第十九章 「所詮その程度」 1
おれたち人間は才能を食っている。
本を読めばその著者の才能を、音楽を聴けばその作曲者の才能を。
飛行機に乗ればライト兄弟の才能を、電球で光を灯せばエジソンの才能を、三平方の定理を使えばピタゴラスの才能を、おれたちは利用している。
それは偉人じゃなくてもいい。シャーペンだってそのデザインの担当者が、製造機の設計者が、おれたちに食われている。
おれはそう思うと足が竦む。
周囲には才能なんてものが満ち溢れているのだ。
今着ている服も、今踏みつけているコンクリートも、今目にしている看板も、建物もペンキもガラスもなにもかも、元を辿れば誰かが発明したもので、その発明者の努力と才能の産物なのだ。
対しておれは何もしていない。
いかに自分が無能かわかってしまう。
それが怖くて足が竦む。
おれは何のために生きているんだ。
何もしてない癖に、他人の才能を食って食ってただ生きながらえて。
そこらの豚の方が肉として人間の食料になれるし有能なんじゃないのか?
おれは死んでも骨にされるだけ。
何もしてないのに。
おれなんて生きている意味がないんだ。
これから社会に何かを残すこともないだろう。
子孫すら残さないだろう。
「あ、あの……お客様?」
「は……は、はいっ」
おれは雨の中傘をさして向かったのはコンビニで、弁当を買いに来た。
のだが、カウンターでぼおっとしていた所為で女性店員に声をかけられてしまい、気持ち悪い声を出してしまった。
おれは究極にコミュニケーション能力がない。
二、三度話せばまあまあ普通に話せるのだがその一度目が酷いのだ。
「温めますか?」
「あ、は、はい、お願いします」
この店員からして見ればタイムラグのように感じるだろう。
迷惑な客、気持ち悪い、さりげなくずっとレンジの方を見ているか。
店員の背中がそう語っている。
こんな気持ち悪い奴だからどうせ友達も苦労しているんだろうな。
いやでも友人がいないかもしれない。
というか学力低いから中卒だったりして。
俗に言うニートって奴?
気持ち悪。
キモオタはニートを偏見で決めるなとか見た目で決めるなとか言うけど、事実じゃん。
絶対こいつ家ではエロアニメでも見て興奮してるんでしょ、うへへこれ面白、とか言って。
そう思っているに違いない。
「はい、三百六十円になります」
おれは無言でピッタリの額を払う。
レシートはなるべく端を掴む。
「ありがとうございましたー」
誠意のない声が耳を左から右に通過する。
傘を取って外に出、コンビニのすぐ隣の公園で傘をさしながら弁当を食う。
畜生、人間なんて所詮その程度なんだ。
どうせ「女子は顔じゃなくて中身」と言っている男子は基本的に顔の悪い女子に好意を向けず、実写映画を見に行く女子はキャストとして出演するアイドルを目当てにする。
所詮その程度なんだ。
そうやってまた偏見を言い出すおれも、所詮その程度なんだ。
ニートに駄目出しをするニートのように、馬鹿は連鎖する。所詮その程度。
だから、社会不適合者でありながら社会を語るおれなんか生きてる意味がないのだ。
弁当を食い終わった。
ゴミをゴミ箱に投げる。
傘をさしてそこらへんを散歩する。
結局人の波に乗せられたか、駅に到着する。
そこは人でごった返していて、それぞれ青春を謳歌したり労働を重ねたりして生きている。社会のゴミであるおれなんかとは立ち位置が違う。
集合場所によく使われるオブジェから少し離れた壁によりかかる。
この壁もご苦労なことだ、今もこうしてただ無駄に時間を過ごしているだけなのに十何人という人間が寄りかかっては離れていく。
ほらまた女性がおれのすぐ左に寄りかかって右にいた男性が立ち去る。
一人でいると意外と楽だったりする。
誰とも話さなくていいし、それゆえに誰かに合わせなくていい。
笑うこともないから常に冷静でいられる。
「ねえそこのきみ」
一瞬おれに話しかけられたのかと思ったが、左の女性へのナンパだったらしい。
女性は困惑していて、おれはその場から立ち去ろうとした。
「あ、あの……なんですか?」
「今一人でしょ? おれたちと遊ばない?」
チャラチャラとした若者が三人。女性の周りを囲む。
必然的におれはどかされる。
いいや、このまま自然に離れよう。
そこで衝撃が走った。
なにか見過ごせない気がする。
助けなくちゃいけないと思ってしかたがない。
どうして、あの女性を助けられるわけないのに。
何が「助ける」だって? いきがってんじゃねえよ、おれなんかがこいつらを蹴散らせられるとでも言うのか?
無理。
そうわかっていても、見過ごせないのだ。
強制されたようにおれの口が動いていた。
「すみません、おれの彼女に手、出さないで下さいよ」
あれ、すらすらと言えた。
人間衝動に駆られると自分の悪い癖も発動しなかったりするのな。
「ああ? 何言ってんだ、おまえ。何格好つけちゃってるわけ? さっきまでそこでぼおっとしてたの知ってんだけど、嘘丸出し」
「それならどうした」
「は?」と三人の男は口を揃えて言ったが、その後何も言わなかったのでおれはさらに衝動に身を委ねる。
「ああもう何も言えなくなったか、雑魚。所詮チンピラもこの程度か。大したことないな。まだ便所の落書き書いてる奴の方が口喧嘩強いんじゃないの?」
ちなみに女性は驚いているようだった。
無理もない。全く知らない奴から彼女呼ばわりされたのだ。
「こいつうぜえな」
「おいおい、なにそんなにボコられたいの? だったら頭下げて頼めばいいのに」
おれが傘をたたんだ瞬間、拳が飛んできた。
しかしおれはひらりとかわす。
そして全身を使って傘を振り回す。確実に一人の杯を仕留める。
実際に薙ぎはらったおれですら驚愕していた。
なんで? 今のはなんだ。
実はおれ喧嘩が強かったりするのか?
いや、あんなシステマのような脱力しながらの動き、人生で一度も使ったことないぞ。
しかしおれはその後も残り二人を倒していった。
テニスすらまともにできなかったおれが。
そんな、嘘だ、なんで。
ありえないだろ、普通。
「あの……」
「ははははいっ」
突然女性に声をかけられ驚いた。
「ありがとうございました」
「は、はい……すみませんでした……」
勝手に彼女とか言って。
「あれ、間宮くん?」
と、この女性がおれの名前を呼んだ。
「は?」
なぜおれの名前を。
「あ、すみません、中学生の頃同じ学校だった人に似ていて……」
「い、いや、おれは間宮三咲ですけど……」と言っておれは女性の顔を見る。
必死に思い出す。
あれ、なんか見覚えがある。しかも最近に。
「ああ、月島さんですね」
思い出した。下の名前は知らないが、その上三年間別クラスだったが、学級委員だったのでなんとなく知っている同中の月島さんだ。
「はい、ああいや、そう、偶然だね、やっぱり世界は狭いよね」
「世界って……それを言うなら街じゃないのか」
「そうかもしれない。あ、もうすぐ電車が来るから、街でまた会ったらよろしく」
と立ち去ってしまった。
それにしても優しい人で、なにか既視感を覚える人であった。