第三章 「無人の王座」 1
穏やかな晴天。中世ローマのような王国は人で溢れかえっている。
商人、武具店、馬車、騎士、貴族。あらゆる職のあらゆる店のあらゆる商人が街を構成している。
大広場の掲示板には次の王候補者のポスターが貼られていたが――といっても似顔絵と名前、手書きの紙だが――街の人間は一切興味を示していない。
街の雰囲気は穏やか、一見平和そうな場所であるが、一つ大通りから道を外れ覗き込んで見れば子供に食いついて金を巻き上げている不良達。
情報収集の前に早く使命を果たそう。おれは王城の前まで歩く。
徐々に景色が変わり、建物は豪華になっていくがそれに比例して人間の気が殺伐としている。怒鳴り狂い部下を殴り殴り殴る上司、杖をつき女を尾行する黒服の男、列を作り行進する騎士達。
愉快ではない。居心地が悪くてしょうがない。
あっけなく王城の前、城門の前まで辿り着いた。それにしてもどうやって中に入り、誰に報告しよう。
王はいなくともそれに代わる誰かがいるはずだ。次の王を決める議会の議長だったり、前代王の親族だったり。
先刻から気になっていたが、どうにも「不死」という言葉を耳にしない。そして勿論屍者、亡者の姿も見ていない。やはりこの世界に「不死」の人間は存在していないのか。となるとおれは特別な人間。
次の王に関しても気になる点がある。候補者全員を、街の者全員が軽蔑している。「おまえらには王の血が流れていないのだから到底不可能だ」と。
おれの足を餓鬼がすくった。
地面に倒れながら女性の悲鳴を聞く。
「ちょっと待って――返して!」
奥へ流れていく子供。どうやら逃亡中、肩をおれの腿にぶつけたのだろう。
女性がおれの横を走り去る。どうやら何かを子供に盗まれたようだ。取り返そうと必死に追いかけている。
ふふ、これはおれの出番だ。このようなイベントでは可愛い女性と親しくなる最初のお決まり。おれは不死、時を戻る主人公特有の特殊能力を持っている。
つまりこの女性こそが世界の問題に深く関わり、超絶美少女のヒロイン。
「おら、待てええ!」
そうとわかれば行動に移すほかない。
餓鬼の前に立ち塞がり両手を広げる。
「じゃ、邪魔だよ、どいて!」
という子供の悲鳴も叶わずおれと子供は衝突した。
痛みを覚えながら起き上がると綺麗な顔をした綺麗な女性がこちらを見ていた。おれの腹の上には子供が乗っている。この衝突事故を見る者は多数、紳士達なのだが。
とにかくおれは子供が盗んだだろうものを奪い取り、女性へ渡した。
「盗まれていたようだが、大切なものだったのかな」
と柄でもないことを言いながら。
盗品は巾着だった。拳一つ分の巾着。中身は見えないが、女性は中身を確認し安堵の息をついて一礼をした。
ほう、この世界では感謝の意を表す時は一礼なのか。日本と同じだ。
「ありがとうございます。とても大切なものでしたので」
そう言って足早に女性は走り去った。
ややピンクがかった綺麗な銀髪で、綺麗な瞳白い肌しつこくないドレス。
名前すら聞けなかった。これは失敗かな。
ひょっとすると王の候補者かも。こういった展開にはよくある話だ。
が、彼女と同じ顔の王候補者はいなかった。そもそも女性の候補者は二名。対して男は五名。似顔絵が馬鹿みたいに的外れではなければ見間違いしないはずだ。
門が敷地のセキュリティならば当然の話、おれは異世界で門に悩まされる。牢獄の正門ではどう開ければいいか、道中の無人の門では罠ではないか、王城はどう突破すればいいか、と困る。
とにかくいつも通り説明するほかないか。
「すみません」と門番――先刻の門番より確実に強そうな騎士である――の内一人に話しかけた。
門番はやはりおれを睨む。そしてこれもやはり甲冑の所為で眼は見えない。
「西の王国の遣いでこの王国の幹部に報告がありますので、通らせてもらい願う」
あれ、壮大に敬語と丁寧語を間違えた。いや日本語にすらなっていない。社会性皆無な人間は緊張するとこうなるものか。
というかおれテンプレートにはまる「変な人」じゃないか。剣を握って、防具もつけないで、西の国の遣いを語ろうか。
入国の門番は騙せても、セキュリティレベルマックスの場所だぞ。
「西の国……? 名乗れ」と門番は渋い声で問うた。名前を訊かれたか。
「は、ハズネ・ガクト……」
「西の国の名称は何だ」
は、何故知らぬのだ。もしや貴様も異世界人か。
「ディシヴァシーラ――じゃないのか?」
ふざけたことに騎士は黙った。
そしておれに槍の切っ先を突き付け、拘束した。
「国の名称」とは何かの暗号だったのか? いやまさか。それともやはり国名がディシヴァシーラではないのか?
あの村人、スークロックの村人は西の王国のことを聞く時に顔をしかめていた。嘘をついていたというのか、許せんな。
門番はおれの背中を突きながら王城の中へ入れた。しかし歓迎されていないことは一目瞭然。王城内の王座のある部屋に到着した。
門番の指示により正座にされる。まずい、この状況は非常にまずい。
見上げると王座のとなり、左右両方に席があり、そこに老人が並んでいる。
「罪状、偽りと刀剣類違反」
門番は告げた。
「は? ちょっと待てよ、偽りって。おれはだから――」
「黙れ」と王座に最も近く座る老人が制する。
おれは罪人なのか。何だこれ急展開過ぎるだろ、ついていけねえよ。いや、おれが異世界人であることがまずおかしいのだ。この国の通貨も、元の世界の通貨すら持っていない。
「裁きは公平でなくてはならぬ、故に名を持って公平としよう」と老人。
なんだこのチュウニビョウ臭は。
取り敢えず名前を訊かれたので答える。
「おれの名はハズネ・ガクトだ」
「バルサネ・ブルーノ」老人は名乗り「武器は何処へ」
「わたくしが所持管理しております」
門番が後ろで答えた。振り向けば確かにトワイライトの剣が握られていた。
唐突すぎる。おれは迂闊なことをした、しかしそれだけで王城の中でこれほど真剣に裁判をするものか。こういった変な人間を拘束し罪人として裁くことが日常茶飯事でなければあまりにも理不尽だ。
「ハズネ・ガクトよ、言い分はあるか」
老人が問う。恐らくこいつが現在の王国の最高位者なのだろう。そうでなければ王座から最も近い席へは座らない。
しかし何を隠そう、アナリスト羽捻学斗をなめるでない。「何があってもおかしくない」これがおれのモットー。常に冷静に状況を解析し最善の手を打つ。
「おれは西の王国の遣いだ。いや、正確には遣いの使命を継いだ者だ」
「西の王国?」と老人は渋い声渋い顔で疑問符を浮かべた。なんだこいつらは。東の人間は西の国を知らないというのか。どれだけ地理を勉強していないのだ。
「ディシヴァシーラだよ、知らないのか」
城内が凍りついたように沈黙が支配した。
何だ。間違っているのか。
「王国は世界に唯一、このアーヴァシーラのみである。世界に王が二人君臨して何の得があろう。西の国にディシヴァシーラなる国はあらぬ」
「は?」王国がない? 王は二人存在しないだと。
確かにトワイライトは「亡き国の王に命じられて」と言っていた。
王は存在する。何故東の上層部であろうこいつら老人様が知らないのだ。おかしい。
「おれは、西の王国の王に、東の王国に現在の状況を報告する任務を命じられたトワイライトという女性の使命を継いだ者だ。実質西の王国の遣いだ」
そう言うと老人ブルーノは目を丸くした。
「そのトワイライトの任務の内容、うぬはこの王国へ何と報告するか。この場で使命を果たせ」
やっとか。これでおれの罪と使命はなくなるわけだ。
「東の王国の王の不在により、西の国々が消滅している。直ちに王を選出せよ」
ん? なんだ、この違和感は。
「そうか、西の国々の遣いか」
なんだ? 何か引っかかる。
「ならば罪を取り消そう。うぬを使命を果たした事実により西の国々の遣いとして認め、故に刀剣類の所持を許可する」
そうか、無罪になったわけか。実に良いことだ。
「ただし西の遣いよ、王なき帝国に従え。うぬに命ずる。王を選出するため、王の証を集めろ」