよう。

 剣を持って急いで戻る。

 すると子犬は物凄い剣幕で威嚇をしてきた! これ下手に近付いたらガブリといくやーつ。

 ……罠が無ければ、今にも飛びかからんばかりだ。


「グルルルゥゥゥ………」

「今罠を外してやるから、そんな唸るな……子犬とは言え流石に怖いから」


 敵意が無いアピールとして、両手を上げゆっくり近寄る。

 大丈夫……こういう場合、なんだかんだで無事に済むはず。ソースは二次元。

 そっと剣を罠に食い込ませる。

 次の瞬間、思い切り足を噛まれた。

 えぇ……マジかー。この展開で噛むかー。

 でもよく考えるとこいつから見た俺は、蹴った後いきなり剣を持って近付いてくる不審者か。

 ……それは噛むよなぁ。

 なんて現実逃避してる場合じゃ無い! 牙が長いぶんメチャクチャ痛い!


「痛たたた……! 外してやるから唸るな噛むな暴れるな!!」


 足に感じる激痛を無理矢理捻じ伏せて、てこの原理で強引に罠に隙間を作る。

 すると子犬は勢いよく罠から抜け出し、空中回転を決め華麗に着地……することは叶わず、ベシャっと墜落した。

 うん、そら罠で足痛めてるからね。そうなるよね。俺も今ジャンプしたら多分あぁなる。


「超いてえ……でもまぁ抜け出せてよかったな、痛い思いした甲斐もあったよ」


 子犬に向かって微笑みながらそう言うと、苦い顔? をしながら足を引きずり森の奥に消えた。


 ……流石現実さん、自己満足以上の報いはなかったよ。

 さっきまでの思考もそうだけど、いい加減非日常に紛れ込んだのをいい事に、ラノベ脳全開じゃヤバいなこれ。自宅がゲームと本で埋もれてる身としては、ある意味正常な気がしなくも無いけど。

 

 とりあえず疲れてもう動けん。

 噛まれた足も痛むし、これは終わったかな? 辞世の句は何にしよう。

 そんな阿呆なことを考えていたら腹が減ってきた。一応まだコンビニで買った物が少々ある。が、これを食べ切るといよいよ終わりが見える。やはり温存すべきか……。

 

 5分ほど塾考していると、茂みからガサガサと何かが近付いてくる音が……。

 なにそれやだ怖い。

 ……子犬がいるなら野犬もいるよね。


 足を怪我して疲労困憊で睡眠不足の半引きこもりVS野生の獣。


「銃があっても詰んでるんじゃないですかね……」


 勝てる要素は欠片もなく、明るいビジョンが一切見えなかった。

 罠解除に使った錆びた剣で自害することを、かなり真剣に検討しだした俺の目の前に、さっきの子犬が現れる。

 おまえかい!! 全く驚かせやがって……と思った辺りで気付く。いや待てよ? これ親御さん連れてきたんじゃないの?

 やっぱ自害しよう。子犬でもあんなに痛かったんだ。成犬ならどれだけ酷い事になるか……。


「ガウッ!」


 うお!? 何かと思ったら、子犬が変な葉っぱを俺の前に置いた。

 もしや子犬の恩返しか! やったぜ。

 ここにきて逆転勝利だ!! うん、なんかテンションおかしい。

 深夜のノリだこれ。いや転移? する前は深夜だったし、何もおかしいところはないな。

 一人で落ち込んだり舞い上がったりしていると子犬が、いいからはよつけろと言わんばかりに傷口に葉っぱを擦りつけ始めた。


「待って、痛い。自分でやります。だからグイグイ押し付けないで」


 子犬に急かされるように治療した俺は、その薬草らしき物を子犬にもつけてやった。

 自分の怪我を後回しにして、俺のために見つけてきてくれたのか……。

 なんて優しいやつ! まぁこの怪我はこいつのせいだから、マッチポンプみたいなものだが。


「さて応急処置は終わったが、お互いどうすっかねぇ?」


 子犬は視線を逸らす。これはノープランですね……。

 ならとりあえず腹を満たすか。やっぱ空腹限界だわ。チキンしか食ってないしなぁ。

 袋からジュースのつまみ(酒は飲まない、ゲームと読書の妨げになるから)に買ったサラミを取り出す。

 何となく子犬の前で左右に振ってみる。子犬もそれに合わせて首を振る。……まぁそうなるな。


 なんだっけ? 食べ物を自分も食べながら分け与えるとよく懐くとか、なんかで見たな。

 いい機会だし試してみよう。一人で食うのも感じ悪いし、こいつも長時間何も食ってないかもだし。


 一口嚙る。そして差し出す。8割方持っていかれる。

 ウッソだろおまえ。

 あ、流石に取りすぎたと思ったのか、返してきたな……。いいよもう全部やるよ。思いっきり歯型がついたのは、うん……。

 まだ袋に他の食い物入ってるから、全然気にしてねーし!

 子犬はサラミを食い終わると、膝の上に乗ってきた。

 そして一心不乱に舐めてくる! あの方法は本当だった!

 ……と言うよりこいつがチョロいだけだなコレ。まぁこっちも餌で釣ったようなもんだし、指摘するのは野暮だよね!


「よーしよしよし!」

「ガウガウ!」


 折角だから俺はこの子犬を愛でるぜ! どうせやることは……なくもない。が、現実問題やれることは何もないしな。

 俺は、ひとしきり(お互い足が痛まないように)撫でた後、天の助け的な物はまだかなぁ。なんて考えながら空を見上げていると、またガサガサと言う音と何かの気配が……。

 二人してビクっとしながら周囲を窺う。しばらくして一人の男が現れた。

 剣を腰に差して、皮鎧っぽいのをきた……一言で言うとロープレの冒険者みたいなおっさんだった。


「axjjdhhejcusine!!」


 やっべえなんて言ってんのかさっぱりわからん。ただ、なんか怒ってるっぽいことはわかる。だって凄い形相ですもの……。


「ワンコよ、この方は何と仰っているのでしょう」

「クゥン……」


 ですよねー。俺の言葉は分かってるような反応だが、これは雰囲気で何となく把握してるだけっぽいしなぁ。


 ん? もしや狙いはワンコか? 罠にかかってたし。

 ワンコを持ち上げる。左右に振る。冒険者の視線も釣られて動く。わーい正解っぽい!

 これ渡せば俺は助かるし、村とかに案内されるパターンだな! うむ、間違いない。

 ワンコは不思議そうに俺を見ている。渡した場合こいつどうなるんかなー。

 正直あんまり楽しい想像は出来ない。

 あんな罠を仕掛ける人間だし。いや仕掛けたのがこの人とは限らないけども。

 渡さない場合、多分この感じだと、敵対する羽目になる。


 選択肢は二つ。


 子犬を渡す。この場合恐らく俺の安全は保証されるが、子犬がどうなるか不明。


 子犬を渡さない。 こちらの場合は俺の村や町への切符&安全が失われるが、子犬は助かる。

 ただし足を怪我した俺が子犬を抱いて、逃げおおせればという注釈付き。


 利口な人間なら迷わず差し出す場面だろう。でもこいつ、噛んだこと気に病んで薬草持ってきてくれたしなぁ。

 なんてつらつら考えたが、実はこの思考には一切意味がない。

 世の中には。崖から落ちそうになっている人間と犬、片方しか助けられないのなら。迷わず犬を助けるようなそんな人間が一定数いるのだ。


 いや、一応意味ならあったか。お陰で第三の選択肢が浮かんだ。真っ当な人間ならありえないやつだけどな!!


「dhielcnkaue!?」


 おっさんが怒鳴りながら剣を抜いた。多分早く渡せ的なこと言ってんだろうなぁ。

 俺は子犬を後方にぶん投げると、さっきの錆びた剣を拾い上げ、男に向けて構えた。


「ここは任せて先に行け!!」


 よもやリアルでこれを言う機会に恵まれるとは思わなんだ。

 出来ればこれが、逆に生存フラグになることを祈りつつ、俺は第三の選択肢を選んだ。





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