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ブックメーカー;設定失格の異世界冒険記  作者: 間宮三咲
東京編
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第十九章 「所詮その程度」 3


「母さん」

 なんて呼んでみても、相手は答えないし、感傷に浸るわけでもない。

 病室、心電図の音。

 母親の病気が悪化したことを医師がおれに伝えた。


「ああ、そうなんですか」おれは頷く。

「恐らく一時的なものなので少し経ったらよくなると思いますよ」

「それなら、よかったです」


 正直、この病院に来るまでは不安でいた。

 おれは母親もあまり好きではない。

 だからといって死んでいいはずがない。

 その「ひょっとしたら」を考えてしまっていたのだ。

 しかし安心した、例えもう二度と会わないとしても、どこかで生きていられたほうがおれとしては安心できるものだ。


 なにがあっても人が死んでいい理由はない。


 これはなんの小説であったか忘れてしまったけど、殺人をしてはいけない理由を説明していたものがあった。

 おれには殺されていいと思える理由はあるか。

 殺されていいと思える瞬間はあるか。

 ないのなら他人を殺していい理由もないはずだ。


 死ねなんて簡単に口にはできるけど、実際そう言っている人間は死んで欲しいとは思っていない。

 本当に死んで欲しいと望んでいる奴はもっと違う言葉を言うはずだ。

 例えばキャンプ場にて「やあこんにちは、今からここでキャンプをするんだけど、人手が足りなくて、テント張りを手伝ってくれないかな」なんて言うのだろう。


 母親は起きない。

 今日は目を覚まさないという。


 だから、今後またこんなことがない限りは二度と顔をあわせないのだろう。


「すみません、間宮さん」

「は、はい」

「先月分の入院費が払われていないのですが、憶えているでしょうか」

「すみません、そのことはぼくではなく父親に聞いて下さい」


 無理矢理椅子を立ち上がった。


 その瞬間、黒服の男が病室に入ってきた。


 そしてそいつはおれらを見下し、母親を一瞥。


 小さく呟く。


「なんだ、生きてたのか」


 その瞬間おれはその黒服の男を突き飛ばしていた。

 これもまた驚きで体が勝手に動き、その謎の戦闘力を発揮する。


 そう、この黒服の男こそがおれの父親である。


「おまえは……! 人の命を守る場でまだそんなことが言えるのか!」


 病院で人の命を否定するのか。


「なんでここに来た。そんなに母親の死に顔が見たかったか! おれはおまえの死に顔なら何千何万枚と印刷してシュレッターにかけるなり燃やしたりするなり呪ってやる。全部おまえの所為だ、おまえの所為でおれたちの人生は滅茶苦茶にされてるんだ」

「どうやらわたしはそんなに好かれているようだな」

「ふざけるな! おまえはここにいていい理由なんてない、入院費も出さずに仕事もやめて娯楽煙草酒犯罪にまで手を染めて、人間として底辺だということを理解しろ!」

「理解しているさ、わたしは底辺だ。それがどうした」


 おれは全力で父親の顔面を蹴りつけた。

 鼻が折れたのか血が出て、口内を切ったのか血を溢れ、目が潰れたのか片目を閉じている。

 いい気味だ。


「畜生、畜生」

 おまえこそ死んでしまえ。

 もう二度とおれのまえにその汚い顔を見せるな。

「世界の産業廃棄物(いらないもの)が」



 両親なんてのは、所詮この程度なんだ。



 おれは病院を飛び出た。

 そして考え始める。

 ああ、どうしてこうなったのだろう。

 どこから間違っていたのだろう。


 どこに戻れば良い人生を送れただろう。


 どうしてこうなったんだ。


 惨劇が再びおれの前に現れる。


 一瞬自分の肉体を自分のものだと認識できなくなっていた。

 それは一瞬のこと、おれはそこそこ普通の速度の自転車に轢かれた。


 おれは数メートル吹き飛ばされ、転がる。

 痛い、痛い、全身が痛い。

 なにがあった、少し余所見していた程度でこれか。

 今日のおれは不運だなあ。


 痛い、車じゃないだけいいが、いたるところから血が出てるし、今後支障が出そうだな。


 畜生、また()()()()()()いけないのか。


 おれはポケットから家の鍵を取り出し、頚動脈を切ろうと凹凸部を首に当てた。


 瞬間我に返る。


 あれ、なんでおれ今死のうとしたんだ? 逆だろ、死にたくないんだろ?

 じゃあ自殺なんてしようとするなよ。

 別に死ぬほどの事故じゃないだろ。


 なんでだ。


 そう疑問を抱いた直後気付く。

 周囲の人間がおれを見ている。

 もう少ししたら野次馬も来そうだ。


 やめろ、おれを見るな。

 おれは動こうとしない体を無理矢理動かして立ち上がり、走り出す。

 家に帰りたい。早く怪我を治したい。

 もう寝たい、嫌な現実から目を逸らしたい。



 心地良い夢を見たい。



 車道を挟んだ反対の歩道。

 そこに彼女はいた。


 既視感がおれを駆り立てた。


 待て、待ってくれ。

 そこにいてくれ。

 きみが誰だか思い出せそうなんだ。

 その忘れていたことがどこか大切なもののように感じるから、だから、待ってくれ。


 今度は車に轢かれそうになりながらも、強引にその人物の元まで走った。


「あ、あ、あの……」おれは問いかける。

「え、ええ? わたしになにか、というかボロボロだけど大丈夫ですか?」

「きみの……」

 おれは女性の言葉なんか無視して問いかける。


 何の変哲もない街、場所、道路、店の前。

 車の騒音、遠くで聞こえるバイクのマフラー音。


 彼女に対する既視感は爆発していた。


「きみの名前はなんですか……特に、下の、名前は……」


 それを聞いてなかった。

 忘れたままにしていた。


 だから今聞かせてくれ。



「月島里奈(りな)ですが……」



 おれはその答えを聞いて、少し思い出したような気がした。


 ああ、なんか似てる名前の奴がいたよなあ。


 ――あの夢。


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