第二十二章 「エゼヴィア」 1
英雄は死んだ。
そして六年後に再び同一人物に殺される。
未来を知っているということは一種のアドバンテージであると考えてきたが、実際それは未来に起こるすべての出来事に対して責任を持つということである。
これから起こるすべての幸も不幸も、受け止めなければ、あるいは書き換えなければならない。
責任を持つことになる。責任を取ることになる。
感覚として理解できる簡単な理屈だ。もしあなたがあなたの大切な人が翌日に死ぬと知ったらどうしますか。助けるしかない。あるいは助けられなくて受け止めるしかない。
どちらにせよ、責任感と罪悪感が伴う。
思えば不思議なことだ。
あれほど六年前について謎めいた疑問を持っていたというのに、今では六年後、つまり当時を思い出して行動している。
六年前に起きていたことを、六年前に遡って、人為的に、作為的に引き起こそうとしている。
おれはサーシャルトスから守護二つを奪い、内側のものを少し彼に残して、その場を去った。彼の頼み通りアーマード・ケルビンズを東都寄りの森の外れに放置し、さっさと別の場所へ移動する。
さあ、これから追放者の遠征の目的地を探し当てねばならない。
一応、時間は十分に確保した。一、二時間あれば見つかるだろうし、しっかりと地形情報を取得しながら森を一周する。
影人が大量発生しやすい条件とはいったいなんだ。
負の空気が溜まっている場所とはどこだ。
ここ近くに本当に実在するのか。
見つからない。
どうした、この世界は案外狭いのではないのか?
なぜ見つからない。
影人の一体も見えないとはなぜだ。
とうとう森を、アレクスレイジオと呼ばれる秘境を一周した。どこもかしこも澄んだ空気で、雲から青空が覗いている。曇り気味だが、それでもここに負の源がないことは一目瞭然であった。
ここではないのか?
ディザムに近い、とは言っていたがもう少し外れた場所にあるというのか?
近い、その範囲はどれほどだ。
かれこれ一時間は経過、ずっと走り回った。
そしてやっと探す先を変更する。
やや西側にあるちょっとした丘陵。起伏が激しく、ちらほら木が生えている。
そこへ向かう途中おれは自分に対して守護を一つ使う。
これで何度も巻き戻ることができるようになった、最悪『いろは』を使って探せば良い。
そして、この行為は同時に六年後のおれに元々守護が備わっていた事実に繋がる。
丘陵の高さはそうでもない。簡単に登りきることができる。
そこでおれには、西都が消滅した六年後を経験しているおれには信じがたい光景が繰り広げられていた。
影人はどのようにして生まれる。
死体が影を吸収したら誕生する。
影はなぜ生まれる。
東都に対する憎悪から誕生する。
ならば、西都の人間と東都の人間が戦争を起こしていたら、「影人が出現しやすい場所」になって当たり前だろう。
人と人が殺しあっていた。
しかし追放者じゃない。両者ただの村人だ。
罵詈雑言と断末魔が飛び交っている。
五十対五十の規模の戦争。
しかしこの世界には爆弾がある。
腕が、脚が、胴が、頭部が欠損した死体がそれでも爆破に巻き込まれぼろぼろに粉砕されていく。
雲が空を蓋した。
淀んだ空気が雨のように、あるいは重い重い雪のように降り積もる。
丘陵の緑はやがて色褪せ、灰色の世界が広がっていく。
戦争により流れた血が、内臓が、灰色の地面を赤く塗っていく。
まるで徐々に水温が上がっていることに気がつかず結局なにもわからないまま死にゆく魚のように、負の空気が溜まっていくことに気づかないまま村人が命を落としていく。
きっとこんな戦争が幾度も繰り返されてきたのだろう。
昔からずっと。
それに今日は追放者が遠征にここまでくる。
いや、そうじゃない。
それだけじゃ戦争になどならない。
思い出せ、六年前に起きた他の出来事を。
今日起きても不思議ではない出来事を。
そう、「東都の貴族の遠征」も今日なのだ。
それぞれを守るために、あるいは破壊するために彼らは衝突した。
主役の知らないところで死んでいく。
「やめろ……」
絶句していた所為で十分ほどこの無惨な光景を凝視していて、やっとのことで絞り出した声がこれだ。
村人はなんのために殺し合っている。
なんのために自分の腕を切り落とされ、骨を砕かれ、内臓を抉り取られ、焼け焦がされ、木っ端微塵に粉砕される。
そんなことしてなんのためになる。
主役を除いた争いなんかしてなんの意味がある。
それであいつらが……トワイライトたちが、あるいはリーナたちが喜ぶとでも思っているのか?
とんだ勘違いもほどほどにしろ、人が無意味に死んでいいことなんてあるか!
そんな不毛な戦争、終わらせろ!
国のために死にゆく自分に自惚れるな!
このまま続いたら、取り返しのつかないことになる。
既に半数以上の人間が死んだ。
それだというのに、おれはなにもできない。
ここではなんの力にもなれない。
斉一性の原理という言葉を知っているか?
集団が集団内の異論を認めずに特定の方向へ進んでいく様子のことだ。
もしおれがこの戦場に割って入って「やめろ」と言っても、やめるわけがない。
既に両者は戦争をすることで全会一致している。ライトノベルのように友情や親切心のような感情なんかで止まるわけがない。
もしどちらかについてどちらかを殲滅しても、それが正解とは絶対に言えないし、おれはどちらの国も知っているから、どちらかを選ぶことなんてできない。
結局、戦争は〝第三勢力〟の勝利に終わった。
あっという間だった、おれが来てたった二十分の戦争。
〝第三勢力〟、そう影人だ。
影人が生まれないはずがなく、その数約六十体。
木っ端微塵にされた死体以外のやや綺麗な死体すべてが影人に生まれ変わる。死に変わる。
村人の少しは逃げた。
影人はそれを追いかけるか、とどまるか、ここに加えてやって来る人間を待っている。
「畜生……大量発生って、こういうことだったのかよ……」
最悪なことに、瞬間、追放者が到着した。