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先週の水曜日、そして木曜日について② / ある女の独白③

 女は立ち止まった。


 目の前を8両編成の電車が音を立てて通り過ぎた。風圧で女の髪が巻き上がる。そのうちの数本が女の唇に張り付く。女は煩わしそうに髪を払うと、ホームの反対側へ向かった。そして視覚障害者用に設けられた黄色い凹凸のあるスペースから2歩ほど下がったところに立った。全ての四肢に力が込められているのか、胸は張って背中が反り、ふくらはぎの緊張で足がより一層ほっそりとした形を作っていた。


 女は到着した電車に乗り込み、再び渋谷に戻って電車から降りた。十数分前とまったく同じ道を反対方向へ進んでいく。女の体から地下の湿ったカビ臭い空気が離れていき、かわりに食べ物や香水、人の汗など有象無象の臭いが混じった泥のような空気がまとわりつく。それでもなお足取りは軽く、まるで踊っているかのようだった。

 いくつかのエスカレーターを上がり、改札を抜け、数回角を曲がったところで女は広い舞台に登場した。渋谷ハチ公前スクランブル交差点ではいつも通り大勢の人間がうごめいていた。

 女はカーテンコールに応えるように道路の限界まで近寄る。そして客席にいるはずの想い人を探すように、反対側の交差点に並ぶ人間の顔をしげしげと見やった。たくさんの顔、顔、顔。女の視線はことさらにゆっくりと動いた。

 2,3度左右に往復した女の首の動きが突然止まった。女は交差点の向こうの一点を凝視する。一度視線を外してうつむき、さらにもう一度同じ方向を見つめた。女の唇が動いた。女の横に立ってたサラリーマン風の男が女の声に気づいた様子で首を傾げた。男は一度女を見たが、すぐに向き直って信号が変わるのを待った。

 交差点には次々と車が侵入し、そして通り過ぎていた。乗用車、トラック、救急車、パトカー、街宣車、乗用車、ひときわスピードを出しているスポーツカー。


 女が客席に向かって進み出た。

 先程の男が「おい、まだだぞ」という声は耳に入っていないようだった。

 

 女のコートが翻る。

 

 車体の低いスポーツカーが、その場にいる全員の鼓膜を破りかねない突拍子もないブレーキ音を出す。女の耳にも当然届いた。音源に顔を向けた女の顔は笑っている。スポーツカーの運転手はライトに照らされた女の顔を見て青ざめる。すぐにきつく瞼を閉じ、あらん限りの力を振り絞ってブレーキを踏んだ。

 

 男が精一杯に腕を伸ばす。

 スポーツカーの先端が女の脚を弾き飛ばす。

 


 女の体は宙を舞った。



  *


こんなところで会えるのなら、はじめから愛していると言えばよかった。


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