第二十四章 「世界の初まり」 1
おれたちは今、世界の初まりにいる。
ここには何もない。無の空間だ。
というのは少しばかり言語的な意味が含まれており、実際地面くらいはある。
その地面は足もと半径数十メートルは軽がる見える。
しかし相変わらず空間はまったくの暗闇で、何もない。
この地面を照らしているはずの照明はどこにあるのだろうか。
しかし影が、おれたちの影がないことを踏まえて考察するなら、きっとおれたちが光なのだろう。
ダークアイだったか超可視眼だったか名称は覚えていないが、暗闇の中でも物を見ることができる超能力を持つ人間が存在するらしい。
きっと、それなのだろう。
「さてどうする。どうやら近くに王どころか人間ひとりとしていないようだが」
人間がいない世界から人間が誕生した理由はおれたちがアダムとイブになること、とか言うなよ?
それは流石にきつい。
「これはまだ王の支配力が世界を支配していない、影の世界」
「周りの空気空間全部影か……つまり、今ここで暮らしている、もちろんいるならの話だが、ここにいる人間は誰しも影を許容していることになるな」
「そう。恐らく、そういうこと」
王の支配は影の世界からまるで焚き火のように誕生した。
そこから〝王〟として認識されるためには民衆が必要だ。徐々に初代王、いや、初代じゃなくてもいい、〝王〟は人間を集め、支配力を強大化し、やがて世界を統一し、影を排除したのだろう。
なぜ王の支配が消えると影が侵略するのか。
理由は簡単だ。
影で染まっていた世界が元々の状態だからだ。
ただ、元に戻っただけ。
そう、それだけのことなのだ。
「とにかく、人を探すか」
「恐らく初代王らは集団でどこかに暮らしているはず」
おれたちはその集団を見つけるためにひたすら歩いた。
あてもなく、しかし同じ場所を二度歩かないよう気をつけて徘徊している内に気づいたことがある。
まず、この世界には草原がない。
月面のように砂地だ。
まあ、スコップで掘っても、地下には行けそうなので正確には月とは違うが。
そしてそこいらにクリスタルがある。
あの、空は結構あるものの、光を宿しているだけで超レアものと化すクリスタルである。
といっても今、また今と発見したこのクリスタルには光が宿っていないので、安価なものの方だ。
「とはいっても、こんな真っ暗闇の中人を探すのには限界があるよな……」
全く、人が見つからない。確かに、足跡も血痕も見つけたが、人がいない。
「もしかしたら今は夜なのかも」
「確かに……数百年時を遡行してきたのだから、ちょっと寝過ごして時刻がずれるのも当然か」
ユリアの推測は当たっていて、諦めてそこいらで寝て起きてみればなんてことないそこそこ明るい世界が広がっていた。
明るいとはいえ、色はない、灰だけの世界がそれこそ死屍累々と広がっている。
屍なんてどこにもないが。
そう一人ツッコミをしようと思ったが、その前に絶句した。
「は……は、はは」
まさか、実在するとは。
ひょっとしたら未来人はこいつの骨を発見して「実在する」とでも言ったのだろう。
正確には「実在した」だというのに。
目の前に、そこそこ大きい、いや、そこそこなんてもんじゃない、想像を絶するほど大きい〝龍の骨〟が落ちていたからだ。
落ちていた。そんな可愛い表現じゃあ相応ではない、ドラゴンが横たわって白骨化したような状態で放置されていたのだ。
龍――すなわちドラゴン。
その頭部の、肋骨の、腕の、足の、尻尾の、翼の、骨が、まるで建物のように聳え立っている。
「わたしもまさか実在するとは思わなかった」
とりあえず、視界が晴れたので、人探しを再開する。
その間おれは考察していた。
龍は実在していた。
だが、だからなんだ。
全くわからない。この後に及んでまだわからないことが出てくるか……。
まず、この世界は今、原型であり、影に支配されている。
そしてその影が支配していた世界では人間ではなく龍が権力を握っていた。
それで、人間が反逆した。
それだけのことだというのか?
いや、それだけではないはずだ。
まだなにかある。
「龍についてなにか知っている情報があれば、教えてくれ」
「わたしもよくは知らないけど――」
答えかけたところでユリアは口を閉ざし、包丁を手に握って構えた。
え? なぜ?
「なにを……」
彼女の視線を辿ると、その先には人がいた。
そう、ずっと探していた、〝人〟だ。
しかしそれは人であっても影人であった。
「ああ、なるほど。まったく、この夢ってばゲームに影響受けすぎだ」
おれは全てを察した。
まずは、厄介なこの影人を倒さねばならぬ。
そういっておれもトワイライトの剣を抜いた。
戦闘体制に移行する。結局、ここへ来てもすることは戦闘か、つまらない。
などと愚痴を吐いた側からおれの予想は良い意味で裏切られた。
影人の胸を一本の鉄槍が貫いたのだ。
その後影人は死亡した。
影人は本来、たった一撃で撃沈することはない。その治癒力はどうやら桁違いに強いらしい。
それに、胸を貫いただけで影人が死ぬことはまずない。心臓を貫かれても奴らは死なない。その上四肢を切断しなければいとも簡単に槍など抜かれてしまう。
けれど知っている。
おれたちは知っている。
一撃必殺の紋章を突けば、つまり守護を秘めて、生の源を突けば影人はたった一撃でも死亡する。
「屍者は屍に返せ」
中年の、ガタイの良い古代人は、槍を引き抜きながら見ず知らずのおれたちに、まず、そう挨拶した。
パンドラの箱のような話だ、と最初は思った。
ゼウスは人間界に災いがないことを良しとせず、ヘーパイストスに人間の女パンドラを作らせ――男が女を作るとか神話の神々はどう産まれてくるかわかったもんじゃねえなと初見おれはそう思った――、災いを詰め込んだ箱をそのパンドラに持たせ、人間界に送り込んだ。
箱の中身を知らないパンドラは我慢しかねて開けてしまう。途端人間界に嫌悪が、憎悪が、絶望が、苦痛が、苦悩が、疲労が、老化が充満した。
諸説は色々あるが――それに古今東西神話に関する書物を読み漁ったわけでもないのでそこまで情報通アピールしても滑稽であるため控えめに言うが――おれが知る限り、今の状況はパンドラの箱にそっくりだ。
「ええと……おれたちは今〝王〟を探しているのですが、心当たりはありませんか?」
「汝等、何者だ」
「遠い場所からの旅人です」
アイコンタクトで古代人はこっちだとおれたちを誘導した。
王のもとへ向かう間、この世界について尋ねた。
やはり、予想は的中していた。
元々この世界は不死によって支配されていた。前提として、ここの権力者であった龍は無論、影人も不死である。
そして、影人は人間の本来の姿である。
しかし、なぜか異変が起こった。あるとき影人と影人が対立したという。それはまるで無機物と無機物が衝突しあっているだけのような、馬鹿らしいことらしいが、しかしそのときに奇跡が起きた。
影人が死んだのだ。
どうやら対立はこの世界に〝死〟を齎し、抗うためであるという説が濃厚らしい。
まず、この奇跡がここから遡ること百年ほどらしい。
そこから死を経験していった影人はやがて感情という機能を育て、子孫を残し続け、死に行った。
そうすると〝不死〟に拒絶するために影を拒絶し命の源を知る能力、つまり影を拒絶する守護を身につけた。
人間は〝死〟を手に入れたのだ。
そして今から少し前、人間は守護を秘めて、不死の象徴である龍を殺害した。
権力が人間へと渡る。
人間の〝王〟はその権力を「王の証」としてクリスタルに封じ込めた。
「いざたまえかし、我が国へ」
気がつけば古代人のガイドもなくなり、暗闇の中に踏み込んでいた。先に男の影が見えると思ったところ、男はそうおれたちに挨拶。対しておれは笑う。
王冠をかぶった王が堂々とおれたちを見下げていた。




