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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
過去編
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第二十一章 「伏線頒布」 3


 アレクスレイジオまでの道では綺麗な森林と草原が広がっていた。

 幾多の村を見かけたが、どうも東側を敵視しているようだ。

 その上追放者を仲間として捉えていた。どうやら明日の遠征についても知っているようだ。

 まったく、アーリアディといいこの村といい、なぜ王国を嫌うのか。

 それほどまで憎まれているがゆえの〝影〟だったのか。


 確かに、思う節はある。

 東都は世界を支配していた。

 まるで、この国で偉い者こそこの世界で偉いと言わんばかりに、王の証やら忠誠の証やらを作って。

 その上西の国の遣いをスパイだと冤罪を押し付け、監獄に収容した。


 しかしおれは東の生活を知っている。

 良い奴もいるんだ。

 少なくとも貴族がでしゃばるような国ではなかった。

 民衆も含め経済的に安定していた。

 まるで日本のような国だった。

 非行に走れる不良がいるだけ裕福さが伺える。


 なぜ人間が太るのか。

 それは裕福な暮らしをしているから、という理由が大多数だ。

 体質が云々、そんなもの病気でもなんでもない。

 なにも食わなければ太りはしない、究極それだ。

 世界、食わないで死ぬ人間より、食って死ぬ人間の方が多いとは言うが、まさにその状況と同じだ。裕福だから不良なんてものが生まれるんだ。ほら、言うじゃないか、家貧しくて孝子顕れると。貧しいなら不良なんて生まれないんだ。


 ちなみに、日が変わった。

 そりゃこの世界は広い。東西を横断していたら一日はかかろう。


 ということで、おれはディザムに到着した。

 先に英雄サーシャルトスに会っておこうと思ったのだ、太陽の塔の前まで歩いていた。

 森が明るい。

 六年後は灰のかぶった色褪せた世界のようだったが、今は青空に緑。非常に澄んでいる。


 さて、と建物に入ろうとする。

 しかし鍵がかかっていた。

 そういえばこの建物、六年前は鍵がかかっていなかったな……ものすごく自然に入っていたので今さら気付いたが。


 剣で南京錠を無理矢理破壊する。

 中に入り、螺旋状の階段を上がる。

 そして塔の屋上に出た。


 瞬間、風を切る音が飛び込む。


 なんて比喩だ、どんな文章だと思いながら、おれはお得意の反射神経をもって前転していた。


「待て! 待ってくれ、おれは敵じゃない!」

 必死にその〝男〟に訴える。

「ならその剣を捨てろ!」

 あれ、と違和感を覚える。


 こいつがサーシャルトスか? それにしては若い。

 剣をそこらへんへうっちゃって、たずねる。

「あなたは、サーシャルトスですか?」

 もしそうなら、年齢は幾つだ。トワイライトより下に見える、むしろおれと同じくらい。

 こんな若いはずがない。

 しかし、確かに東都の騎士の装備で、直剣を握っているが。


 直剣? いや、そんなはずがない、確かサーシャルトスは大剣使いのはずだ。


「ぼくは英雄サーシャの弟子であるアーマード・ケルビンズだ」

 流石は紳士、フルネームを名乗った。


 …………は?


「アーマード!」つい名を復唱してしまった。

 いやいや、まさか、あのアーマードが弟子だったのか、確かに、そっくりだ、いや、きっと装備を全て外し貴族の服装に着替えれば全く同じ。

「失礼」ととりあえず謝っておく。


 まさか……だからここまでの地形を知っていたし、だからあれほど強いのか。

 しかし、騎士にはならなかった。理由はなんであれ。

「おれはハズネ・ガクトだ。それにしてもサーシャルトスに弟子がいたとは」

「無礼な! 敬意を払え!」

 おまえこそ無礼なこと言っていないか? それとも彼と仲がいいのか? 慇懃無礼だろうに。


「サーシャルトスはどこにいる、少し話がしたくて」

「わたしはここだ」


 あっさりと声が届いた。

 背後、つまり入り口から見て前からだ。


 英雄が力尽きて倒れていた。


 見れば影に侵されている。


「な……あ、あなたはてっきり守護を持っていると……」

 記憶が確かではないが、おれは彼が守護を持っていると思っていた。しかし、違うのか。

 思い出した。

 そうだ、彼は西都の名前を覚えていたのだ。

 効力は小さかった、だが、確かに守護を……。

「いや、持っている。だが、少し内側の守護が決壊してね、今後効力は期待できない」

「そうか……少し、手伝ってもらえないか、と思って来たのだが、その体じゃ……」

 不敵に、むしろ不適に彼は笑った。


「アーマード、こっちへ来い」

 彼は力なく、立ち上がりアーマードを呼んだ。

 呼ばれたアーマード・ケルビンズは返事をして英雄に駆け寄る。


 直後、英雄がその籠手で貴族の後頭部を叩き落した。


 鈍い音がして、倒れる。

 記憶喪失になっていそうな音だ。ものすごい強烈な一撃。

「その通りだ、少年、記憶を飛ばした。わたしに関する、思い出を」

「そんな……」

「これでいい、いずれわたしは独りで死ななければならない。ひょっとしたら彼は死んでいるわたしを見て自分も死んでやるといいかねない」

「彼は……あなたを心から尊敬しているんですね……」

 尊敬の心が残っていたなら、六年後英雄と戦いはしなかっただろう。

 けれど、散歩なんて嘘をついてまでおれたちと共に英雄へ会いに行ったのは、きっと心のどこかで英雄との旅の思い出がわずかに残っていたからだろう。


「これからわたしは死ぬ。そしてこれから彼は成長する」

「彼はなぜあなたの弟子に?」

「家出をしたのさ、彼は貴族だ、けれど家が、特に今の王国と国王が嫌いで、強くなりたいとわたしの元に頭を下げてきた。旅に出る丁度前のことだ」

 そんな長い期間の記憶を、思い出を消したのか。

 これから死にゆく者の気持ちははかれないな。

「だから、彼を頼んだ、彼を、森の外に帰してやってくれ」

「わかりました」


 すると英雄は座るどころか、逆に大剣を握った。

「さあ、わたしはただでは死にたくない。これまでの人生を鑑みて、こうもあっさり死にたくはない」

「なにを……」尋ねざるをえなかった。

「何度も死を乗り越えてきた身、実は誰にも越されたことはない身」

「何度も死を乗り越えた?」

 まるでおれが言うような台詞だ。

「きっと、その通りだろう、少年。きみも、わたしと同じように――」

 耳を疑った。


 きみも、わたしと同じように――、あなたも、おれと同じように――。


「運命の関与者なのだから」


 さらに耳を、疑った。

「あ、あなたも、時間の遡行を……!」

「ああ、そうだ。そうでなくてはわたしのような強さは得られない」

「まさか、守護を手にしたものは時間の遡行すら得るというのか……」

『いろは』を手に入れるというのか。


「きみも、悟りきった表情を浮かべている。時の関与者なのだろう?」

「おれも……あなたと同じ……」

 英雄は時の遡行者だった。

 にわかに信じられない真実である。

「きみの知り合いにいないか? もし守護を宿していて、悟りきった表情をしていれば言ってやれ、おまえも時の関与者なのだろうと。意表をつかれたように、今のきみのような滑稽な表情を浮かべるぞ」

 ははは、と彼は笑った。

 悟りきった顔で。


 そしておれは思い浮かべる。

 トワライト……。

 あなたも……時を遡行していたんだな……それで、おれがリーナを殺したように、あなたもサテルの部下の、元同胞であり元同士であり親友である者を殺したのだろう――そうせざるをえなかったのだろう。

 それが、時の関与者の――運命の関与者の宿命だから。


「さあ、華やかに死にいくために、もう一つ頼みがある。わたしは何者にも越されたことはない、それゆえ越されたいのだよ、そこに倒れているアーマードにもできなかったことを、されたいのだよ」

 彼は初対面のおれに頼んだ。

 空のものと〝外側〟に身に着ける守護、計二つのクリスタルを見せつけて。



「わたしと戦って、わたしを殺せ」



 そうか。

 そうだったのか。


 あのとき、六年後のあのとき。

 ジェスチャーでおれたちに――おれに見せた、伝えた、〝()()()〟という言葉の意味はこれだったのか。

 おれはあれから六年前、つまり現在、英雄と戦っていた。


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