第二十四章 「世界の初まり」 2
ひょっとしたら、初代王と呼ばれている王は本当の初代ではないのかもしれない。
恐らく、この状況から西の都ができるまで相当時間がかかるはずだ。
墓なんて作れる技術もないだろう。
目の前の王は、それでも、王に違いなかった。
古代人よりもずっと王にふさわしい風貌。豪華な服装と装飾。
彼はどうやら、暗闇を開拓しようとしているらしい。
今まで歩いてきた場所は王が開拓した影の薄い場所に過ぎず、まだ人間が住めるような場所ではない。
守護の効力も、この頃はまだそれほど強くないのだろう。
「なんで、守護には時間跳躍の能力が付与されたのだろう」
おれはユリアにたずねた。
「わからない。けれどなにか、些細な時間跳躍が必要になり、それを経て徐々にその能力が開花したのかもしれない」
「いったい、どんな状況なのだろうか」
おれの場合は、ただひたすら人を助けるために時間跳躍を必要とした。
けれどそれは「利用」したのだ。決して発明したのではない。
元々あったから、その目的に利用した。
なら、オリジナルは、起源は、どんな理由なのだろう。
「龍を討つとき、我々は時を遡った」
王は答えた。ちなみに、いざたまえかし、とか古語を使っていたが、実際はなんら普通に話せるらしい。
ただの演出か、たち悪いなこの王は。
「龍を倒すときに?」オウム返しに訊く。
「龍に時はなく、常に一定の波に流されている。ゆえに、我々は幾度も遡り、龍に抗いわたり、ようやく討ち取った」
しかし変な言葉遣いに変わりはないか。
「影は遡行の影響を受けず、一定の時の流れに流される。だから、龍へのダメージは蓄積され、自分たちは何度も死んでは蘇って、攻撃すれば、また蓄積され、とうとう討伐することができた、というわけか」
それならあんな巨体の化け物を殺せたのに納得がいく。
さあ、守護についての謎は解けた。
次は、王の証だ。
「王の証を探しているのだが、知っているか?」
王の証をどうするということは恐らくないはずだ。
だが、一度は存在を確認しておきたい。
これがないと、世界は永遠に影に支配されたままのはずだ。
「これか」
と王が見せたのは王冠であった。
そこには光を宿したクリスタルがはめ込まれている。
よし、支配力の源は既に確立している。
ならば、この忠告も、王の心に響くはずだ。
――東西の分裂には気をつけろよ、と後世まで伝えてくれ――
そう伝えようとした。
伝えれば間違いなくおれの全ての任務が果たされる。
そのはずだった。
しかしおれは余計なことを考えてしまった。
まずは、しょうもない、臆病な考えからだ。
後世に伝えてくれ。その程度で本当に東西の分裂が起こらないのか?
そんな馬鹿なことはあるか。
なに平和ボケしているんだ。
説得すれば良い、と言ったのはただの思いつきでその場しのぎの回答だったはず。
なにまともに受けているんだ。
思い出せ、あの惨劇を。
どんなに抗っても絶対に変えることのできなかった運命を。
運命には強制力がある。たった一言で運命が傾げることなんてありえない。
この「迂闊だった」という後悔は余計に物事を冷静に考えさせる。
「なあ、ユリア、東西はなぜ分かれた。いや、違うな……実際、本当に東西は仲が悪かったのか?」
「うん。東西は仲が悪かった。西側は東側に不満だったはず」
「どうして?」かなり重要な情報を、おれはまだ聞いていなかった。
ユリアはどうしておれがこうも少し焦っているのか、理解していない様子で説明した。
「まず、東の都なんて元々存在しなかった。西側に初代王の墓があるように、世界の起源は西側。けれど、あるとき、事件が起きた。王家が王の証を持つ者の後継を巡って二つに決裂した。一方は東へ、一方は西へ。そのとき王の証は東へ渡った」
話を聞きながら再び謎が露見する。
「西の王は、東の王と血が繋がっているのか?」
「うん」彼女は平気で頷いた。
「西の王は王国が影に飲み込まれる前まで生きていたか?」
「多分」
それなら、少しおかしくはないか。
「ならなぜ西の都は不満を爆発させた」
「え? どういうこと」
「影は人の憎悪や不満などの負の感情の多い場所から侵食する」
いや待て、それも仮説に過ぎない。
冷静に考えてみれば、それもおかしな話だ。
「おかしい……そうだ、おかしい、だって、それなら普通は東から侵食が始まるはずだ」
「どうして? 西の国民は東都に対して不満を抱いていた」
「いや、それは確かだが、王家が断絶したと聞いたのなら、むしろチャンスのはずだ」
だって。
「だって、西の王国では王家は断絶していなかったのだろう?」
「あ」と彼女は思っても見なかったといわんばかりに声を漏らした。「確かに」
「それなら空席に潜り込んで支配力を手にした方が得だ」
それに、まだある。
「東都では王が死んだのだろう? それなら負の感情が強いのは明らかに東都のはずだ」
不満や憎悪とは少し違うが、悲しみや焦りや呆れは圧倒的に東都の方が勝っていた。
それなら、影は東から影が侵食するはずだ。
「あと、なぜ王が死んだら王の証がなくなるんだ?」
「それは、支配者がいなくなるから」
「王の証も消えるのか?」
「作り直す必要はあると思う」
「それなら、問題はないはずだろ」
西都が消滅するような問題はない、はずなんだ。
王の証は、「作り直す」必要はあるけれど「なくなった」わけではないのだから。
そもそも、王が死んだからクリスタルも壊れる?
なんだ、それは、そんなの奇跡でも魔法でもなくて、もはや呪文だ。
ありえない。
「そこにはきっと王の証はあったはずだ。ブルーノは持っていたはずだ。けれど支配者が変わるから作り直す必要があった。だから、それはなくなったものとして他人に伝えて良い」
けれど、シュレディンガーの猫というパラドックスに強引に対抗するために「おれたちが観測しなくたって箱の中の猫は絶対に死んでいるか生きているか確定している」と言うように、「なくなったとは言ったけれど実際は消失したわけではない」と言うことができる。
なぜなら、実際、そこにはまだあるのだから。
「それだとおかしなことが起こる。……そうだよな? 王の証が消え、支配者も消えた。だから影が侵略してきた。ずっとそう思ってきたが、それだとおかしいことになる」
「どうして?」
「その今までの考え方は〝支配者がいなくなったから影が侵略し始めた〟ということを前提としている」
「なにか問題が?」
「ああ」ある。確かにある。
「この今の世界、支配者は誰だ?」
おれとユリアは王を向いた。
そう、彼が今の支配者なのだ。
そして、その前の支配者は――龍。
「もし、支配者に影をどうこうする力があるのなら、今この瞬間も影が遠のいていくのが普通だ。なぜなら、支配者が龍から彼に移ったのだから。しかし、影を拒絶する守護まで身につけてしまうほど、影はそう簡単には世界から退こうとはしない。おれたちはずっと影の中にいる」
決して、支配者だけに影の配分を決める権利があるわけではない。
詭弁かもしれないが、それでも、おれの中では、今までのおれが予想だにしなかった理屈が次々と浮かんでいる。
「それと、おれたちは東西を統一――もとい、東西の分裂をなかったことにしようとここに遡ってきたな」
「うん」その通りと彼女。
「なら、前提として東都は西都を支配せず、西都は東都を支配していない必要がある」
もし支配者に権利があるなら、東西が分裂した時点で、西都は影に飲み込まれているはずだ。
支配下から外れているのだから。
「それでも西都が消えなかったことに理由を加えるなら――」
いや、今まであげた謎を一つに一度まとめてみるなら。
「西都が消えなかった理由は、西都にも支配力があったからだ」
影を拒絶する支配力が。
「……王の証を持たない西都が、支配力を……」
ユリアが呟く。
「そう、つまりこう言えるわけだ」
おれは断言する。
机上の空論を。
「王の証が支配力の源では、ない」




