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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
東京編
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第二十章 「絶対におまえを救ってやる」 2


 これから重要なことをしようというのにただ布団に入るだけという滑稽さはいかに。


 布団に入って眠るだけ。それだけで大切なことをしようというのだ。

 寝るためだけに必死になって自宅に帰ってきて、なにをしているのだか。


 おれは自室に帰るなりベッドに突っ伏した。


 今思えばなぜ走ってきたのだろうか。

 歩いて帰ってきても結果は変わらない。なぜわざわざ運動音痴が走るのだ。

 肩で息をするほど我を忘れていた。

 徐々に体が熱を帯びる。人間、走っている最中は普通でも走り終えると熱くなるものだ。


 夢中になっていた。

 この生涯で一番興奮していた。


 体が立ち止まることを許さなかった。


 さて寝るかとしたその瞬間。

 どうでもいいことに気が付いてしまった。

 畜生、風呂に入っていない。


 おれはまだ心拍数が定まらないまま風呂に入った。

 そして思い返す。


 月島里奈、梁瀬結愛、日笠照。


 記憶の片隅に封印されていた夢。


 風呂から上がり、またダサいパジャマに着替えて今度こそベッドに突っ伏す。

 今日だけで色々あった。信じられないほど忙しい一日だった。

 外に出て少女を助けて、そいつは同じ中学の学級委員――そして高校まで同じだった――で、病院に行って父親を蹴り飛ばし、自転車に轢かれて気絶。

 その後退学した高校の保健室で目覚め、女子とアドレスを交換した。


 人生には分岐点が存在する。


 ひょっとしたら今日が分岐点だったのかもしれない。


 にしては物語性に欠けてないか、なんておれは愚痴を吐く。

 これから本編だっていうくらいなのにどうして床に入ることが条件なのかね。


 目を閉じたその瞬間、スマホが鳴った。

 確認するとメールを受信していた。

 くそ、おれは寝たいのだ、と独り言を吐きながら開く。


〝初メールです。〟


 不覚にも笑ってしまった。


〝間宮くんからすれば友人からのメール自体が初めてだと思うけど〟


 やかましいわ。


〝また今度結愛も連れて遊ぼうね。〟


 こいつは本当いつもタイミングが良いな。


〝BY里奈〟


 おれは、いつか必ず、と返信し目を閉じた。

 絶対に遊ぼう、いつか必ず。


 不安になりはする。


 ひょっとしたら失敗するんじゃないかと。

 いつだってそうだ、おれはなにかをするたびに失敗を恐れて不安になる。


 ひょっとしたら戻れないかもしれない。

 ひょっとしたらハッピーエンドにできないかもしれない。

 ひょっとしたらまた忘れてしまうかもしれない。


 そんな不安要素の積み重ねはおれを精神的に蝕んでいく。


 忘れたくはない。楽しい思い出も嫌な思い出も。

 どんなに辛いことがあったとしても、苦しい思いをしたとしても、忘れたくはない。

 もう誰も失いたくはないし、思い出せないなんてこともしたくない。


 だから、勇気を持って前に進むんだ。


 ただ眠ることにわくわくするのは久しぶりだ。


 もういくつ寝るとお正月、と。

 まるでお年玉を楽しみにする子供の昨夜のように、プレゼントを待ち焦がれているクリスマスイブの夜の子供のように。

 おれはいつ眠りに就いてしまうのかを、今か今かと待っている。

 そういえば小学生の頃、夢を見るのが気持ちよくて、どうすれば自分の思った通りの夢を見ることができるか研究していたっけ。

 強く妄想するのか、理想を抱くのか、目を強く瞑るのか、寝る前に何度も自分の作った物語を繰り返し想像するのか。


 きっとこれからも惨劇が待ち構えているだろう。

 想像通りに物事が運ばないこともあるだろう。


 だが、それでも信じるんだ。

 期待外れでも良い、想定以上でも良い、裏切られても良いんだ。

 おれは信じている。


 その限りなく少ない「奇跡」を。


 どんなことも受け入れる、だから信じることができる。

 相手を強制するのではなくて、相手にお願いするんだ。


 さあ、いつまでも暗い考え事をしていてもきりがない。

 そろそろ眠りに就こうじゃないか。


 おれは意識を集中させる。


 今までの経験談に基づき理想の物語を妄想、それを脳内で具象化し映像として再生する。

 設定に基づいて登場人物を創造、自然に言葉をかわす。

 世界観を、街並みを、思い出す。


 そして、その世界に取り込まれる感覚に陥る。


 これが反映されるよう強く祈りながら。


 おれは心の中で叫ぶ。


 待っていろよ、みんな。


 必ず救ってやる。


 里奈、結愛。



 リーナ、ユリア。



 これは妄想でも想像でも創作でも理想でも奇跡でも魔法でも記憶の齟齬でも多重人格でも死後の世界でも幻でも夢でもない。


 これは――――



 ――脳内で日笠照の集団で見る夢についての答えが音声として再生される――



「集団で同じ体験する方法はある。全員で異世界に転移したり、とかな」



 ――――これは。




 異世界転移だ!




















 おれは目を覚ます。


 中世ローマよりも豪華な街。

 教会の前、初代国王の墓の上。


「あんた、邪魔だからどいてよ」


 声から推測するに少女と思しき子供に蹴られる。

 痛覚はあるようだ。


 墓の上で横になって倒れている自分を客観的に想像してみて、非常に邪魔なことがわかったのでおれはすぐさま起き上がった。


 畜生、この生意気な少女め。

 最悪な目覚めだ。


 しかし、おれは少女の顔を見た瞬間衝撃を受けた。


 それゆえか、ついたずねてしまった。



「『追放者』の拠点はどこにある、アンナ」



 さあ、再び異世界での旅が始まる。


 過去の、旅が。

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