第二十五章 「黄昏トラゲティリープ」
番外編です。いつ投稿するかは未定ですが、まだ続く予定ですので、後書きはまた今度。では、番外編をお楽しみください。
守護を一つ盗まれた。
西都ディシヴァシーラ郊外に点在する追放者の拠点、その司令塔に当たる教会の中でトワイライト・マックスフォードは奥歯を噛み締めた。まさか当時の彼女がこの先起こる惨劇を予想していたわけでもないが、これは由々しき事態であることに変わりはない。
追放者の拠点には二つの守護があった。一つは彼女が自らの体にねじ込み、一つは何者かに盗まれた。
何者か、なんて考えるのも無駄だ。例えそれが部下であったとしても、首謀者はサテライトであるはずなのだから。わたしは知っている、憶えている、彼女が対立を宣言するために追放者の長を襲撃したことを。
彼女ならなんだってやりかねない。我が妹ながら、その性格はまったくの逆で、精神的にはトチ狂ったただの殺人鬼だ。
彼女の手によって『自由会』はほぼ壊滅したという。彼女が影の世界と手を組んでいることは、わかっているんだ。
トワイライトは自分の妹の狂気に対する評価を再び更新しながら、教会を出る。広場には今までのような愉快さは微塵も残っていない。これはもはや戦争なのだ。
追放者が二つに空中分解した。彼女が率いる「尊重派」、サテライトが率いる「救済派」の二つ。対立のきっかけはその尊重と救済のどちらを取るか、という問いかけだった。
元々数年前からアーリーの影人化阻止の方法はわかっていたため、対立はその頃から既に起こっていたのだ。そして当然、姉妹の仲はその頃から悪くなっていった。
敵を殺した後、死体をどうするか。そんな議案の論争であった。トワイライトはふと思い出す。
「死体をその上斬り刻むのは人権に反する行為だ」
「死体に人権はない。それより死後、化物にならないよう仕向けるのが殺人者側のせめてもの手向けだろう」
根本的にものの捉え方が異なっていた。やがて追放者は二つに決裂。
もう、この広場にはサテライトもアンナもリリーシアもいない。特に、リリーシア・シュミットとの別れは彼女に衝撃を与えた。幼馴染のような、親しい仲であったからだ。
自分の考えと異なる流派についても、仕方がないか。
そう割り切ることで悲しみを取り去る。
トワイライトは拠点を出、翌日の遠征に向けた食料調達のためにディシヴァシーラ都心部ミュンヘルへ出向いた。
しかし、彼女は拠点を出た瞬間多大なる違和感を覚えた。なにか、重い空気が肩を押し潰しているような、不快な感覚。
それでもミュンヘルまで到着すると違和感の正体らしきものを理解する。
人がいない。
こんなこと、あるだろうか。
確かに東都の王家の断絶により貴族が慌てふためき経済的にも破綻し、王国そのものが機能しなくなった。
それでも、たった一人として人間を見かけないなどあり得るだろうか。
彼女は無人の店に金を払い、勝手に食料を持ち出し、拠点へ戻った。
すると、途端に不快感はなくなった。
いったいなんだったのだろうか。
「どこへ行かれていたのですか?」
門番がトワイライトへたずねる。
「見ての通り食料調達。それにしてもミュンヘルにたった一人として人がいないなんて信じられるか?」
門番は首を傾げた。
「ミュンヘルとはどこですか?」
一瞬、彼女には門番がなにを言っているのか理解できなかった。
嫌な予感を覚え、遠征の予定を早め、今日の内に出発するよう全隊員に告げた。
遠征先の惨劇など、計算の内に入れることなど不可能だった。
*
運命はなぜこうも残酷なのだろうか。
世界はどうして運命通りに歩み続けるのだろうか。
そんな全て、滅亡してしまえ。
奥歯を噛み締め涙を流すトワイライトの前に、リリーシアの死体が倒れている。
かつて幼馴染であり親友であった、敵。
「どうしておまえは死んでしまうんだ……」
この涙はなんのために流している。
わたしはなぜ泣いている。
親友の死体を見て悲しんでいるからか? 世界に対して激怒しているからか? 何度繰り返しても運命が変わらないことを理解した上で、自分の無力さに絶望しているからか?
トワイライトはまた、毎度のように、いつか英雄から渡された剣を握り、自分の頸動脈を掻き切った。
そして数日前の比較的平穏な館に遡る。
そう、彼女は今までに同じ時間を何度も繰り返している。
それゆえにこれからなにが起きるのか、全て理解している。
「全隊員に告ぐ、戦闘態勢に移れ。救済派が数時間後ここを襲撃する」
全隊員でこの場を立ち去るという手段は既に試した。だが、結局その夜の内に奴らに発見され、戦闘開始。多くの犠牲者が出て、もちろんリリーシアもそれに入った。
遠征開始から三ヶ月ほど経ち、次なる拠点となる館に到着した初日の夜。
まさかそんな初っ端から奴らに襲撃されるとは全く思ってもみなかった。
戦闘は始まればおおよそ三日から五日間行われる。戦場での睡眠は命取りになるので一度開戦すれば徹夜である。そして、なにをどうしたって、リリーシアの死を受け入れたって、寝れば、また初日の夜に巻き戻される。
トワイライトは急いでリリーシアの侵入口で待機する。正直、彼女以外の命なんて興味ない。わたしは、彼女が救われればそれでいい。それだけでいいんだ。
色々な思いが錯綜する中、ガラスの割れた音が館に響き、戦闘が開始された。
今、見張っている出口に影ができた。
三、二、一。
トワイライトは剣を振りかざし、一人目の侵入者を戦闘不能にする。返り血が豪快にかかったが気にしない。
勢いよく外に出、目の前で立ち竦んだ二人目の敵を一閃。戦闘不能へ。
そして三人目の敵の手を握って、森林の中へ逃亡する。
「え、え?」と敵は混乱している。
「リリーシア、わたしだ、トワイライトだ。今、世界は滅亡の危機に直面している。こんなしょうもない、なんの得にもならない戦闘なんてしている場合ではない。既に影がディシヴァシーラを飲み込んだ。このまま放置していればいずれ世界が滅ぶ」
彼女は、全速力で逃げながら今起きている全ての状況をリリーシアへ説明した。
戦闘をする意味はないこと。王家の断絶によって影が侵略し始めたこと。よってその危機を東都に伝える必要があること。
「わ、わからないよ、どうして、トワはわたしを殺さないの? それとディシヴァシーラってなに?」
「わたしはあなたを殺さない。絶対に死なせない。そのために世界と運命に抗い続けている」
ホットゾーンから離脱したことを確認し、疲れたため立ち止まって少しばかり休憩しようとした、その瞬間。
目の前で、リリーシアの背中が斬られ、トワイライトへよりかかった。
「え?」初体験であるトワイライトは戸惑う。
なぜ、今回は完全に激戦区から抜け出せた。もし待ち伏せされていたとしても攻撃するならわたしのはずだ。
リリーシアの背中からは尋常じゃないほどの量の血が流れ出ている。
瞬く間に地面とトワイライトの体を赤く染める。
「トワ……トワ……なに、が……起こ……」
彼女の口から発せられた声はたったそれだけだった。
奥歯を噛み締め、犯人を睨む。
湾曲した剣を握った独特な風貌の男。
間違いない『自由会』の男だ。
まさか、この戦闘に第三勢力が参加しているとは……。
もう、運命なんて変えられないんじゃないのか?
トワイライトは絶望した。
これで何度目だろうか。親友の死を目の当たりにするのは。
「もう、疲れたよ……」
彼女は自由会の男に惨殺された。
そして夜の館に巻き戻る。
もはや笑わざるをえなかった。
感覚が麻痺し、狂っていた。
少し、休みたかった。
彼女は毎度恒例である戦闘態勢への移行を宣言せず、自室に戻ってベッドに突っ伏した。
ひょっとしたら、このまま眠ってしまえばなにも起こらないのかもしれない。
どちらにせよ、疲弊した心身でどうにかしようなど愚か者の考えだ。
意識が暗闇に埋没した。
瞬間、眠りの快感を得ずに夜の館の廊下へ巻き戻る。
「ぜ……全隊員に告ぐ……戦闘態勢に移れ。数時間後に救済派が襲撃してくる」
全ての可能性は絶たれた。
あとは、リリーシアを守護しながら、戦闘を終わらせなければならない。強引に。そうでなくては絶対に死んでしまう。
トワイライトは前々回同様にリリーシアを確保し、今度は館の中へ連れて行き、状況を説明。
敵との戦闘に参戦する。
十数分経つと館全体を炎が包み、二人は外へ出る。
その瞬間、強い爆発が生じ、二人揃って森の方へ薙ぎ払われる。
そこもホットゾーンであることに変わりはなく、トワイライトが彼女を保護する前に、尊重派の手によって、彼女の体を一本の剣が貫いた。
「やめろ、よせ!」
隊長命令に驚いた尊重派の兵は剣を引き抜き、怒られることを恐れ、どこかへ逃げていった。
「トワ……わたし……」リリーシアは瀕死状態であった。
トワイライトは地面を這いつくばって彼女のそばによる。
「死なないでくれ……」
「……多分、もう……」
何度繰り返したって変わらない。
リリーシアは絶対に死んでしまう。
「わたし……死にたくない……」
「ああ、死なないでくれ……!」
どう訴えたところで死んでしまうことは一目瞭然であった。地面に広がる血の海がそれを物語っている。
「最期は……化物なんかにならないで……なりたく、ない……」
「ああ、ああ、あなたは化物になんか……」
「だから、トワ……わたしの四肢と……心臓を……」
リリーシアが死んだ。
最後になにを言っていたか、トワイライトには当然理解できた。
影人になりたくないから、自分の四肢を切断し、心臓に杭を打ってくれ。
尊重派、つまりそれをしたくないと主張する彼女に、お願いしたのだ。
「わたしは、あなたを尊重するべきなのかな……」
泣きじゃくって、涙が止まらないまま、リリーシアの死体の四肢を切断し、リリーシアの剣で彼女の心臓を貫いた。
この事実が未来へと繋がる。
「なにをしている! トワイライト!」
サテライトの怒声が届く。
気がつけば、四方八方影人に囲まれ、サテライトに怒鳴り散らされていた。
わたしもここで死ぬのか。
いや、親友を捨てた身、せめて世界を救わねばならない。
もし、わたしにはできないのなら、追放者の監獄にいる英雄に頼むまで。
彼女に向かって剣を振りかざすサテライトの胸を一突き。命の源を絶った。
瞬間、サテライトはくずおれ、死亡する。大丈夫、彼女は死なない、その守護を身につけている以上、死ぬことはない。
影人の攻撃を潜り抜け、トワイライトは逃亡した。
追放者の監獄に到着する。
影の侵略スピードは次第に速くなり、とうとうこの監獄すら後三日ほどで飲み込みそうである。
その前に用事を済ませなければなるまい。
きっと、英雄はここにいるはずなのだ。
監獄の中庭に一体の石像が見える。
しかし彼女は知っている。
それが石像ではなくヘッカートという門番の死体――影人であることを。
建物に入り、英雄を探している内、二階の死体遺棄所で生者のうめき声を聞いた。
扉を破壊し、その中であたふたしている男に自己紹介。
男はもはやこの世界のことすらなにも知らないようなので、英雄ではないことはわかったが、ディシヴァシーラという言葉になにも引っかかりを覚えていなかった。
結局、英雄ではないにせよ――ひょっとしてもしなくても、英雄は死んでしまったのだろう――自分の使命を誰かが受け継ぐことが重要なので、西の王の命令と嘘をついて男に使命を継がせた。
そろそろわたしは死ぬ。
彼女には自覚はあった。
少し離れた廊下で力尽き、よれかかる。
これがわたしの最期か……あっけないものだ。
憧れの人物にも会えずに、あの男を先導することもできずに、人生を終える。
諦めて、目を閉じる。
そのとき、男が現れた。
使命を継がせた男だ。
死に際、こいつに英雄の在り処を教えてもらうか、などと考えていると、心のどこかで、わずかに願っていた奇跡が起きた。
「なあ、あんた。さっきここでおれと会わなかったか? 英雄の話をしなかったか?」
は、はは。
そうかそうか。
きみが、追放者の英雄だったか。
記憶喪失にでもなったか?
あれほどわたしたちに自分はなんでも知っていると自慢して来たろうに。
なんだ。会えたじゃないか。
憧れの、英雄に。
だから、最後に感謝の意を述べよう。
「ありがとう。もうわたしは十分だ。この世界に未練はない」
ただ、きみとずっといたかったかな。
けれど、良いだろう。
これでお互い様にしてくれ、リリーシア。
「最期にきみと話せて光栄だ」




