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ある女の独白②

 夢みたいだった。あの人にそっくりな人にナンパされるなんて。洋服屋さんや美容室で聞かれてとっさに話を作っちゃっただけなのに。途中から想像が追いつかなくて、ほとんどあの人のことを思い浮かべて喋っていたのだけど。本当にあの人にそっくりだった。ああ、びっくりした。全然落ち着かない。まだドキドキしてる。これは本当に現実なのかな。とっても楽しかった。男の人にあんなに優しくしてもらったのは初めてだった。

 色の白い人だったなぁ。身長が高くてほっそりしていて、なんとなく女性的な雰囲気だったから安心していたけれど、最後に抱きしめられたときに硬い筋肉に触った気がする。ちゃんと男の人だったんだ。ギュってされたときの感触がまだ残ってる。あの匂いも。シャンプーや柔軟剤じゃなくて香水だよね。甘くて眠くなるような素敵な匂いだった。思わず抱きしめ返しちゃったけど、大丈夫だったかな。ファンデーションを襟につけちゃったかもしれない。

 ああ、やっぱりだめ。思い出しただけでまだ体がゾクゾクする。

 キスするのも初めてじゃなかったけど、あんなに丁寧にゆっくりしてくれる人はいなかった気がする。唇ってあんなに柔らかいんだ。わたしのはカサカサだけど、タクヤさんのはシフォンケーキみたいだったなぁ。きめ細かくて、しっとりしてた。何か手入れをしてるのかしら。顔の肌もきれいだったし。

 タクヤさん、今いくつなんだろう。同い年くらいかな。本当にあの人にそっくりだったけど、でも、どちらかというと若い頃のあの人に似てると言ったほうが正しいような。年下だったらどうしよう。


 どうしよう、じゃないや。もう死ぬんだし。


 あのままホテルに連れて行ってくれたら、わたしきっと死ななかっただろうな。というか、キスだけであんなにすごいのにセックスまでしたらどうなっちゃっていただろう。具体的な想像が全然できないや。上手な人はあっという間に服を脱がせて、午後のお茶を飲んでいるような甘さと気軽さで気持ちよくしてくれるらしいんだけど。

世の中はすごいなぁ。外見にお金をかけるだけでこんなにいい思いができちゃうんだ。褒められて、もてはやされる。わたしもう33歳なのに30分立ってる間に4回も誘われちゃったよ。あーあ。早く気がつけばよかったな。行きたくない飲み会をちゃんと断ってお金を貯めていれば、コンビニでなんとなくお菓子を買うのを止めていれば、もっとお金が貯まってもっとキレイになっていたかも。そしたらタクヤさんもホテルに連れて行ってくれたかもしれない。いいや、それ以前にあの人ともまた会えていたかもしれない。

 

 でももう死ぬって決めてたし、これで良かったんだよね。あとは電車に飛び込むだけ。こんなホームの端ならきっと誰からも邪魔されないはず。初めて降りた駅だけど、やっぱり地下鉄の駅なんてどこも見た目が変わらないな。

 それにしても渋谷駅にはあんなに人がいたのに、ちょっと離れただけでこんなに人気が少なくなるのね。おかげで快速電車が通過してくれるから都合がいいのだけど。ブレーキをかけずに通過していくところへ飛び込めば一発でしょ。


 どの電車にしよう。快速は30分おきか。あらら。快速の終電はこんなに早いのね。さっさとしないと。次の快速は7分後。わたしの命はあと7分。


 本当に死ぬの? 33歳で。

 短い人生だったのかな。いや、もう充分だよね。最後にやりたいことやれたし、会いたい人にはもう会えないんだから。幸せになんか絶対になれないんだから、生きていたってしかたがないよ。今日の幸運はわたしを哀れんでいるどこかの誰かからのプレゼントだったんだ。というか、お金の力。わたしじゃなくても成せること。

 わたし、なんのために生きていたんだろう。あの人のことで頭がいっぱいで、あの人の近くにいるだけで満足して、自分の人生のことを考えていなかった。わたしの幸せは、あの人だったから。賢くて優しいあの人のいる生活が幸せそのものだったから。それ以外は何とかなると思っちゃっていたんだよね。実際、仕事も続けられたし。そこそこいい仕事したと思うんだけどなぁ。でも外見については全く駄目だったみたい。ちゃんと人に聞いたりしてもっと勉強しておけばよかった。そうしたら、ずっと幸せでいられたかもしれないのに。努力しないからこんなことになっちゃうんだよね。もう取り返しつかない。死んでしまって当然。

 ああ、涙が出るなぁ。もう死ぬのに。泣いたって意味がないのに。どうして。


 そういえば、せっかく作り話が実現したんだったら告白まですればよかった。数時間デートしただけで告白されたら、いくら場数を踏んでいそうなタクヤさんでも戸惑っちゃうかしら。

 もう死ぬんだから、別にフラれたっていいのよね。やりたいことをやりきって死ぬと決めたんだし、告白したほうがいい気がする。というよりも、あの人に好きって言うつもりで。あの人にはもう届かないけれど、代わりにタクヤさんに聞いてもらおう。

 戻ろう。きっとまだ渋谷から離れていないはず。連絡先も貰ってあるし、電話すればつかまるんじゃないかしら。各駅停車の終電まではあと1時間ある。戻って、告白する。それから飛び込んでも、ちゃんと死ねる。

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