第二十二章 「エゼヴィア」 2
タイミングが悪かった。
まるで舞台裏を覗いた気分だ。
もし、後数十分遅れてこの戦場に到着していれば、ただの影人の大量発生で決着していた。しかし、おれは知ってしまった。その原因が、東西の村人の無意味な戦争で、それを止めることができなかった弱い自分がいることを。
罪滅ぼしなんてそう簡単にはできない。
むしろ、これから起こる影人討伐という報われない身内殺しを阻止した方が彼らの誠意に沿っているのかもしれない。
「なんで……こんなことに」
まだ、おれは成長していない。ただ人の死を嫌う上にクズであるという、やかましい人間になった。
どうすればいい、また時を遡行するのか?
けれど、そうすると、影人が大量発生のなかったことになりタイムパラドックスが起きるはずだ。六年後に。
追放者は大量の影人と衝突した。
既に戦争が始まっている。
もし、もし仮に、おれの罪を無視するならば、ここでおれがすべき最良の選択は、同じ結果を繰り返さないことだ。
六年後トワイライトからもらう剣を握る。
どちらか選ぶしかない。
それができなかったから、破滅した。
おれは再び罪を犯さねばならない。
今度は、追放者を生かさなければならない。
丘を駆け下りる。
不意を狙って影人をさっそく三体ほど殺害する。影人は不死身の存在だが、守護による「紋章」の攻撃は絶対的なもので、完全に死亡する。
一撃で影人を蹴散らしていく。
おれにはそれに相応する力はある。あのときサテルと散々戦闘経験を積んだ。それが今、まさに活きている。
傍から見ればおれは変な身動きで影人をばったばった倒していく〝英雄〟に見えただろう。
なんてことない、追放者の英雄とはおれのことだったのだ。
もちろん、攻撃は何度も食らった。流石に三十対一でノーダメージは不可能だ。
しかしそんなことはどうでもいい、まずは、影人を倒すことが最優先事項だ。
当の追放者は呆気に取られていた。おれをただ目で追っている、そんな感じだった。
ものの数分でけりがついた。
どうやら途中から追放者も戦闘に再参戦し、圧倒的に影人を虐殺できた。
戦闘が終わると、彼らはくずおれ、荒く呼吸していた。
戦争は肉体も精神も蝕む。常に死と隣り合わせに、相手を死せるのだ。
罪悪感が込み上げて当たり前なのだ。
いつか動画投稿サイトでみたことがある。
中東の内戦でも、敵同士の兵が銃を捨てて、暴言や皮肉を交えながらだが、曲がりなりにも非暴力で対談をしている様子を。彼らは好き好んで人を殺めているわけではないはずだ、絶対に、良心というものが存在する。
本来、戦争に善も悪もない。
己が善で敵が悪なら、敵にとって自分は悪でそいつ自身は善なのだろう。
罪悪感があって当然なのだ。
「あなたは……」
トワイライトがおれに問う。
あのときから服装を変えていないので、恐らくおれが昨日会った男と同一人物であるとわかっているだろう。
しかしそれでいい、おれの名前がハズネ・ガクトであるとは知らないのだから。
「おれが英雄に見えるか?」と返す。
なんて自惚れた台詞だ。
「もし、そうならばそれは勘違いだ。むしろ犯罪者なのだから。おれは……きみたちに対する誠意を見殺しにした」
おれなんて存在には憧れるな、この先おまえたちには暗い未来が待っているが、絶対に仲間への想いを忘れるな。
この程度の会話でおれの言いたいことは全て言えた気がする。
それなら、最後に伏線頒布。
「ただ一つ教えられる情報としては――英雄は、別の現在を知っている」
それだけだ。
おれも、サーシャルトスも、あんたも、時を遡行し、未来を、あるいは現在とは異なる現在を知っている。
このおれの台詞をまともに憶えていたのか、六年後のトワイライト・マックスフォードは、おれが「ここで英雄の話をしなかったか?」とあるはずもない過去の話、つまり異なる現在の話をしたため、おれが追放者の英雄であると確信し、「もう未練はない」「最期にきみと話せて光栄だ」と言ったのだろう。
おれはフードを被ってその場を去ろうと振り返った。
そこに待ったがかかる。
おれより年上か同じくらいに見える男性。
「待って、どうすれば影人を一撃で殺せるんだ」
物凄い殺伐とした質問文である。
「……普通、一撃じゃ影人は殺せない」
そういえば影人化を阻止する方法はこの時代にはなかったのか。
「ただ――」
――いや待て、ここで彼に阻止の方法を教えれば、アーリー・パトシオットの功績がなくなる。
それは駄目だ。
ただ、と何度もおれは口の中で言い訳を考えては噛み殺す。
しかしアーリーは確か元追放者であったはず。
いつの?
そこでひらめく、まさか、と。
「あんた、名前は?」自分が名乗っていない癖に他人に名をたずねるおれ。
「アーリー・パトシオット」男は名乗った。
はは、そういうことか。
ならば、頭の良い彼にヒントを出せば、これもまた伏線頒布というわけか。
「人間の死体が影人になることを阻止する方法には少し心当たりがある」
「教えてくれ」
「いいか、影人とは矛盾した存在だ。人間は傷を作り死に近づくごとに影人になっていく、つまり不死身になっていく。死んで、腐敗しゆくはずの屍が、治癒によって醸成する。矛盾。そして戦争において考察できるように、人間や影人は肉体と精神、つまり外と内で構築されている。これくらいだ」
「なにが……」言えるんだ、と追加質問を受ける。
「外には内を、内には外を、ただそれだけのことじゃあないのか?」
おれは後の全てを彼に任せて、その場を去った。
「おっと」と思い出しておれは最後にトワイライトの前に歩み寄る。
彼女は驚いた表情でこちらを見てきた。
「これを持っていてくれ。それと、もし、この先きみが請け負う使命を誰かに渡すとき、今のおれのようにそいつに渡してやってくれ」
そういって当の本人のものであったはずの剣を、彼女に返した。
おれの手にはもうなにも武器がない。
しかし六年後にはまた手に入る。今目の前でじっくり剣の性能を測っている彼女からもらって。
「ありがとう」彼女は一礼した。
おれも倣って一礼し、今度こそこの場を去った。
さらば。
衝撃の連続であった、罪の丘。
六年前に起きていた、事件現場。
そしてまたおれは別の場所に向かって走り出す。
そう、次に起きる出来事とは、東都の貴族の遠征である。




