第二十一章 「伏線頒布」 1
追放者の拠点は西都ディシヴァシーラ郊外の廃れた教会に設立されていた。アンナの話によると追放者は西都と親しく、東都の皇族からは嫌われている、という前に入手した情報は間違っていなかったようだ。
廃れてるとはいえ、よりファンタジー感を醸し出している。剣、盾、人。旗、馬、人。異世界に転移してきたという実感がようやく湧いてくる。
ちなみに、間宮三咲に戻ったときに失ったハズネ・ガクトの記憶は綺麗に思い出している。また、以前は夢の中のように体が異様に重かったが、本当に異世界転移したのか明晰夢だからなのか今は軽い。
「それより、あんたはなんなのさ」
ちびっとした、頬を膨らませているこの少女アンナ・ヴァルシアは、希望を抱いていて、元気で、可愛げがある。成長後のあのなにもかも諦めてしまったような顔になるとは思えない。
「ん? おれか? 人間」
「知ってるよ! 馬鹿にしないで、わたしだって人と化物の違いはわかるさ」
ああそうか、この世界には影人という非人間が存在するのか。
さて、それよりも勢いで追放者の拠点まで来てしまったが、状況を整理せねばなるまい。
まず、おれはなぜここに来た。この時代に来た。
アンナはかなり若返っている。しかし、だからこそ、初代国王が生きている時代ではない。
「なあアンナ、今っていつなんだ? 西暦とかあるなら教えてくれ」
「だからなんであたしの名前を知ってるの!」
きゃんきゃんうるさいなあ……いかんいかんハズネ・ガクトになりきれていない。
「まあそれは置いておいて、意外と重要なことだったりするんだ、これが」
「んん……」不満そうに、さらに怪訝な表情を浮かべる彼女は結局答えてくれた。
その答えは、前回つまりリーナやユリアたちと一緒にいた時代から六年前であることを意味していた。
「ありがとう」礼をいって再び思考する。
六年前。かなり重要な年だ。
リーナが影人になって守護を入手した。
追放者の英雄が大量発生した影人を倒した。
ビルじいさんに手紙が渡った。
そして英雄サーシャルトスが失踪した。
メモを見て記憶が正しいか確認しようとしたが、そういえばここはあの時代から見て過去だからあるわけないかと理解しつつポケットを叩く。
意外にもユリアから貰ったペンが入っていた。……これ、タイムパラドックス地味に引き起こしてないか?
しかし考察するに、どうやらこのアーヴァシーラで買った服といいペンといい、あの時代からの持ち物は全て引き継がれているらしい。
驚くべきことにトワイライトから貰った剣まで持っていた。これもタイムパラドックス起こしてるだろ、大丈夫かよ。
メモを持っていない理由は簡単だ、あれは確かユリアが拾って、彼女が持ちっ放しだから、おれの手元にないだけだ。
なるほど、おれはどうやら運命様の導きにより寄り道をしているようだ。元々百年ほど昔に戻ってやろうと思っていたのだが、確かに六年前は重要な年だ、寄り道すべきであるかもしれない。
の前に、おれは西都に引き返した。この服を「あいつら」に憶えられてしまうと意外と怖いものがある。あの時代でそういった描写はなかったのだから、それに従うのが時の関与者の義務なのだろう。
ちなみにアンナはどうしようもないので、彼女は馬鹿だった、ということを祈りつつ新しい服を買う。
真っ黒のコート。厨二病精神が疼く姿だ。軽装なんてレベルではなく防具を一つもつけない、ただ日本でのかっこいい服をチョイスした。
そして拠点に戻ってくる。
「なんだ、またあんたか」
「どうした、急にいなくなって寂しくなったか?」
「みんながいるから寂しくなんかないよ」
……確かにそうだな。
この拠点は賑やかだ。剣をさげているこの戦士たちの表情は明るく、真昼間から酒を飲み倒している奴もいる。
おれはアンナと別れた――ということはなく、拠点の奥を案内してもらった。おれは追放者の人間ではない。まさかズカズカと奥に踏み入ることなど許されない。
「おい、何者だ」
拠点の司令塔――といっても教会の本堂だが――にて若い女性に声をかけられた。
まあ、そうなるだろうさ、流石にアンナを引き連れても顔パスできるはずがない。
「ああー、おれは、西の国の――」
苦し紛れの言い訳を作りながらおれは女性の顔を見た。
瞬間、これまた不意を突かれた。
目の前でおれに全力の訝しみを突きつけてくるこの少女はサテライト・マックスフォード、のちのサテルだったのだ。
綺麗な銀髪、悪い目つき。しかし口はまだ狂気さを醸し出してはいない。年齢はおれよりやや低いくらいだろう、引き算しても合っている。だいたい、トワイライトがあのときに二十四ほどだった。サテルも二十ニ歳くらい。しかし確か一歳違いだったか、ならサテルが二十三くらいというところか。
アンナときのように名前を呟くわけにはいかないのでおれは言い繕おうと必死になったが、アンナが先に口を開けた。
「なんか、奥に入りたいんだって」
「何の用で」こいつ門番だったのか……。
「……あ、そういえば、今の追放者のリーダーって誰なんだ?」
意外にもサテルは真実らしき答えをくれた。しかしその名前は全く知らないもので、トワイライトの情報を聞き出すことはできなかった。
もっとも、中々ここに来た理由を明かさないおれに送る面倒そうな目線はより強くなっていった。
焦らしていても仕方がない、言い訳とはいえない言い訳を思いついたので理由を少しばかり明かすことにした。
「影を知っている、影人を知っている。影を拒絶する守護も、王の証の正体も――」
「そんなのわたしたちも知っている」
「なっ……」嘘だろ、あんなに死にまくって得た情報なのに。
「それならもっと踏み込んだ話題を出してやろう。おれはアンナ・ヴァルシアを知っている、サテライト・マックスフォードも、トワイライト・マックスフォードも。彼女が刃こぼれしにくいこの剣を持っていることも、守護を宿していることも」
言いながら思ったが、未来について明かしてはならないなら、おれが持つ彼女らの情報はかなり少ない。
「トワはそんな剣、持ってないよ。守護も。そもそも守護は希少価値が高すぎてここに二つしかない。国宝の如く守られ続けている。あと、ますます怪しいよ、きみ」ぬぬ、なにも言い返せない。
……あれ、剣を持っていない?
じゃあ、この世界から剣が所有者の手から消えたということ?
ならおれは誰からこの剣をもらった?
タイムパラドックスだ!
さておいて。
そういえばおれは今守護を宿していない。
紋章が見えないのだ。
もし戦闘になったら、今まさに目の前にいるサテルから教わった戦闘スキルを持って戦わなくてはならない。
「一つ、真面目な話をさせてくれ。トワイライトに会いたい」
「何の用だ」その質問が再び返ってきた。
「世界を救うという重大な用だ」
まあ、全てを知っているおれからしたら、この時代はあくまでも寄り道で、世界を救うというよりは世界をなぞるという用なのだろう。
「武器をアンナに預けろ、手持ち検査ののち会わせてやる」
「そりゃどうも。……けど、間違っても……」
急になにか言おうとして止めたおれに彼女はなにも言ってはこなかった。むしろ左で暇でしょうがないのかぼけえっとしているアンナの方が違和感を覚えたくらいだ。本当に覚えたのかは知らないが。
服の中はともかく、ズボンあげく下着の中まで覗かれそうになったので「やめろ」と流石にストップをかけた。
なんとなくこいつ色気描写役気味だよな、嬉しくもなんともないが。
「どうぞ」とサテルは教会の中へ促した。
豪華すぎる建物に踏み入りつつ、後悔する。
――まったく、世界を定めるとか言ったすぐそばでなにを言う。
間違っても、仲間まで敵対心は剥き出しにするなよ。
そんなこと言って、本当にサテルとトワイライトが対立しなかったら、それこそタイムパラドックスものさ。