第二十三章 「やがて物語は循環する」 1
物語も終盤。
あと少しでおれの冒険は完結する。
思えば壮絶な旅であった、凄絶な人生の分岐点であった、永遠と長い時間だった。何度も他人の死を、自分の死をも経験し、気になっていた奴に殺され、信頼していた人間に裏切られ、好きな女性を目の前で陵辱的に殺害され、人を救い、世界を救い、未来の自分のために過去を確立させた。
主人公になれただろうか。
おれは、ハズネ・ガクトというこの世界の住民に、英雄に、己の理想の人物になりきることができただろうか。
誰かのためになれただろうか。
リーナを、ユリアを、アンナを、想って想われて、支えあっていただろうか。
答えは知らない、少なくともおれは算出しない。
誰も知り得ない解を求める疑問は胸の内に秘めて、またいつか、例えば異世界転移同窓会かなんかでも開催してそのときに打ち明けようではないか。
おれは変わった。そう思う、そう思いたい。
良い人間になれたとは言うまい、誰かから好まれる人間になれたと思うまい、けじめのある人間になれたとは感じまい、むしろネガティヴな人間になったし、幾分回りくどくなった。恐らく語彙力も落ちただろうし、一向におれの文章は読みやすくならないのでガキの書いた稚拙な文になっているだろう。
まるで文字を詰めれば純文学になると錯覚している中学生の書いた小説のように、おれの頭は、あらゆる衝撃的な困難を乗り越え経験し続けたことで良き人間に成長したと錯覚しているだけかもしれないが、それもそれだ。
どうであれ、変わったことに変わりはない。
例えば、その純文学もどきを作り上げた少年はいずれその文字を詰める技術に語彙力と文章力を蓄え、本当に純文学を書き上げるかもしれない。
逆に、一度ライトノベルよりも稚拙な会話文を書きすぎたせいで、会話文を多くし読みやすさを向上、他愛もない会話でキャラクターへの感情移入を促す技術を会得するかもしれない。
思えば可能性なんて無限大だ。
「まあ、時間跳躍をしていない限りだがな」
おれは呟く。
ある村の前で。
さあ物語も終盤、おれにはすべきことがもう二つある。
そのうちの一つ。
フェルセマフィ、ビルじいさんの持っていた〝M・M〟からの手紙を六年前に確立させることだ。
「ごめんください」
大声で村の住人を呼ぶ。数人の狩人がおれの顔を見るなり、客か、となにも珍しくないと言わんばかりの表情で素通りする。
なにか、悲しいものがあるな。
「勝手に入りますよ」
といって敷地に踏み入る。
まず目指すべきはアーリアディの家かアーリー・パトシオットが幼年期を過ごした家だ。
とりあえずアーリアディという個人的にはネタキャラの彼の家を訪問する。
「ごめんください」
ドアを二、三回ノックする。大丈夫、今のおれは金も剣もペンも持っていないただの「よく見ない顔」なのだから。
返答がない。さらに四回ほど呼んでみたが全く返答がないので、ぶっ殺すぞ、と愚痴を吐いてもう一つの目的地に向かった。
ちなみにフェルセマフィは今、マフィナという名の村である。
自然豊かで建築物は全て木造で、豪華なものはログハウスまである。しかしそこに石造りの教会があるとは中々原始的な風景をお好みで。
経緯を説明すれば、リーナたちを助けたのが丁度昼頃だったのでこの鐘守りの街に来るまでに一夜を明かした。
アレクスレイジオ北部から、世界地図南東部にあるこの村までは案外遠いのだ。
さて、パトシオット家はどこか。
表札を確認しながら、村の奥まで進む。
この緑に溢れた村が、あんな灰と屍の村と化すとは思いもよらない。
追放者から脱退したアーリーですら、影の危機から逃れることはできないのだ。そもそも彼は守護を持っていないので、どう足掻いても太刀打ちできないのだ。
パトシオット家は案外普通の住居に住んでいた。とはいえ、ログハウスである。
彼は、のちに東都の王から証を授かる彼は、ここで育ったのか。本人がいない状態で訪問するのもアレだが、しかたがない。
「ごめんください」
村に来てお決まりとなった台詞をノックと共に投げる。
果たして一回で女性の返事がした。
ドアを開けたのは恐らくアーリーの母親。
「どちら様ですか?」
「アーリーの友人です。今、私事ですが、紙とペンをきらしていて、貸してはいただけませんか?」
「はい、それなら。上がってください」
おお、初対面の人間を家に上がらせるおおらかさ。
「彼は元気でやっていますか?」
おれが席に着くなり母親はたずねた。
「ええ。もちろん。元気ですよ。それに彼はまたここへ帰ってきて立派な人になる」
「そうですか、それは良かったです」
「彼は……、彼が今どこにいるかは知っているのですか?」
「はい。追放者に参加して東西のわだかまりを解消しようと言っていました」
そんな理由が……きっと「変えるなら内側から」の精神なのだろう。
「やはり凄い人ですね」
「そう言ってもらえると親のわたしも光栄です」
アーリーは偉業を成し遂げた。
しかし結果は悲惨なものだった。
根本的な道徳の捉え方によって追放者が内側から解体された。
死体を切り刻み、影人化を完全に阻止することを良しとするか否か。
たったそれだけだというのに。
全ての元凶は王家の断絶だ。
六年後の一年前。
王の支配力が失せたために影が憎悪の強い場所から侵略し、世界を消滅させていった。影人に対する警戒は高まり、敵に対する考え方が重要視されていった。
王選挙で暗躍するはずだった〝影の世界〟を許すか否かで追放者内の決裂が確定、結局姉妹で殺し合いをするほど無残な状態に陥り、サテルとトワイライトは追放者の終了を決意した。
「アーリーは、それでもこの村を第一に想っていますよ。故郷愛が強い人ですから、安心して、帰りを待ってやってください」
六年後、この母親がどうなっていたかは想像したくはないが、フェルセマフィが廃村となるまでは楽しむことができるはずだ。
「わかりました」
母親はペンと紙、おもてなしのサラダとパンを持ってきて笑った。




